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▼ 『劇画家畜人ヤプー【復刻版】(ポット出版)』著者=石ノ森章太郎 原作=沼正三
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『劇画家畜人ヤプー【復刻版】(ポット出版)』

著者=石ノ森章太郎

原作=沼正三

レビュアー=四日市

三島由紀夫、澁澤龍彦らが絶賛した戦後最大級の奇書『家畜人ヤプー』を石ノ森章太郎がコミック化。1971年に「都市出版社」、1983年に改訂を加えて「辰巳出版」から刊行されたその『劇画家畜人ヤプー』が、2010年「ポット出版」から復刻!!


少しでも周縁文化に興味のある人ならば「家畜人ヤプー」という単語には見覚えがあると思う。「ドグラ・マグラ」や「虚無への供物」に類する、名前は知っているし内容もなんとなくイメージすることはできる。あるいはぼんやりと、雰囲気を察することはできるけど、とにかく小難しそうで読んだことはない。そんな本じゃないだろうか。

本家の「家畜人ヤプー」は作家・沼正三によって1956年から1959年にかけて「奇譚クラブ」に連載された。「奇譚クラブ」での連載が打ち切られた後、幾度となく改訂を加えられながら単行本が刊行され、1991年に完結した。本書は1971年に「都市出版社」から刊行され1983年に「辰巳出版」から改訂、刊行された石ノ森章太郎による漫画版の復刻である。漫画版も複数が存在しており、本書の続きをシュガー佐藤の執筆したもの(監修は石ノ森章太郎)、2003年に江川達也によって執筆されたものが存在する

物語は、遥か未来からタイムマシンに乗ってきた未来人が不慮の事故で現代(と言っても「家畜人ヤプーが書かれた当時なので1960年)の人間と接触、助けてもらったお礼に未来の世界に招待し、現代人がその文化の差異に驚かされる、という王道的な展開だ。特異なのはその未来世界の在り方で、そこでは成熟した科学によって被支配階級にある人間が人体を改造、加工され、使役されている。否、未来において彼らは人間ではない。人間に似ているが別種の生物として家畜の地位を与えられているのだ。はるか未来の人種ヒエラルキーは白人が支配階級、黒人が奴隷、そして日本人が家畜となっている。つまり「家畜人ヤプー」とは我々日本人のことである。

家畜化されたヤプーの宗教観は、支配階級を唯一の神として信仰し、怖れ、自らの行為を神聖なる奉仕とし悦びに震える。帯にも書かれているように、この作品がマゾヒストによる夢想だとするならば、そこにはマゾヒストの夢みる信頼関係が描かれているはずである。ならば、SM における信頼関係とは自由を奪われた道具に対する安心と、自らを神に奉仕する機械と化する悦びなのだろうか。しかし、この作品にはもうひとつの視線が注がれている。作中の現代人は二人存在する。白人女性のクララと日本人男性の麟太郎、二人は婚約者同士だ。クララは白人女性として未来世界の最高峰に受け入れられ、麟太郎は家畜人としてクララの所有物となる。読者は、この麟太郎と同じ目線を持たされる。そこには、環境に翻弄されながら、しかし「共に在り続ける」という目的を果たすためにその在り方と心理を変化させていく二人の姿が描かれている。

そして麟太郎のもうひとつ外側に、読者としての「笑い」の視線がある。便器として改造されたヤプーは「肉便器」という言葉をそのまま具象化してしまったに違いないし、ヤプーへの命令が、呼びつけるのも真剣による決闘を強制するのも全てが「オシッコ」の一言で行なわれる様はどうしようもなく笑える。また天照大御神の正体はタイムマシンで過去を訪問した未来人アンナ・テラスであり、天狗の鼻はオナペットとして人体改造を施されたヤプーであるなど、作中に挿入されるやたらとディテールの整えられた日本文化への歪曲解釈は高度に訓練された下ネタとしか思えない。自身の属する文化に対する深い見識と、全てを笑い飛ばすような狂ったパロディは、その滑稽の自覚に始まっている。

自らを貶める。しかも下ネタで。そして、それが笑えてしまう。いくらでも転倒し得る価値観の中に現実はある。丸尾末広による帯文に「これは日本文化の解体、殺戮であろう」とあるが、自らの足元が殺戮される笑いと痛快がマゾヒズムならば、私はとっくにマゾヒストである。

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『劇画家畜人ヤプー【復刻版】(ポット出版)』
著者=石ノ森章太郎 原作=沼正三
発売:2010年3月17日
定価:2200円+税
ISBN-10:4780801435
発行元:ポット出版

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