文=横田猛雄
絵=伊集院貴子
【来たがや婆さんが】
安太郎と婆さんの激情の余りのオイオイヒイヒイの二部合唱に隣の佛壇屋や蝋燭屋、印章屋や呉服屋など、通りの商店の沢山の人達が二人の周りに集まりつつあるのを尻目に、自転車にとび乗った私達四人は角の百五銀行を曲がって逃げおおせたのですが、あれだけの人だかりになってしまったのですから、唯では済むまいと思っていたのですが、明くる朝の学校の朝礼の、校長先生の話が終わりかけた時、やっぱり来ました。
美濃屋のお婆さんが割烹着姿に銀縁の眼鏡をかけて、今日は恐い顔して。
壇の後ろに居た教頭先生が応対して、壇上の校長先生に何か言っています。
きっと、
「校長先生、美濃屋のお婆さんが何や話があるそうです」
とでも言ったのでしょう。
振り返った校長先生は、
「おうこれは美濃屋さん、何ですかいなあ?」
と言いました、それは校長先生がまだマイクを持ったままでしたので全校庭から前の大通りまで響き渡りました。
腰をかがめて下でしきりに涙を拭きながら何か言っているお婆さんに、
「フムフム」
とうなずいていた校長先生は、いきなり、
「何やてえ、うちの生徒が、あの、お宅のお孫さんの、安ちゃんの、ええ? 何やて、キンタマを寄ってたかって引っ張ったり握ったりしたて? ええ、道の真ん中でそんなキンタマひねったて、それホンマですか?」
と、その声も皆マイクに入っていますので校庭の隅々まで響き渡り、全生徒が、前に立っている教師たちも皆がドッと大笑いしました。
先生も生徒もほとんどあの寺町通りを通る者は誰でも、大ギンタマの安太郎に、
「阿呆、アホウ、ベロベーッ」
と言われた経験があり、美濃屋の大ギンタマのことを知っていたからです。
学校の近所の家々にまで聞こえるような大きな声で、
「お宅の孫のキンタマをいじくり廻した……」
と言われて、おまけに校庭の約千人近い先生や生徒にドッと一斉に笑われたお婆さんは完全に逆上してしまい、眼鏡をはずして割烹着の前垂れで拭きなからオイオイと泣くと言うよりも吠えるような声を出して帰って行きました。
校長先生も教頭先生も完全に逆上していたようで、
「何がおかしい、何笑うのや、他人の身体のことで笑いものにするのは一番卑劣なことやぞ、あれ見よ、美漂屋さん怒って帰ってしもうたやないか、失礼なことして」
と言う校長先生を受けて教頭先生が、
「ああ美濃屋さん、一寸待って下さい!」
と言ったのですが、お婆さんは、
「皆して笑うんやもん、もうええわ」
とオイオイ泣きなから帰って行きました。
それからが大変です。
「今笑うた者は駆け足」
と言われ、全校生徒が校庭を三周させられ、おまけに、
「生徒だけとちゃう、教師も笑うた者は一緒に走れ」
と言われてワイワイ皆がえらい目に遭い、三周して又整列すると、又教頭先生から、
「昨日帰りに美濃屋のあのちっちゃい子のキンタマいじくって泣かしたんは誰や、正直にやった者はこの場に残って、あとの者は教室に入れ」
と言われ、もう逃げられません、私達四人は残りました。
「何や、一年四組、岡倉先生の生徒やないか、岡倉先生ここへ来て、あとは皆授業始めて下さい」
とやっと校長先生はマイクをどけて、そのまま、校長、教頭、担任と三人の前で昨日のことをすべてかくさず白状させられて、教頭だけ残って私達は校長先生と担任とに連れられて、直ぐに美濃屋に謝罪に行くことになったのです。
(続く)
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