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▼ 大肛門狂時代 お尻の穴のお勉強【87】

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文=横田猛雄
絵=伊集院貴子


美濃屋の大ギンタマこと安太郎との一件で、とんだ大騒ぎにまきこまれてしまった猛ちゃん。全校生徒の前で校長先生の説教まで聞かされてしまう始末。事件が事件なので武ちゃん達は校内中の笑い者になってしまいました。お姉さん達も腹を抱えて大笑いしています。


【あくる日の学校】

百五銀行の角を曲がって中町通りに入ると、はるか先の美濃屋の安太郎が立っているのが見えます。
いつものように素っ裸で、大人の下駄ひっかけて。
それでももう懲りたと見えて、通る人に、

「アホウ……ベロウ……」

は言ってないようで、おとなしく眺めているだけのようです。
私の自転車が近付くのを見た安太郎は、

「キャッ」

と一声、あわてふためいて大人の下駄をほうったまま、暖簾の中に逃げ込みました。
余程一昨日のことが怖かったのでしょう、私が通過する時、暖簾の間からは実に何とも言えない恨めしそうな、蛸のような安太郎の眼がこちらをのぞいていました。
英語の竹野先生は、

「キンタマは英語では、テスティスで言うんじゃ、よう覚えとけ、と言うてもわいらみたいなカス頭の連隊やでどうせすぐ忘れてまうやろけどほんまにど阿呆ばっかようこんなに集まったもんや、情けない、わいらに勉強教せるより、豚に盆踊り教せとった方がずっと張り合いがあるわ!」

と言いましたが、私達は先生にせっかく教えてもらった事を直ぐ忘れるようでは情けないと言うので、昨日のうちに皆で相談して、竹野先生の昔からのあだ名であるブルドッグを廃めで、これからは先生のことをテスティスと呼ぶことに全員一致で決めたのですが、今朝登校すると、テスティスという名はもう、全校生徒の間に拡まっており、今同窓会をやっても皆が誰一人忘れないでいますし、先生の転任先にまで、誰が教えたのかこのあだ名が伝えられたことを、高校に入ってから、市内の他の中学校から来た友人に教えられました。
生徒が何人か寄ると、廊下の向こうにこの先生の姿を見掛けると、

「テスティスが来たぞ!」

と言って囃して逃げたりしたもので、テスティスと大きな声で生徒が言っても、校長先生や教頭先生は何のことか分からないので変な顔をしているだけでしたが、養護教諭の落合先生や英語の増田という女の先生は、苦笑しながら、

「こら!」

と生徒を叱っていました。
中でも気の毒なのは図工の堤先生で、

「どうしよう、私があんな写生で校外へ引率したのがそもそもの始まりやから、みんな私の責任や……」

と見ていても気の毒になるくらいで私達の担任の岡倉先生に、

「何もあんたが責任感じることあらせんやないの……うちの生徒が一寸いたずらしただけやのに……、あいつらうちがビンタ取ったったし、校長先生にもゴンゴンにやられてヒイヒイ泣いとったからもうおとなしいなったでええやないの、竹野先生は普段が普段やであれは平生往生やさ」

と慰めていました。
ああやって岡倉先生がひとこと言わなければ責任感の強い堤先生はきっと思い詰めたことをしたことでしょう。
平生往生とは平生つまり普段碌でも無いことばかりしているので、何か不幸不運がその身にかかっても、自業自得であるから誰からも一片の同情も得られなくても仕方が無いということです。
これは暫く後になって分かったのですが、あの竹野という教師は、橋向かい(一身田町橋向かい、伊勢路有数の遊廓)へよく女郎買いに行って朝帰りの途中を人に見られており、何でも『ヨコネ』が出来て歩くのも痛かった所へ、昨日は運動場を三回走らされたのに腹を立てていたので、授業時間中私達に、

「アホだとかカスだとか、ボケ」

だとか当り散らしたというのがどうも真相のようで、テスティスの次に、

「ああ痛あ、ヨコネが出来た!」

と言って股の付け根を押さえる仕草をすることが校内の男生徒の間で流行りました。
学校のある同じ町内の遊廓へ行って、朝こそこそとそこから学校へ通勤したら、一回やなくて何回も常習だったらバレるのは当たり前です。
級友の中にも何人も遊廓の子もいますし、金払いに汚いからそんな病気ももらうのですから、正に人のロに戸は立てられぬとは昔の人はよく言ったものです。
ヨコネが邪魔で走るのがつらいのは自業自得ですが、堤先生や落合先生はハイヒールのまま皆と同じように三周させられたのですから、こちらの方が本当は気の毒です。
年上の男兄弟のある子は、兄達がよく女郎買いに行くので、ヨコネとは何かがぼんやりと分かっていたようですが、兄のいない私のような生徒や女子生徒は、ヨコネがどんなものか分からないながらも、何かしら見っともなく人に知られると恥になるような病気らしいこと、それに悪餓鬼達が太股の付け根のグリグリの所を押さえて、

「ヨコネが痛い……」

と顔をしかめることから推測して、何か股の付け根のチンチンの根もとのリンパ腺の所が腫れて、生姜のような硬い芽が生えるのに違いないと理解したものです。
当時は春や冬の休み期間中に集団で慰安旅行に行った先生らが、よく毛じらみがうつってきたなどとよく騒いで、火もとはどうもあいつらしいなどと、とんでも無い会話が聞けた時代でした(今でもそうですが……)。
(続く)


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