作= 鬼堂茂
【1】同級生
騒々しい軍艦マーチと、煙草の煙がもうもうとしている店内を出ると、外は、十一月の肌寒い風が吹いていた。
(二浪もしていると、パチンコと麻雀ばかり上手になるな)
と、両手に抱えた景品を両替するために、竹野文夫は路地に入っていった。
両替所のある裏通りには、キャバレーやピンク・サロンがひしめいている。それとは対照的に、下北沢の表通りは、ファッショナブルな洋服を着た若い女性が行き来していた。
受け取った数枚の千円札をジーパンの尻ポケットに突っ込み、彼は路地の奥にある古ぼけた本屋に足を向けた。表通りには新しくできた本屋が白亜のファッション・ビルの中にあったが、そこは、若い女性が沢山いて、竹野が欲しい本を買うには、気がひけた。
古ぼけた小さな本屋は、文芸書や教育書はあまり置いてないが、ある種の雑誌だけは、下北沢のどの本屋よりも豊富にあった。店にある本の中から、無造作に「S&Mスナイパー」最新号を取ると、金を払い、竹野はマンションに戻った。
二浪目に入ってから恋人のいない竹野は、『プレイ・ボーイ』や『平凡パンチ』のヌードグラビアを見てはオナニーをしていたが、この頃では多少のヌード写真では性的刺激を受けなくなり、半年ほど前から、SM雑誌を買い始めるようになった。
竹野の住む「代沢マンション」は、小田急線下北沢駅よりも、井ノ頭線池ノ上駅のほうに近かった。バス付きの1DKだ。九州の福岡で教師をしている両親が、竹野のために借りてくれ、家賃とは別に、毎月十万円の仕送りがあった。
両親は竹野が東大に入ることを望んでいたし、竹野もそのつもりでいた。しかし、今年の春、自信を持って受けた東大の受験に失敗してからは、勉強にも身が入らず、だらだらパチンコや麻雀やオナニーに耽って毎日を過ごしている竹野だった。
来年は、私立の早大か慶大を受けることに決めていた。両親のガッカリした顔が眼に浮かぶが、これからどんなに勉強しても東大合格は無理だった。部屋のテーブルの上には、朝までやっていた麻雀のパイが、マットの上にバラバラに転がっていた。
徹夜麻雀とパチンコの疲れで、夕食を作る気力もなく、カップラーメンをスーパーの袋から取り出し、薬缶をガスレンジにかけた。煙草に火を点けて、ベッドに横になり、買ってきたばかりの「S&Mスナイパー」を袋から取り出す。パラパラめくっていた竹野の指がヌードグラビアで止まり、そこに写っているモデルを見て、竹野は唖然とした。
「秋子だ!」
思わず、声に出して、小さく叫んだ。
下着を剥ぎ取られて、ロープに縛られ、あられもない姿態のヌードモデルは、間違いなく、竹野の高校時代の同級生市川秋子だった。
雑誌には「古川秋子」と書かれていたが、竹野の知っている「市川秋子」に間違いなかった。
(続く)
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