文=横田猛雄
絵=伊集院貴子
【わいら薄情やぞ】
玉置のかいなは安太郎にガブッと深く喰いつかれ、あんなチビでも必死の力は恐ろしいものです。
離せば連れて行かれると思えばこそ、さすがは男の子、ガップリと喰らいついて、鼻からはプーッと風船をふくらませて、死んでも離すものかという意志が伺えます。
事前に私達が最も心配したのは、押さえつけたらきっと安太郎がギャアギャア泣きわめくから、あの婆さんや美濃屋の家族がそれを聞いて出てきたらヤバイということで、何とかして奴のロを押さえて声立てさせんようにせなあかんと考えたのですが、何と、事実は小説とはまるで異なった方向へ進展してしまうもので、自転車を止めて歌っていた私達三人は顔を見合わせました。
玉置は助けてくれと言っているけど、あんな大きな声出したらそのうち美濃屋の人や隣近所の人が一杯集まってくるやろうし、どうしよう、このまま逃げようか?無言ながら誰もの顔がそう言っているようでした。
私も勿論そう思ったのですが、又一面誰もがあの五合徳利(一升徳利より小振りで今民芸品で又作っている)程もある異常なるキンタマを直接一回は自分の手で触ってみたいという気持ちもあり、王置が、
「早う来てくれ、わいら友達のくせに薄情やぞ!」
と涙声で言った時、自転車のスタンドを立てて私は玉置の所に走り寄りました。
勿論他の二人もそれに続いたのは言うまでもありません。
皆して色々やりました。
玉置が泣いているのを放っておいて皆で安太郎のキンタマを手で握ったり揉んだり、何だかグニャグニャして糸コンニャクの玉にさわっているみたいで、あの袋の中に、昼見た豚のようにはっきりした大きな玉だけがあるのでは無いということが納得出来たのです。
王置がヒイヒイ泣いているのを下校する女子学生らがロを押さえて笑いながら走って通りすぎてゆきますし、そのうち人だかりがしたら大変です。
安太郎をアスファルトの道路の上に仰向けに押さえつけて四人掛かりで両手足を大の字に四方に引っ張ったのですが、まだ喰らいついています。
あの時一番落ち着いていたのは私だったでしょう。
「玉置、こいつの鼻つまんでみよ、息が出来んようになるでロ開けるでとれるぞ!」
と言うと、鼻からフクタンをふくらませている汚い安太郎の鼻を塞いで、やっとはずしました。
とたんにギャアーッと安太郎はサカリのついた猫みたいな凄い声で泣きわめき、道の真ん中で大の字になって両手足をバタバタ亀の子のようにさせて、
「婆ちゃん、婆ちゃん、来てえ、怖いわあ、アアンアアン……」
とわめき散らし、暖簾がひるがえったかと思ったら、
「誰やあ、うちの大事な子を泣かしとんのは? あれ安ちゃんよ、何やそれは、世にもおぞくたいことするやないか……中学生にもなる者がこんな小ちゃい子を皆して寄ってたかって、何ちうことしてくれるのや」
と言ってとび出して来ました。
婆ちゃんが助けに来てくれたのを見た安太郎は丁度コアラのようにその婆ちゃんの割烹着の胸元にとびつきました。
その頃のアスファルトは夏になると溶け出し、よくゴムの草覆などでそこを踏み込んでしまうと取りはずせなくて、無理に引っ張って鼻緒だけが足に付いてきたり、九月のあの道路はさぞ安太郎の裸の背中に熱かったことでしょう。
(続く)
上へ |
カテゴリ一覧へ TOPへ |
■広告出稿お問い合わせ ■広告に関するお問合せ ■ご意見・ご要望 ■プライバシーポリシー ■大洋グループ公式携帯サイト |