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Criticism series by Sayawaka;Far away from the“Genba”
連載「現場から遠く離れて」
第三章 旧オタク的リアリズムと「状況」 【3】

ネット時代の技術を前に我々が現実を認識する手段は変わり続け、現実は仮想世界との差異を狭めていく。日々拡散し続ける状況に対して、人々は特権的な受容体験を希求する――「現場」。だが、それはそもそも何なのか。「現場」は、同じ場所、同じ体験、同じ経験を持つということについて、我々に本質的な問いを突きつける。昨今のポップカルチャーが求めてきたリアリティの変遷を、時代とジャンルを横断しながら検証する、さやわか氏の批評シリーズ連載。
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この物語は全体として、映像やレーダーサイト、軍事ネットワークなどに偽の敵機情報を流すことによって敵の存在を誤認させ、疑心暗鬼にとらわれ追い詰められた日本政府や自衛隊によって本物の戦争が引き起こされようとするという事件を描いている。

物語の筋に沿って説明しよう。事件の発端となるのは爆撃戦闘機による東京湾ベイブリッジの爆破である。その際テレビカメラには自衛隊の戦闘機が写っていた。さらにその後、同爆撃機と思われる機体が航空自衛隊のバッジシステム(※27)に補足され、首都圏に対して進行する事件が起こる。航空自衛隊はこれに対して迎撃命令を出しスクランブルとなるが、いざ迎撃機が出向いてみると当該の機体は見あたらない。調査の結果、実はレーダーの機影は「ドイツにある情報サービス会社のゲイトウェイからアメリカの大学のネットを経由して在日米軍基地のシステムに潜り込み、府中COC(※28)のメインフレームを通して、幻の爆撃を演出してみせた」ものであることがわかる。さらに実は前述のテレビ映像も、別の機影を自衛隊機であるかのように改変した映像であった。

一つ一つの事件を検証すれば何らかの捏造や妨害によって自衛隊機が首都に対して反乱を起こしているように見せかけられていることは明らかだが、全貌が把握される前に次の事件が起こることで事態は泥沼化していく。事件の真相を知る人物であり、特車二課第二小隊長の後藤喜一に近づいてきた荒川茂樹は次のように語る。

「政府も防衛庁もバッジにハッキングされたなんてことは公にしたくないしな。またしても泥を被るのは現場だ。それに、真相を解明する前に次の状況に移るとしたら?」

ここで「現場」という言葉は特筆すべき扱われ方をしている。まず映像やレーダーに代表される二次的な(自分が肉眼で確認したわけではない)情報が改竄されることで、「現場」で起こっていることの実態、すなわち「状況」がつかめなくなってしまうということが前提としてある。そしてそのことが、政府や防衛庁などの上層部が互いのメンツにこだわり、結果として真相究明を遠ざけることで、さらに「現場」の不満を招くという組織論に直結させられているのである。実際、劇中では情報混乱の収拾を待たずして自衛隊がクーデターを起こそうとしているのではないかという疑念が強まっていき、自衛隊側がこれに反発することで事態は悪化。特車二課が所属する警視庁も警備出動を繰り返して危機感を煽る結果となり、東京は次第に戒厳下のような状態におかれていく。警察と自衛隊が睨み合う中で、クーデターを演出した犯人がテレビなどの通信局を襲撃するのも、彼らが、そしてこの作品そのものが人々を混乱させる重要な鍵として考えているのが情報だからである。

つまりここでは、改竄の可能性に晒されているようなメディアに触れることで人が正常な判断力を失うということと、体制的である管理者が実際に仕事をこなす管理下へ理解を示さず、有効な指示を与えられないということが複合的に語られている。このことは、『パトレイバー』を大きく参照して作られたドラマ作品『踊る大捜査線』についての考察として、次章以降にさらに扱いたい。しかし『パトレイバー』の、とりわけこの劇場版において描かれたのは単に組織を舞台にした社会派ドラマではなく、ネットや映像改変という先端的なIT技術が、押井守が過去に繰り返し描いてきた現実と非現実が混濁してしまうというテーマとうまく融合しながら社会派ドラマによく馴染まされたもので、当時には間違いなく新奇なものであった。

そして、この体制批判の一種として表れている「現場」の称揚こそは、第一章でイアン・コンドリーの例から順に紹介した音楽シーンにおける「現場」至上主義と同根のものであるし、第二章でインターネット時代に相対的な優位を主張するとした「現場」至上主義の原型としての形を持っている。むろん以後の「現場」至上主義が『パトレイバー』を参照して培われたというわけではないが、本作はそのメンタリティの嚆矢とも言うべき古い例として考えられるべきである。

情報技術の利用によって現実と非現実が混濁するテーマは、実は劇場版の前作である『機動警察パトレイバー the Movie』(1989)においても語られている。たとえば映画の冒頭から「暴れ回るレイバーを鎮圧してみたところ、運転席に誰も乗っていなかった」ということがショッキングなものとして描かれて、私たちの現実認識が空虚なものであることが示唆されるシーンがある。またクライマックスでは死んだはずの犯人が建物内にいて動き回っているという識別信号が発せられる場面があり、その場所に行ってみると信号を発する認識章がカラスの足に付けられていただけだったというトリックが使われている。しかしこのテーマ性が『機動警察パトレイバー the Movie 2』においてこそ賞賛されたのはそれがインターネットを中心とした来るべきIT社会がもたらす不確かな現実をいささか不安を煽りつつ予言的に描くことができたことと、それが単にトリックとして使われるのではなく、体制批判的なわかりやすい社会派ドラマの枠組みに収められていたからに違いない。「現場」という言葉はその結束点にあったと言っていい。

そして「現場」において常に移り変わりながら外部から観測不可能になる真実が、この作品では「状況」と呼ばれて、耳に付くほど何度も連呼される。冒頭から「状況終了」などと話しているのは特車二課の課員たちであるし、これは必ずしも作品のミリタリー色を増すための味付けとして選ばれているように見えない。しかも「現場」を記録に焼き付けているはずの映像やネットはいつも移ろいゆく「状況」に対応できず、しかも改竄された虚像と化してしまっている。「状況」という言葉は即ち、私たちが現実を捉えきることができないという含みを持っているのだ。物語の終盤になって後藤喜一は、一連の事件について以下のように見解を述べる。

「情報を中断し混乱させる。それが手段ではなく目的だったんですよ。これはクーデターを偽装したテロに過ぎない。それもある種の思想を実現するための確信犯の犯行だ。戦争状況を作り出すこと。いや、首都を舞台に戦争という時間を演出すること。犯人の狙いはこの一点にある」

ここで後藤は「戦争状態」とは言わない。戦争はもっと曖昧で移ろいやすいものとして「戦争状況」と語られ、続く「戦争という時間を演出する」という台詞と共に、情報の混乱によって作られたこの戦争が虚ろなものであることを彼が見破っていることを明らかにしている。そして後藤の喝破は、すなわち一連の事件における犯人の動機に対する批判につながっていく。犯人の動機とは何か。それは、この作品が作られたバブル期における日本の繁栄と平和の空虚さへの憤りであり、それは80年代までのオタク文化がそのリアリズムの中に表そうとした日本の戦後民主主義と高度消費社会への思想的拘泥に直結していた。

文=さやわか

※27 自動警戒管制組織。日本の航空自衛隊が1969年から2009年まで運用していた防空指揮管制システムで、英文表記の頭文字(Base Air Defense Ground Environment:BADGE)からバッジシステムとも呼ばれる。

※28 Combat Operation Center:coc、航空総隊作戦指揮所。

さやわか ライター、編集者。漫画・アニメ・音楽・文学・ゲームなどジャンルに限らず批評活動を行なっている。2010年に西島大介との共著『西島大介のひらめき☆マンガ 学校』(講談社)を刊行。『ユリイカ』(青土社)、『ニュータイプ』(角川書店)、『BARFOUT!』(ブラウンズブックス)などで執筆。『クイック・ジャパン』(太田出版)ほかで連載中。
「Hang Reviewers High」
http://someru.blog74.fc2.com/
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11.06.05更新 | WEBスナイパー  >  現場から遠く離れて
文=さやわか |