文=横田猛雄
絵=伊集院貴子
【病院はタコ部屋か】
さらにテスティス先生にとって、ついていないのは、この中道さんの母親が寺町通りの櫻井病院の賄婦をしているということです。
落合先生に泣きついて、校医の櫻井先生に内緒で頼んでもらったテスティスなのですが、とこまでついてないのでしょう。
軍医上がりの剛直な院長先生と、これも日赤従軍看護婦として北支の黒竜江に行っていたという、共に弾丸の下を潜ってきた経歴をもつ筋金入りの婦長さんとの二人に、ギュウギュウ絞られていることまで、中道さんの母親によって、すべてが橋向かいの人たちに報告されているのです。
テスティスが来た最初の日、診察室からはいきなりドシン、バタンとプロレスでもやっているのではないかと思われるようなえらい音がして、やがて豚を殺すような悲鳴かしたかと思ったら、院長先生が扉を開けて、廊下の突き当たりの賄室(調理場)に向けて、
「おおい中道さん」
と呼ぶので、
「院長先生、何ですか?」
と言うと、院長先生は、
「そこに飯炊く割木があるやろ、太いのを一本持って来てくれ!」
と言うので、薪束の中から一番太いのを抜いて急いで持って行くと、何と診察室の黒い革張りの低い診療台の上には、パンツも全部脱がされた竹野先生がヒイヒイ泣いており、櫻井先生は真鍮の鋲が打ってある改丈な革のスリッパを振り上げ、竹野先生の尻をしばきたくっている折で、
「こんなスリッパやそこらではやわやで効かせんわ、割木でとつき倒さな、こっちの手がえらい(くたびれる)ね」
と盲っているのです。
中道さんのお母さんはびっくりして
「院長先生、なんばなんでも割木はちっとえらいですがな、骨が折れてまいますぞ」
と言うと、
「ほんなら何ぞほかにええ物はないか?」
と言うので、
「ええ物ありますがな、先注が毎朝髭剃る剃刀研ぐ時使うておいなさる革砥、あれ力道山のベルトみたいやでよろしがな」
と言うと、
「おう早うもってきてくれ」
とのことで、両手で革砥を振り上げた院長先生に、大掃除の畳叩きみたいに何発もどつかれてから婦長さんにお尻へ何や知らんぶっとい注射打たれて、ヒイヒイ藻掻く、午後四時過ぎ毎日この惨劇が続いているそうなのです。
中道さんのお母さんはこの頃水道のゴムホースを院長先生に渡したとかで、院長先生は、
「おうこれの方が片手で使えるし、あの極道をしばくのにはもってこいや」
と影振りをくれて、大変気にいって以後はそればかり愛用しているそうです。
中道さんがそこまて話すと、横で聞いていた石塚清美さんというおとなしい子が、
「それで分かったわ、何や知らんこの頃櫻井先生とこから凄い音がしてくるのはそうか」
とうなずきました。
(続く)
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