体験 台風と赤いハイヒール【4】
チャンスを待つ日々 2
私は胸の高鳴りを抑え切れなかった。当時はSM全般に関して、何といっても現在と違って初期の時代であった。器具にしてもプレイ方法にしても未開発の状態で、トイレを御不浄などと呼ぶ女性が多かったほどである。浣腸について女性と話すなど考えるのも難しい時代であった。
さて、これは案外早く彼女を施浣できる機会がやってくるかも知れない。逸る気持ちをグッと押さえ、私は絶好の機会が訪れるのを待った。
七月に入って夏季休暇になり、寮生達がどんどん帰省していくと、寮内は途端にガランとする。賄方の竹本夫人や大城さんも仕事から解放され、年にわずかしかない休息にやれやれといった顔になった。
私はいよいよ多美子に手をかける日が迫っていることを感じていた。
私のそれまでの施浣方法は、初めはイチジク型で行ない、女性が慣れてから300cc入りの硝子製注射筒の浣腸器に切り換えるというものである。そして薬液を注入して排泄感を起こさせてからトイレに行かせるという形を採っていた。しかし、多美子の場合からはそういった施浣テクニックの初歩を卒業し、女性が浣腸の辛さを心理的に充分味わえるような方法を採りたいと考えていた。
その実現のためには充分な時間と、絶対に誰にも邪魔をされない環境が要る。私がついに目的を遂げたのは、七月も終わりかけた、或るむし暑い日の午後であった。
(続く)
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