花嫁奴隷〜渚〜【6】
表情が、くるくる変わる。
顔立ちも佇まいも小学生時代からのあだ名である「蝦蟇(ガマ)」そのままだ。
何か変化した点を敢えて挙げるとすれば、子供の頃には使っていなかった眼鏡をかけていることくらいだろうか。
しかし、レンズの奥の瞳に四十年を生きた男の思慮深さや滋味はない。
「なぁぁぁ……みぃぃぃ……。ゲェ……ロ……と」
黒いペンを五本の指で握り込み、「奈美・ゲロ」と書いた。
そのまましばらくは「うん、うん」と満足げにラベルを眺めていたが、ふいに、黒目だけをキュッと窄めて気色ばむ。
「くそが! あいつ……ぜってー価値分かってねえ……あり得ねぇ。吐くか、普通?……嫁が旦那の精子吐くかっつーの……」
立ち上がって吐瀉物の入った瓶を壁に思い切り叩きつけた。
瓶が派手な音を立てて割れ、異臭が部屋に充満する。
「あーあ、ラベルが無駄になっちゃったじゃねぇか!」
誰もいない虚空に向かって叫び、ソファに寝転がって「みんなみんな、壊れちゃうのね〜」と、節をつけて歌うように言う。
そのまま天井を見上げて口をつぐむと、すでに両眼からはあらゆる感情が消え去っていた。
(つづく)
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