『エロスの原風景 江戸時代〜昭和50年代後半のエロ出版史(ポット出版)』
著者=松沢呉一
レビュアー=安田理央
『実話ナックルズ』(ミリオン出版)で 2004年より現在も続く、日本エロ出版史を網羅する連載の単行本第1巻。稀代のエロ本蒐集家である著者所蔵の膨大な資料から、エロ本173冊、図版 354点をフルカラーで掲載。読み物としてだけでなく、顧みられることのなかったエロ表現史の概観を辿る、資料性の高い一冊に!
松沢呉一さんは過剰な人だ。いつも、何もそこまでやらなくても、というところまで突っ走る。この仕事はこれくらいかな、なんて計算せずに採算抜きでパワーを投入する。
そんな松沢さんのライフワーク的なテーマがエロ本収集だ。江戸時代の吉原細見(遊郭のガイドブック)から地下本、カストリ雑誌、夫婦雑誌、そして自販機本、ビニ本に至るまで、あらゆる時代のエロ本をコレクションしている。それは本だけにとどまらず、フランスのヌードポストカードや同性愛者の私製アルバムといったエロに関するものなら、何でも集めている。
それはエロは保存されることが少ないからだ。国会図書館にも大宅文庫にも、エロの蔵書は少ない。そしてそれに価値を見出さない人にとっては、無価値どころか恥ずかしい物として処分されてしまうのだ。誰かが集めなければ、どんどんこの世から消えてしまう。
松沢さんは、仕事のためにエロ本を集めていた訳ではない。たまにこうした蔵書を資料として原稿に活かすことはあっても、それはほんの一部で、収集した費用の何十分の一にもなっていないだろう。採算で考えれば、あまりに効率が悪い。それでも、松沢さんは集めるのだ。
「エロスの原風景」は、そうした松沢さんのコレクションを活かした本だ。江戸時代から昭和50年代に至るエロ本の歴史を「カストリ雑誌」「実話誌」「変態資料」といったテーマごとに分類し語っていく。日本初のトルコ風呂(ソープランド)が銀座の東京温泉だという定説を覆す「元祖トルコ風呂とは」や、日本初の巨乳アイドルともいえる川口初子に触れた「オッパイ小僧」などのテーマを当時の雑誌記事で検証していく章もある。
しっかりとした知識と資料に裏付けられているだけに読み応えもあり、なおかつ軽妙な文章は読みやすい。
しかも紹介されている175冊のエロ本はフルカラーで掲載。時代と深い味わいを感じさせるこれらの図版を眺めるだけで、十分に楽しめるほどだ。2800円の価格は決して高くない。
実は本書の後書きで、松沢さんはちょっと弱音を吐いている。この本と松沢さんを取り巻く環境が決してよいものではないからだ。
本書は「実話ナックルズ」(ミリオン出版)の「日本エロスの原風景」という連載をまとめたもので、今回まとめられたのはその一部にすぎない。ぜひ、続編も期待したい。そうして少しは松沢さんの収集費用に還元されて欲しい。
これだけの価値ある仕事が、金銭的にも報われないなんて、やっぱりおかしいと思うのだ。
エロを文化という枠で綺麗ごとのように語ってしまうことには抵抗はあるけれど、117億円もかけてアニメやマンガを盛り上げようというなら、そのほんのちょっと一部でも、エロ文化の歴史の保護と検証にでも使ってやってもらえないものか。
それが無理なら、せめて全ての図書館で本書を購入するとか。それくらいの文化的価値、資料的価値のある本だと思うのだ。
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