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▼ 色魔の勲章 第1回【1】

色魔の勲章 第1回【1】


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文=法野巌
イラスト=笹沼傑嗣

色魔の勲章 第1回【1】

養子として虐げられた幼年期を過ごした男に宿った性への渇望。

●色魔の誕生

色魔――女を色情でたぶらかしもてあそぶ男。女たらし(広辞苑)。

善知鳥安高は、第一回めの公判を翌日に控えて流石に眠れぬ夜を迎えた。
起訴の内容は恐喝である。
二ヵ月ほど前にS警察署の係官に令状逮捕された時、容疑は脅迫であった。
逮捕された時の罪名と、起訴された時の罪名が異なることになる。
これは、安高を含めた事件関係者の取調べの結果、取調べ側が当初考えていた容疑事実に変更のあったことを示すものである。

安高はまだ物心のつかない幼少時に、貰い子として善知鳥家に来た。
善知鳥家は、若夫婦が結婚して七年もたつのにまだ一人も子供に恵まれなかったため、遠縁の子供を迎え入れたのだった。
安高の生みの母親は、彼を生んで間もなく死亡した。
実の父親はまだ若く、働かねばならなかったし、安高の面倒を見てくれる祖父母も無かった。
だから、善知鳥家から、安高を養子として貰い受けたい旨の申し出があった時、ためらうことなく受け入れた。

しかし運命とは皮肉なものである。
安高が三歳となった頃、善知鳥家の若夫婦は、次々と子供に恵まれたのである。
ほぼ一年に一人の割合で、安高が小学校に入学する頃には、女の子二人、男の子一人、安高を加えれば合計四人の子供が誕生したのである。
最初の頃は、安高もそれこそ蝶よ花よと大事に育てられた。
だが、長女が生まれ、次に男の子が生まれるに及んで善知鳥家の安高に対する態度は一変した。
こうして安高にとっては冬の季節が衝撃的に訪れたわけである。

もちろん、三、四歳といった幼児期にあった安高にとって、自らの境遇が、悲惨なものとなったなどという判断は到底出来かねるものではあった。
しかしながら、客観的な境遇の変化が、安高の精神形成に多大の、いや、決定的な影響を与えたであろうことは想像するに難くないことである。
実際、子供というのは大抵、大人よりはデリケートな感受性の持ち主であり、少しのことでもその子の精神形成に大きな影響を与えるものである。
そして、いったん受容した心理的障害は、後の人格形成上、陰に日向に顔を出すことになる。
「三つ子の魂百まで」というたとえがあるが、まさにこのようなことを指しているのであろう。

安高は食事時でも、その後の団欒時でも、家族の輪の中には入れず、いつも外側から、幼い妹弟達と大人達との楽しそうな交わりを眺めているだけであった。
無言のうちに流れる拒絶の空気を安高は敏感に感じとり、その空気にあらがうだけの知力も気力もまだ幼い彼には備わってはいなかったのだ。
大人達に逆らわないこと、出来るだけ自分を押さえること、そういった態度をとることを彼は無意識のうちに身につけるようになっていった。


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