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WEBsniper Cinema Review!!
ナチスドイツ政権下、人食い壁と恐れられた前人未到の絶壁に挑んだ青年達の物語
ベルリン・オリンピック開幕直前の1936年夏。ナチス政府は国家の優位性を世界に誇示するため、アルプスの名峰アイガー北壁のドイツ人初登頂を強く望み、成功者にはオリンピック金メダルの授与を約束していた。挑戦を決意した山岳猟兵のトニー(ベンノ・フュルマン)とアンディ(フロリアン・ルーカス)、そしてトニーのかつての恋人で新聞記者のルイーゼ(ヨハンナ・ヴォカレク)。 彼らが体験することになる想像を絶する試練とは……。アルプス登攀史上、最大の事件と呼ばれた衝撃の実話。

ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿バルト9他、全国にて大ヒット上映中!
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普段、朝起きるときに「あー眠いな。あともう5分寝ようかどうしようか」と迷う。使い終わったハサミを「めんどくさいな。ここでいいや」と元あった場所と違うところに戻す。日常生活では別にどちらでも変わらないような軽い判断が、登山では時間を置き、しばしば致命的な刃となってかえって来る。困難な山になればなるほど、挑戦者は目には見えないサドンデスの渦中に放り込まれる。
しかし登山における様々な要素の中で、最も重要で、かつ初心者ベテラン問わず困難なのは「諦めて引き返す」決断だという。エベレスト挑戦者から、ハイキングのつもりで山に入った休日ハイカーまで、遭難からの生還者は皆「あそこで戻っていれば」という瞬間があったと語る。それでもその瞬間は、あまりにそっけなく過ぎ去り、そうして極限状態がやってくる。この映画もまたその「諦めて引き返す」決断を描いているのがなんとも渋かった。

トニー・クルツとアンディ・ヒンターシュトイサーは登場した時、ロッククライミングに夢中になり、兵舎に戻る時刻に遅れて便所掃除をさせられている。口数少なめで慎重なクルツと、お調子者のアンディ。アマチュアではあるが、登山界では「知る人ぞ知る」存在の若き2人。映画はそんな実在した彼らと、トニーの恋人であり見習い記者であるルイーゼを核に進んでいく。

舞台は1936年。当時、すでにヨーロッパの高峰に未踏地は残っておらず、世界から冒険の余地は急速に失われていた。スイスに位置するアイガー山も1858年の初登頂を皮切りに、南西稜、北東稜、北東壁など主なルートはすでに開拓され、唯一「山が途中ですっぱり切れている」と表現される北側から頂上に登った人間だけが、世界にまだ1人もいなかった。
その最後の不可能に目をつけたナチス政権は、北壁ルートを制した者に次期ベルリンオリンピックでの金メダル授与を約束。そこで「よしドイツ人のヒーローを作れ」と言われたルイーゼの上司が目をつけたのがトニーとアンディの2人だった。

という訳で映画が始まるのだが、その山というのが半端じゃない。垂直以上(所々オーバーハングになって、迫り出している)に傾く絶壁は、海抜2000メートル地点から始まり、高低差が1800メートル。表面には夏でも氷が張り付き、天気は大西洋の大気が直接ぶつかるため予測不能に急変、さらに落石、雪崩の危険も伴うという、まさに難攻不落の死のルート。彼らの前年に挑戦した2人は、夜を越す事になった3300メートル地点で立ったまま凍死するという壮絶な最期を遂げていた。


(c) 2008 Dor Film-West, MedienKontor Movie, Dor Film, Triluna Film, Bayerischer Rundfunk, ARD/Degeto, Schweizer Fernsehen, SRG SSR ide suisse, Majestic Filmproduktion, Lunaris Film- und Fernsehproduktion All rights reserved


初めは危険すぎると断る2人だが、ルイーゼに記事を書かせる為か、それとも登山家として名を売る為か、最終的にはアイガー挑戦を決意する。無名の若者をけしかける社会、この映画ではナチスだが、例えそれがCNN主催の企画でも彼らはのったはずだ。強制された訳ではなく、彼らが取引したのは、2人がもうひとつ別の確信する世界を持っていからだろう。
抜け出て来た軍隊や、取材する記者達が詰める高級ホテルの人間模様、そこに漂うナチスの空気は2人の周りでは霧散してしまう。山という人生のはっきりした目的が、彼らを時代の空気から少し浮き上らせ、自由にしている。

深夜、今日こそベストと判断したトニーは暗いうちにアンディを起こし、他の挑戦者にばれないようこっそりとテントを出る。必殺技、振り子横断トラバースなどを駆使しながら、始めのうち順調に高度を上げる彼ら。しかし、後から着いて来たオーストリア隊の1人が負傷した時から歯車が狂い始めてしまう。重圧を抱え「戻る瞬間」を超えてしまったオーストリア隊と、このまま行けば登頂間違いなしの2人。わずかの間だが激しいやり取りの末、彼らは撤退を決断する。しかし、絶壁からの撤退は遅々として進まず、やがて一行は急変したアイガーの天候に捉えられてしまう。

この映画で一番身に迫って来たのが、この時から始まる絶対的な孤立無援という感じだった。誰も助けに来れない場所、自分でどうにかしなければどうしようもないというのが余りにはっきりとしている場所。その重圧が、アクシデントや、眠れば凍死するような夜の訪れに加え、とてつもない高さや、壁の巨大さや、崖の急さといった山の映像そのものの端々から伝わって来る。
 一旦山に捉えられてしまえば、彼らと麓のホテルやテントとの距離は、もはや物理的な尺度を超え永遠に感じられる。今まで手に届くところにあった日常生活が、いつの間にか幻になっている。そこへ戻りたいという渇望と、そこからの絶対的な断絶感、それが何度も画面でぶつかりあう。映画の半分はこの凄まじい死闘のシーンだ。

一方ルイーゼにとっては、麓のホテルもまたアイガー北壁から引き離された場所になっている。恋人が帰って来ないという事実と進んでいく時計、それしか手に入らない苛立ちに、ついに彼女は観光用の登山鉄道のトンネルを通って山の中腹まで登って行く。
日常へ戻るべく死闘を繰り広げるトニーと、日常から飛び出し極限状態へと向かうルイーゼ。果たして今や永遠となった2人の距離は、愛の力で乗り越えられるや否や!?という演出なのだろうが、ただ正直この演出にはあまり入り込むことができなかった。(いくら愛の力とはいえ、猛吹雪の3000メートル級の山の中腹に普段着にコートで出た行ったら死ぬと思う)

とにかく、この映画の肝は山だ。山の迫力は半端じゃない。登山史上に残ると言われている事件なだけあって、その生還への極限の気力は想像するだけでぐったりくる。それでも死から生へと1センチづつ距離を縮めて行くしかない中で、監督は生還の横にルイーゼという恋人を用意した。永遠に離されたその距離をどこまで縮めていけるのか。その最後の距離は史実通りだが、それが何を意味するのかは、今まで偉そうに語って来た私も分からない。そこには実際に山こそ人生だと思い定めている人にしか分からないであろう、真実ならではの重みがあった。

文=ターHELL穴トミヤ

『アイガー北壁』
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿バルト9他、全国にて大ヒット上映中!
(c) 2008 Dor Film-West, MedienKontor Movie, Dor Film, Triluna Film, Bayerischer Rundfunk, ARD/Degeto, Schweizer Fernsehen, SRG SSR ide suisse, Majestic Filmproduktion, Lunaris Film- und Fernsehproduktion All rights reserved
原題=NORDWAND
監督・脚本=フィリップ・シュテルツェル
撮影=コーリャ・ブラント 出演= ベンノ・フュルマン フロリアン・ルーカス ヨハンナ・ヴォカレク ウルリッヒ・トゥクール ジーモン・シュヴァルツ ゲオルク・フリードリヒ

配給=ティ・ジョイ
宣伝=アルシネテラン

2008年|127分|独=オーストリア=スイス|洋画|

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映画『アイガー北壁』オフィシャルサイト

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ターHELL 穴トミヤ  ライター。マイノリティー・リポーター。ヒーマニスト。PARTYでPARTY中に新聞を出してしまう「フロアー新聞」編集部を主催(1人)。他にミニコミ「気刊 ソーサー」を制作しつつヒーマニティー溢れる毎日を送っている。 http://sites.google.com/site/tahellanatomiya/
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