『戦後エロマンガ史』(青林工藝舎)著者=米沢嘉博
レビュアー=ばるぼら
マンガの“歩く百科事典”だった著者が
急逝直前まで連載していた遺作を単行本化
2006年10月に亡くなった漫画評論家・米沢嘉博の未完の連載が一冊にまとまった。有名な『戦後少女マンガ史』『戦後SFマンガ史』『戦後ギャグマンガ史』のマンガ史3部作をはじめ、マンガに関する歴史資料をいくつも残している米沢の、裏ライフワークと言える「エロ」に絞って紡がれたマンガ史である。何年も前から発売が予告されていたが、今年4月にようやく発売された。朝日新聞の書評欄で取り上げられるなど、良い動きを見せているようだ。
本書が対象にしている時代は、戦後すぐのカストリ誌の流行から、90年代初頭の有害コミック問題まで。この後に人気が出る「みこすり半劇場」や、「セーラームーン」を契機とする男性向けエロ同人誌のさらなる拡大、『快楽天』の影響などは残念ながら取り上げられていない。しかし以降の歴史は永山薫『エロマンガ・スタディーズ』を、同人誌については阿島俊『漫画同人誌エトセトラ'82-'98』(阿島は米沢の変名)などの別資料もあるので、近年の動向に触れていないことが、即座に本書の価値を下げるものだとは言えないだろう(むしろ索引がないことのほうが残念である)。
この本を読み解けばエロマンガ史について詳しくなれることは間違いない。しかし詰め込まれた膨大な資料的記述を前に、どう読めばいいのか分からない読者がいるのではないかとも思う。基本フォーマットは、いくつかの雑誌名を並べ、そこに見られる特徴や傾向を考察し、掲載作品のタイトル/作者名/物語メモを羅列。もしくは雑誌単体の歴史・変遷の解説。この二つの軸が織り交ぜられながらずっと続き、読みやすさはそれほど考慮されていない。これは元が連載原稿であるためで、終了後に書籍用にまとめなおす予定だったと思われる記述があり、そこが悔しい(大量に収録された図版資料を眺めるだけでも愉しいが)。
これから本書を手に取ろうと思っている人は、ここでいうエロマンガ史とは何の歴史なのかをまず考えたほうがいいだろう。エロマンガとは、基本はエロマンガ雑誌のことである。なぜ個別の作家・作品単位でないのかといえば、単行本というのは全作品が出るとは限らないメディアだからだ。これは一般マンガ史でも同様で、単行本が一般化する前は連載作品は雑誌の増刊・別冊の形でまとめるのが通例であり(児童マンガなら付録)、しかもそれは人気作家に限られていた。新書版サイズの単行本が広がるのは1966年のサンコミックス以降、A5サイズの単行本は70年代末以降。人気作品史でなく、時代のうねりや潮流を見極めようとするなら、雑誌に目を向けるしかないのだ。「少年マンガ=ジャンプ・マガジン・サンデー」のように固定されていない、移ろい往く雑誌を舞台としたメディア/ジャンル観は、21世紀にはもはや生まれ得ない感覚ではないだろうか。本書の特異性はおそらくこの部分である。
これだけ細かい仕事をしておきながら「ディティールにこだわるのは私には向いてないし、そういう見方をしていないと思う」(『Quick Japan』Vol.34掲載インタビューより)と言えてしまうのが米沢だった。米沢がこだわらなかったディティールとは、今後も誰にも見えない部分ではないか。本書を読んでそう思う。
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