〜堕落妻・律子〜【20】
「彼は、ある時から一言もしゃべらない、いびつな人間になりました。学校でも、家でもそうだったようです。より強く罪に苦しみ、より強く罰を願ったのは学生のほうだった――いや、比べるものではないのでしょう。しかし女はどうだったか。旦那に捨てられ、学生とも別れましたが、やがて自ら置き屋に落ちて来る客来る客に自分の過去を話すようになりました。不貞の中で秘悦を知り、罰という快楽に魅せられて、むしろのめり込んでいったのです。見て下さい――」
花岡が律子を再び仰向けに寝かせて覆い被さり、今は完全に自分のペースで「オラオラ」と目の前の肉体を喰らっている。律子もまた自ら腰を振ってそれに応じ、「私は悪い女です。もっと、もっと滅茶苦茶にして下さい!」と、安い破廉恥に堕して悶え狂っていた。
あっけないもんだねぇ……と、一条が久々に口を開いた。
「それとも、女は強いと言うべきか――」
「何もかもを呑み込んで生きているのです。そして、縛りによってすべてを吐き出すのです」
縄を置いたNが一条の言葉を受けて言う。
「旦那が男色に走ったのは妻が妻の役目を果たさないからだ――そう学生は言いました。そして旦那が犯した罪を償えと、同じ行為を受け入れるように女に要求しました。結果、女は夫を裏切ることになりましたが、だからと言って女だけを受け身の被害者だと考えるのはいかがなものでしょうか。この女は苦しみと共に底知れぬ快楽を手に入れました。そして自らの生を選びとるに至ったのです。この女を不幸だと思うのは簡単ですが、実際のところ本人はどう思っているのかどうか……」
「じゃあ、なるようになっただけってことかい?」
一条が今度もまた食い下がった。何を演じていたにせよ、その性分だけは素のままなのだろう。
「誰にでも表と裏があり、それで一つだということです。ただそれだけの話です」
「もし、その学生がどこかの置き屋で女と出くわしたとして、女に何か言ってやれることはないのかい? あ、しゃべれねぇのか」
さぁ――とNが立ち上がりながら言う。
「逆に、女が言うかも知れません。可哀想な男だね、もっと女を勉強しなさいよと。いや、不幸なふりをして取りついて、死ぬまで腰を振らせるのかも知れませんね。いずれにしても、縄がなければ何も見えてはこないのでしょうが」
発射寸前の花岡の胴を律子がうんうん唸りながら両脚できつく締めている。
一条もついと立ちあがり、これは内緒だけど、と小声で言ってかつての学生を振り向いた。
「せっかく性教育してやった甲斐がないんだそうだ。自分を奪った男が弱虫のまんまじゃ。それが表なのか裏なのかは俺にもちょっと分かんねぇけど」
「……頼まれた……の……ですか?」
「私を縛って、ありのままに晒せと」
明滅する灯りの下、律子は今はっきりと因縁の男の顔を見つめ、勝ち誇ったような艶然とした笑みを浮かべて絶頂した。やがて数年が経ち、事務員風の男は思わぬ場所で一条やNと再会することになる。が、この時はただ呆然と座っていることしかできなかった。
<了>
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