法廷ドキュメント 殺意の原点
倒錯の真実に迫る法廷ドキュメント、第七回をお届けいたします。
水商売の女
育枝が、新聞のトルコ嬢募集の広告を見て、働きたい旨申し込んで来た時、面接をしたのが支配人であった。
この店は高級トルコであることから、トルコ嬢についても、容姿、年齢、テクニックなどの点につきかなりのものが要求されていた。
従ってある程度の水準を越える女性のみが採用されていた。
もっとも、質がおちると思われる女性については、同じ人物の経営する他のトルコ風呂に紹介するというようなことが行なわれていたが……。
育枝については、やや年齢が高いのが気になったが、容貌、スタイルとも並みの女性の水準をはるかに超えていた。
話をしても、その受け答えから頭の良さが窺われた。
過去においてトルコ嬢としての経験があるか否かの質問に対して育枝が、小さい声で、
「ありません」
と答えたのを、支配人は良く覚えている。
それまで育枝は銀座のクラブに勤めていたとのことであった。
何か水商売をしていた娘だなとの支配人の直感は正しかった。
店で働くようになうてから二ヵ月も過ぎた頃、育枝は指名客の多さでは五本の指に入るようになっていた。
彼女を雇った支配人の勘に狂いはなかった。
二時間ほどの事情聴取からは、怪しいと思われる人物は浮かんではこなかった。
そもそも支配人は、育枝の私生活については殆んど知るものがなかったのである。
男がついているのかいないのか、それすら知ってはいなかったのである。
ただ、支配人から得ることの出来た重要な事実は、彼女の居住地であった。
早速捜査員が二名、確認のために出向いた。
都内の南部に位置する、丁度多摩川をはさんで川崎の街の反対側の所にある、下町の面影を色濃く残している町に、育枝の住んでいたマンションはあった。
係官は同じ階の住人からの聴取で、柳原育枝がそのマンションに住んでいたことはほぼ間違いないものと判断した。
住人の話によると、彼女の部屋の扉の横に、『柳原』とだけ記入された表札が貼ってあったとのことであった。
それが故意に剥がされたのか、風にでも飛ばされたのかは明らかではないが、係官が出向いて来た時には表札は無くなっていた。
「彼女には同居人はいなかったのですか、男にしろ女にしろ」
との刑事の質問に、育枝の部屋の隣に住んでいる、いかにも好奇心旺盛といった感じの中年の主婦が、まことに良い質問とばかりに話をはじめた。
「それがね、刑事さん、一緒に住んでいたのかどうかまでは良くわかりませんが、三〇歳位の男がちょくちょくやって来てましたわ。恋人かしらなんて、この階の人と話したこともありましたわ。彼女は何のお勤めかは知りませんが、帰りの遅い人だったんですよ。まだ彼女が帰っていないのに、その男の人がドアを開けて入って行くのを見たこともありましたから、よっぽど親しい関係だったと思いますよ」
どうやら中年の主婦は、隣人が最近連日のように紙面を賑わせているバラバラ殺人事件の被害者であることを感づいたらしかった。
刑事の報告を受けて、捜査本部では早速裁判所からマンションの部屋の捜索令状をとり、事件の手がかりとなる物の発見に全力を注ぐ一方、育枝の交遊関係の解明に総力を挙げた。
マンションの部屋の中における捜査の結果、男物のネクタイ、下着類が発見された。
このことから、育枝にはかなり親しくつき合っている男がいたことが予想された。
又、浴室からはそれほど日数の経っていないと思われる血痕が発見され、施されたルミノール反応も多量の血が流れたことを示していた。
この浴室において柳原育枝は殺害され、バラバラに切断されたことはほぼ間違いないものとなった。
人間の体をバラバラに切断することは、医師などの専門家はともかく、相当の力が必要な作業であり、又、部屋の中から男の存在を推定させる物が発見されていることから、犯人は男、あるいは男を含む複数のものと考えられた。
捜査本部では交遊関係を洗うため、育枝の同僚、つまり川崎市内にありトルコ風呂で働いている女達にあたった。
育枝と親しくしていたトルコ嬢として、天下玲子がいた。
彼女は、育枝に男がいたかったかとの刑事の質問に、村下竜夫の名前をあげた。
育枝が一年ほど前から同棲していた男であるという。
同棲していたとはいっても、男は浮気者で、そのことで二人の間には始終争いが絶えなかったという。
捜査本部では玲子の供述を重視し、村下竜夫を重要参考人としてその行方を追った。
竜夫は、育枝の惨殺死体が発見された頃からぷっつりとその所在を晦ましていた。
村下竜夫は、N県選出の保守系の衆議院議員の東京における私設秘書であった。
捜査本部は早速刑事を議員会館にある事務所に派遣し、第一秘書らから事情を聴取した。
捜査本部の思惑どおり、竜夫は育枝の死体が発見される二、三日前より事務所を休んでいた。
捜査本部は村下竜夫につき、重要参考人から、殺人、死体遺棄罪の被疑者に切り換え、その所在を本格的に追及しはじめた。
この頃、既に新聞やテレビでは、竜夫をこの猟奇事件の犯人として報道していた。
竜夫が都内に住む友人と一緒に近くの交番に自首してきたのは、事件発覚後一週間めのことであった(もっとも、この事件にあっては、既に竜夫が犯人として捜査機関より追及を受けていたのであるから、正確な意味では自首とは言えないのだが)。
逮捕後の取り調べで、竜夫は事件の概要につきほぼ全面的に自供した。
抉りとられてしまって、捨てられていた死体の見い出せなかった育枝の性器部分も、竜夫の部屋からホルマリン潰けとなって発見された。
法廷ドキュメント 殺意の原点 第三回 文=法野巌 イラスト=石神よしはる 棄てられていた若い女性のバラバラ死体は、性器を抉り取られていた……。 |
倒錯の真実に迫る法廷ドキュメント、第七回をお届けいたします。
水商売の女
育枝が、新聞のトルコ嬢募集の広告を見て、働きたい旨申し込んで来た時、面接をしたのが支配人であった。
この店は高級トルコであることから、トルコ嬢についても、容姿、年齢、テクニックなどの点につきかなりのものが要求されていた。
従ってある程度の水準を越える女性のみが採用されていた。
もっとも、質がおちると思われる女性については、同じ人物の経営する他のトルコ風呂に紹介するというようなことが行なわれていたが……。
育枝については、やや年齢が高いのが気になったが、容貌、スタイルとも並みの女性の水準をはるかに超えていた。
話をしても、その受け答えから頭の良さが窺われた。
過去においてトルコ嬢としての経験があるか否かの質問に対して育枝が、小さい声で、
「ありません」
と答えたのを、支配人は良く覚えている。
それまで育枝は銀座のクラブに勤めていたとのことであった。
何か水商売をしていた娘だなとの支配人の直感は正しかった。
店で働くようになうてから二ヵ月も過ぎた頃、育枝は指名客の多さでは五本の指に入るようになっていた。
彼女を雇った支配人の勘に狂いはなかった。
二時間ほどの事情聴取からは、怪しいと思われる人物は浮かんではこなかった。
そもそも支配人は、育枝の私生活については殆んど知るものがなかったのである。
男がついているのかいないのか、それすら知ってはいなかったのである。
ただ、支配人から得ることの出来た重要な事実は、彼女の居住地であった。
早速捜査員が二名、確認のために出向いた。
都内の南部に位置する、丁度多摩川をはさんで川崎の街の反対側の所にある、下町の面影を色濃く残している町に、育枝の住んでいたマンションはあった。
係官は同じ階の住人からの聴取で、柳原育枝がそのマンションに住んでいたことはほぼ間違いないものと判断した。
住人の話によると、彼女の部屋の扉の横に、『柳原』とだけ記入された表札が貼ってあったとのことであった。
それが故意に剥がされたのか、風にでも飛ばされたのかは明らかではないが、係官が出向いて来た時には表札は無くなっていた。
「彼女には同居人はいなかったのですか、男にしろ女にしろ」
との刑事の質問に、育枝の部屋の隣に住んでいる、いかにも好奇心旺盛といった感じの中年の主婦が、まことに良い質問とばかりに話をはじめた。
「それがね、刑事さん、一緒に住んでいたのかどうかまでは良くわかりませんが、三〇歳位の男がちょくちょくやって来てましたわ。恋人かしらなんて、この階の人と話したこともありましたわ。彼女は何のお勤めかは知りませんが、帰りの遅い人だったんですよ。まだ彼女が帰っていないのに、その男の人がドアを開けて入って行くのを見たこともありましたから、よっぽど親しい関係だったと思いますよ」
どうやら中年の主婦は、隣人が最近連日のように紙面を賑わせているバラバラ殺人事件の被害者であることを感づいたらしかった。
刑事の報告を受けて、捜査本部では早速裁判所からマンションの部屋の捜索令状をとり、事件の手がかりとなる物の発見に全力を注ぐ一方、育枝の交遊関係の解明に総力を挙げた。
マンションの部屋の中における捜査の結果、男物のネクタイ、下着類が発見された。
このことから、育枝にはかなり親しくつき合っている男がいたことが予想された。
又、浴室からはそれほど日数の経っていないと思われる血痕が発見され、施されたルミノール反応も多量の血が流れたことを示していた。
この浴室において柳原育枝は殺害され、バラバラに切断されたことはほぼ間違いないものとなった。
人間の体をバラバラに切断することは、医師などの専門家はともかく、相当の力が必要な作業であり、又、部屋の中から男の存在を推定させる物が発見されていることから、犯人は男、あるいは男を含む複数のものと考えられた。
捜査本部では交遊関係を洗うため、育枝の同僚、つまり川崎市内にありトルコ風呂で働いている女達にあたった。
育枝と親しくしていたトルコ嬢として、天下玲子がいた。
彼女は、育枝に男がいたかったかとの刑事の質問に、村下竜夫の名前をあげた。
育枝が一年ほど前から同棲していた男であるという。
同棲していたとはいっても、男は浮気者で、そのことで二人の間には始終争いが絶えなかったという。
捜査本部では玲子の供述を重視し、村下竜夫を重要参考人としてその行方を追った。
竜夫は、育枝の惨殺死体が発見された頃からぷっつりとその所在を晦ましていた。
村下竜夫は、N県選出の保守系の衆議院議員の東京における私設秘書であった。
捜査本部は早速刑事を議員会館にある事務所に派遣し、第一秘書らから事情を聴取した。
捜査本部の思惑どおり、竜夫は育枝の死体が発見される二、三日前より事務所を休んでいた。
捜査本部は村下竜夫につき、重要参考人から、殺人、死体遺棄罪の被疑者に切り換え、その所在を本格的に追及しはじめた。
この頃、既に新聞やテレビでは、竜夫をこの猟奇事件の犯人として報道していた。
竜夫が都内に住む友人と一緒に近くの交番に自首してきたのは、事件発覚後一週間めのことであった(もっとも、この事件にあっては、既に竜夫が犯人として捜査機関より追及を受けていたのであるから、正確な意味では自首とは言えないのだが)。
逮捕後の取り調べで、竜夫は事件の概要につきほぼ全面的に自供した。
抉りとられてしまって、捨てられていた死体の見い出せなかった育枝の性器部分も、竜夫の部屋からホルマリン潰けとなって発見された。
(続く)
07.07.31更新 |
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