WEB SNIPER Cinema Review!!
愛を伝えること、自由を伝えること、そして希望をつないでいくこと。
1948年、エルサレム。パレスチナ・イスラエル紛争の孤児を育てた教師と、過酷な現実を生きる少女ミラルの感動の実話。その時、彼女たちが見ていたものは何だったのか――。『潜水服は蝶の夢を見る』『バスキア』のジュリアン・シュナーベル監督最新作!!8月、渋谷・ユーロスペースほか全国順次公開!
もちろん、と言ってはなんだが、私はそれについてほとんど知らない(一応Wikipediaを見てみたけれど、あまりの長さと聞いたことのない用語の羅列に一瞬で挫折した)。
池上彰が懇切丁寧に解説してくれれば理解できるだろうが、正直言ってあえて教えを乞うほどの興味もなかったりする。でも、2時間じっとこの映画を見ていたら、その端々でウルっときて、最後には泣いてしまった。
だから大丈夫。「パレスチナってどこにあるの?」という人でも安心して観てほしい。
主人公はミラル・シャヒンという名の少女。ミラルというのは、道端に咲く赤い花の意味を持っている。これは、紛争に見舞われたパレスチナという痩せた土地に一粒の種が落とされ、その小さな赤い花を咲かせるまでの物語。いわばミラルという女の子の一代記だ。
ミラルは1973年生まれ。でも物語はそれよりも四半世紀昔、1947年から始まっている。
その年、パレスチナのアッパー階級の女性・ヒンドゥが、ユダヤ民兵組織によって家族を殺された55人の子供を自宅に連れ帰り“子供の家”という私設学校を始めた。ヒンドゥの夢は「すべての子供たちに教育と希望を与えること」。幼いミラルはその学校に預けられ聡明な少女に成長していくが、聡明であるということは今のパレスチナの状態に疑問を抱くということだ。彼女は、やがて活動家の男と恋をし、政治活動に足を踏み入れていく。
物語はまず、ヒンドゥと、ミラルの母・ナディア、ナディアが監獄で出会う友人ファーティマという3人の女性の人生がそれぞれ駆け足で描かれる。
直接虐げられることのない上流階級の生まれでありながら、街で偶然出会った55人の孤児をそのまま家に連れ帰り、面倒を見ることにするヒンドゥ。一生独身で孤児の教育に人生を捧げるヒンドゥは、いわばミラルを育てる豊饒な土だ。
一方、実の母ナディアは、義父の性的虐待から家を飛び出し、街で荒んだ毎日を送る不幸な女。バーでダンスを踊って日銭を稼ぎ酒に溺れることでなんとか生活しているけれど、ある日バスの中でふとしたことからユダヤ人の女を殴ってしまい、懲役6カ月の刑になる。
ナディアがその刑務所で出会ったのが、元看護婦でテロリストのファーティマだ。ファーティマは刑務所に面会に来た兄・ジャマール導師に、刑期が終わったナディアの面倒を見てくれるように頼み、ナディアの美しさに惹かれたジャマールは彼女と結婚。
やがて2人の間にはミラルという種が誕生するが、母親であるナディアはどうしても心の隙間を埋めることができず、入水自殺してしまう。ミラルを何よりも愛する父・ジャマールは、母親と同じ道だけは歩ませたくないと、胸が引き裂かれる思いで娘を“子供の家”に預けるのだった。
ここから、物語はミラルの章に移る。17歳になり、突如武器を持ったイスラエル軍がパレスチナ人を虐待するという現実を目の当たりにした彼女は、ヒンドゥが止めるのもきかず組織に出入りするようになる。
デモの途中で親友が流れ弾に当たって死んでしまったり、活動家の男と恋をしたり、警察に連行されて暴行を受けたり。この時代のパレスチナに生きるということはそういうものなのかもしれないが、それにしたってミラルの人生はとにかく盛りだくさんだ。母、親友、恋人、父親。大切な人は次々といなくなり、傷つくことも多い。
面白いのは、にもかかわらず彼女は眼の輝きを失わないし、どこか希望に満ちているということだ。
映画全体にこの希望を与えているのは、なんといってもヒンドゥとミラルの父・ジャマールという2人の大人だろう。
この2人が随所で見せる献身的な愛情が、なんともいえずイイんである。
ヒンドゥは、自分のエゴから親友を死なせてしまったミラルを責めず、「私はあなたを責めません。何があってもあなたを愛しているわ」と言って強く優しく彼女を受け止める。
一方、幼い娘の将来のために一緒に暮らすことを諦めたジャマールもミラルにメロメロで、組織に片足を突っ込んでいく娘を我慢強くひたすら見守る。実は彼とミラルの親子関係にはちょっとした秘密があるのだが、それを知ると、この無償の愛はなおさら心に染みる。
2人がどういう思想と背景のもとに、ミラルや子供たちに尽くすようになったのか。それを描くだけでも一本の映画ができあがりそうなのに、さらりと流してただそこにある献身だけを見せているのも、なんともいえずかっこいい。
原作は、パレスチナ人女性ジャーナリスト、ルーラ・ジブリールの半自伝的小説。
監督であるジュリアン・シュナーベルは、アーティスト、ジャン=ミシェル・バスキアを描いた『バスキア』や、全身麻痺になった男がわずかに残った右目の動きだけで書いた自伝を元にした『潜水服は蝶の夢を見る』など実在の人物を撮り続けている監督で、彼女の著作を読み深い感銘を受けて映画化を決めたという。
また、ヒロインを演じるフリーダ・ピントの美しい目の輝きも必見だ。インド人というのはどうしてこんなに美人が多いんだろう。映画好きには『スラムドッグ$ミリオネア』でヒロイン役だった女優といえば、ピンとくるかもしれない。
ルーラ・ジブリールは奨学金でイタリアに渡り、この『ミラル』という物語もイタリアで著した。物語の最後、ミラルも同じように奨学金を得てイタリアに向かって出発する。年を取って白髪が増え、見違えるように小さくなってしまったヒンドゥに見送られながら。
ふと、この映画の主役は赤い花じゃなく、花を咲かせようとする人たちじゃないかと思った。師であるヒンドゥがミラルを育む土なら、惜しみなく愛を注ぐジャマールは、水であり太陽なのだ。
文=遠藤遊佐
親から子へ、教師から生徒へ、平和を祈る人々に贈る真実のメッセージ。
FLV形式 6.67MB 2分09秒
『ミラル』
8月、渋谷・ユーロスペースほか全国順次公開!
関連リンク
映画『ミラル』公式サイト
関連記事
やたら前宣伝で「ヤバい!」「ヤバい!」と煽ってくるから「はいはい、ヤバくないんでしょ」と思って観に行ったらほんとにヤバいよー! ママー! 映画『ムカデ人間』公開!!