文=横田猛雄
絵=伊集院貴子
【自習】
学校中に検便旋風が吹き荒れ、私達同地区の七人、中でも私が一番話題の中心にされている或る日、英語の先生がお休みで、その時間は自習ということで、養護教諭の落合雪江先生が監督にみえました。
落合先生は女子の保健の先生で、クラス担任はなく、いつもは保健室にいて、医師か看護婦さんのような感じの先生だったので、悪ガキの長井が、
「先生あのなあ、横田のやつ、こないだ検便でケッツの穴から試験管突っ込まれて検便しやれたんやて……」
と言ったものですから皆が私の顔を見て、どっと一斉に笑いました。
先生も学校中の生徒が、検便のことを話しており、朝礼の時など、並んでいる時、後ろの子が前の子の尻を指先でチョンと突いたりしてふざけたり、廊下でもやられた子がやり返すために追いかけ合っていますので、検便ブームのことはよく知っていて、一寸顔を赤くして、
「アハハ……」
と笑い、
「あんたらは検便でマッチ箱に入れて出すのやろうと思うとるやろけど、正しい検便はねえ、直接採便ていうてお尻の穴からガラス棒挿し込んでするのが本当なんよ。
赤痢やチフスやコレラなどの法定伝染病の時はその病気が発生した所は閉鎖されて、そこの人は外へ出られやんようになるし、外部からその中へ行くのも禁止されて、こないだの君らが言うとる赤痢の時みたいに、そこの中の人は全員、直接採便で便を調べられ、一寸でも病気の疑いのある人は直ぐに隔離されるんや」
と言いました。
「そんな、ケッツの穴からブスッとあんな棒突っ込まれて嫌や言うて逃げたらあかんのやろか?」
と言う生徒の声に先生は、
「法律で決まっとるから、逃げることは出来せんよ、警察が連れに来て、反抗しても強制的にお尻出さされて調べられるだけよ」
とさも当然という顔で言いました。
そして先生は、
「君らはまだ子供やで何にも知らんけど、社会へ出たらそんなん大したことないのよ。
この中にも女の子は中学校卒業したら大阪の方の紡績工場へ就職する人が何人かいるやろうけど、集団で寮生活する時は普通一年に一回はこうやって検便があるし、食品工場へ就職したら梅雨時から夏にかけて強制的に調べられるんやから、何も不思議なことあらせん、先生らも高等看護学校の時は何回も検査されたのよ、大学行ってもミッション系の所で寮に入るとこうやって検査されるのがあたりまえなんやから……、君らはお尻の穴やからって恥ずかしがるけれど、お尻から直接採るのが一番正確なんよ、そやから体温を計る時でも腋の下で計るより、体温計をお尻の穴に入れて計る方法もあって、これのことを直腸温て言って、腋の下やロの中で計るのよりずっと正確やから、君らも大きな病気して入院したら、今は笑っとるけど、お尻の穴へ体温計挿し込まれることになるのよ、そやけど長井がいうように試験管をお尻に入れるていうのはまちがいや、もっと細いガラスの棒で鉛筆より一寸細いくらいのものをお尻から入れられるんや、それでも今はようなったのよ、戦前は皆が一遍にお尻を出して調べられたんやそうだけど、今は民主主義の世の中やから、一人一人、ほかの人から見えんようにした所で調べられるんやから……」
と教えてくれました。
「先生、写真も撮られるんですか?」
という玉置哲生の質問に、
「普通はそんなことする筈無いよ、何か必要のある場合ならともかく、そんなことしたら猥褻行為やないの?エロ写真作るのやないんやから……」
と笑いました。
この王置という生徒は私の隣の地区の子で、こいつが学校中に
「横田はケッツの穴の写真も撮られたんやぞ!」
とふれ廻った奴です。
落合先生はサイレンが鳴って帰られる時に、私に近付いてさり気なく、
「横田、放課後一寸保健室に来なさい」
と言って出て行きました。
(続く)
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