文=抱枕すあま
↑トランクに抱き枕を入れたら旅に出よう!! 柴又にある『寅さん記念館』の石のオブジェは、我々にそう語りかけてきます。
オトンが定年退職したのを期に、春と秋の年に2回、両親を東京へ招待することにした。長男であるにもかかわらず、「東京でアラブの石油王になる!!」と叫んで家を飛び出した私にとって、せめてもの罪滅ぼしである。しかし、石油王ではなくクンニ王になってしまったなんて、両親には口が裂けても言えないよなぁ……。
こんな親孝行の真似事のようなことを始めたのには、理由がある。両親が還暦を迎えた時、ふと、あと何年一緒にいられるのかを考えてしまったのだ。両親が元気に働いていた頃は、特にそんなことを考えもしなかったのだが、最近の両親の様子を見ていると、非常に心配になってしまうのだ。
以前にもこのコラムで書いたように、オカンは叔父さんが4回も同じことを繰り返し喋るという話を、3回も繰り返したのだ。私が突っ込まなければ、あと6回くらいは繰り返しそうな勢いであった。頑張れば、オカンはもう少しで、立派なオウムや九官鳥になれるかもしれない。
オカンだけではない。あれほど厳格だったオトンは、「朝はパン♪ パンパパン♪」とフ○パン本仕込みの歌をエンドレスでうたっているのだ。ついつい、白いお皿で「おまえの頭が『春のパンまつり』だよ!!」と突っ込みそうになる。だが、そんなオトンの朝食は、必ずご飯である。さらに訳が分からん。
まぁ、平均寿命から考えても、80歳までは生きてくれるだろう。しかし、元気に動き回れるのは、70歳くらいまでかもしれない。そうなると、季候のよい春と秋に両親を東京へ招待したとしても、一緒に楽しく過ごせる時間は、もう数えるほどしかないのだ。子供の頃、親がいるのは当然だと思っていたのだが、いつの間にか自分が親にならないといけない年齢になっていたのだから、当然といえば当然である。
だから、私は急に親孝行の真似事なんぞを始めたのである。私が考えていることなぞ知らない両親は、東京へ遊びに来ることを単純に喜んでいる。両親が喜んでくれるのは、子供としても嬉しいものだ。とりあえず、両親に気付かれないように、そっとカバンの中に冥途の土産を詰め込んでおこう。まだまだ、東京都内には連れて行きたい場所が沢山ある。今なら、両親のカバンもまだ大きい。いつか別れの日がやって来ても、持ちきれないほどの冥土の土産を用意しておけば、宅急便の手配などで、1日や2日くらいお迎えが遅くなるかもしれないではないか。
↑柴又の帝釈天。まさか、オトンが子犬のようにはしゃぎ回るとは思いもしなかった……。その後、江戸川の河川敷へ行ったら、矢切の渡しに乗りたいと駄々をこねた。この日はずっと、春のパンまつり開催中だった。
うちのオカンは、神宮球場で六大学野球を見るのをとても楽しみにしている。高校野球の地区予選で応援していた選手が、大学で活躍している姿を見るのが好きなのだ。ただ、神宮球場は駅から遠く、スタンド内も階段が多い。だから、なおさら元気に動き回れるうちに、一緒に見に行きたいと思うのだ。
一方、うちのオトンは野球にまったく興味がない。しかたがないので、六大学野球のない金曜日は、オトンが大好きな『男はつらいよ』の舞台である柴又の帝釈天へ連れて行った。歯医者さんへ行ったら、ご褒美にオモチャを買ってあげるのと同じ戦法で、帝釈天へ連れて行く代わりに、土日は六大学野球を大人しく見るよう、オトンに言い聞かせたのである。
(続く)
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