文=横田猛雄
絵=伊集院貴子
【お注射】
院長先生は息が切れるまで叩きまくると、くたびれて院長室へ下がってしまったようで、今度は婦長さんが中心になって、見習い看護婦さん達や、手の空いた看護婦さん達が皆集まって来て、注射の実習です。
「ああケッツが痛い」
と泣いているのは、きっとぶっといペ二シリンを打たれているのでしょう。
私達は皆声を立ごすにニヤニヤ笑いました。
「そんなん嫌や、太股へそんなぶっといの打たいでもええやないか」
と泣くのに、婦長さんは、
「ええことあるか、お前がこしらしてしもたから余分の注射せんならんのや、嫌なら病気治したらへんぞ、自業自得や」
と叱っています。
後で落合先生に聞いたのですが、本当は抗生物質だけでいいのに、ビタミンやブトウ糖や疲労回復剤や、色々なさしさわりの無い注射をうんと何本も打って、見習いの実習のモテルにされたらしく、見習いさんの注射の実力はテスティスのお蔭で、皆とっても上達したそうです。
櫻井先生は本当に立派な先生です。
こうやってテスティスを威したくって、なるべく長期間通院させ、沢山の注射を打つことによって、高い高い治療費を絞り上げ、それを密かに、テスティスに国際淋病をうつされて寝込んでしまっている浜田屋の娼妓の美佐子さんに渡していたのです。
美佐子さんの実家は奈良県との境の美杉村という山奥の村で、病気の両親と幼い弟や妹達を養うために、稼ぎのほとんどを家への仕送りにしていることを櫻井先生はよく知っていたのです。
注射が終わったらしくテスティスの泣き声が止み、さぁ次はいよいよお待ちかねの精液採集です。
昨日皆と一緒にここに来ていた玉置哲生が、
「精液て何や、おれ見たこと無いがや?」
と言って女の子達に嘲笑されていましたが、玉置はそれが余程くやしかったのか、家へ帰ると直ぐ姉に聞いたのだそうです。
玉置は上に四人も姉のいる末っ子で、姉達に大きな声で、
「姉さんあのなあ、楕液て何い、教えてえ!」
と言って、ドレメ(津駅の裏にある洋裁学校)へ行っていて、婚約者も決まっている一番上の姉に、いきなり
「阿呆やなあこの子は」
と横面を張り倒され、次の姉からは、
「みっともない、そんなこと大きな声で言ったら人に笑われるよ、阿呆やなあ」
と頬をひねり上げられ、三番目と四番目の姉には、
「哲ちゃんはほんまに阿呆やわ、何ちゅうこと言うのや、そんなこと言うもんは不良やわ……」
と皆に散々に叱られたのでした。
(続く)
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