WEB SNIPER Cinema Review!!
板尾創路、監督・脚本・主演で贈る、第二弾作品が完成!!
満月が輝く街、二人の男と一人の女を巡る、三角関係と幾多の謎
敗戦の痛手から日本が立ち直り始めた昭和22年。戦死したはずの落語家・森乃家うさぎ(板尾創路)が顔を包帯で包み、一切の記憶をなくして帰ってくる。彼は得意だった落語「粗忽長屋」を呟くことしかできないが、かつての恋人・弥生(石原さとみ)は彼を歓待した。ところが、そこへもう一人の男(浅野忠信)が帰郷して……。板尾創路が『板尾創路の脱獄王』に続いて監督した第2作!!満月が輝く街、二人の男と一人の女を巡る、三角関係と幾多の謎
2012年1月14日(土)角川シネマ有楽町、シアターN渋谷他 全国ロードショー!
明るく笑えるものなら「やっぱりな」と思うし、笑いが少なく重苦しいものなら「ああ、この人普段バカやってるけど本当は真面目な人なんだな」と思わずにいられない。北野武しかり、松本人志しかり。きっと本人はそんなふうには観られたくないんだろうが、笑いから逃れられないのは芸人の宿命である。
しかしこの映画は……というと、そのどちらでもない。
一見ものすごく真面目で深いように見えて、ときどき「ほえ?」と声が出てしまうほどシュールな笑いが顔を出す。物語を包む空気は静かで暗いけれど、その行きつく先はとんでもなく衝撃的。
観ていると、芸人だとか監督だとかいう細かいことはどうでもよくなってしまう独特の感覚。いい意味でも悪い意味でも「板尾が撮った」としかいいようがない作品なのだ。
そういえば、初監督作品のタイトルは『板尾創路の脱獄王』だった。この作品でも劇中に『板尾創路の月光ノ仮面』というタイトルが出てくるところを見ると、本人もそのへんは承知しているのだろう。
物語の舞台は、戦後すぐの東京だ(ちなみに『脱獄王』も戦後の混沌とした時期の話だった。どうも板尾はこのシチュエーションが好きらしい)。
戦死したはずの一人の男(板尾創路)が町に帰ってきた。兵隊服を着たぼろぼろの男は寄席の明かりに吸い寄せられるように入っていき、いきなり高座に上がって引きずりおろされてしまう。どうやら男の正体は、真打ち昇進を目前にして兵隊にとられた若手人気落語家・森乃家うさぎらしい。森乃家一門の師匠・天楽の娘である弥生(石原さとみ)は、自分のあげたお守りをもっていた彼を、かつての許嫁うさぎだと信じ大喜びで受け入れる。
男は記憶をなくしているらしく何一つ語ろうとしなかったが、なぜかうさぎの十八番だった“粗忽長屋”の文句だけは覚えていた。師匠・天楽はそんな彼を高座に復帰させようとするが、なかなかうまくいかない。
そんなとき、同じ兵隊姿のもう一人の男が戦場から帰ってくる。喉を怪我して喋れなくなっていたものの、彼こそが本当の森乃家うさぎ(浅野忠信)だった――。
主人公が落語家だなんていうと小粋で心温まる展開を予想してしまいそうだが、バックボーンに“戦争”があるせいか、物語はなかなかハードだ。
弥生は偽物のうさぎを本当の許嫁だと信じて神社の境内で抱かれてしまうし、そんな偽うさぎは、戦争中上司に命令されて負傷した同僚を安楽死させるなんていうヘビーな経験をしている。どちらも戦時中には普通にあったことなのだろうが、じわじわと重い。
そこに帰ってきた本物の森乃家うさぎ。こいつがまた謎なのだ。本作のモチーフとなった古典落語の“粗忽長屋”は、死んだはずの男がなぜか自分の死体を引き取りにいくという話だが、実は板尾演じる偽物と本物の森乃家うさぎは戦地での同僚で、偽うさぎは本物が喉を負傷して死ぬところを目撃しているのである。
死んだはずの男が帰ってきた。じゃあ戦場で死んだのは誰だったのか。今目の前にいるこの男は? いや待て、それを言うならそもそもなぜ許嫁の弥生は、顔がまったく違う偽うさぎを本物だと思い込んだのか……(浅野忠信と板尾創路を見間違えるなんて無理がありすぎる!)。
月光の魔力が生んだ幻か、幽霊か、それとも芸人ならではのシャレなのか。
謎だらけの展開は、ちょっとしたサスペンス映画のようである。例えば物語のところどころに出てくる、太った遊女が偽うさぎと一緒に遊郭の一室から地下通路を掘るというシーン。また物語の中盤、月光の下で物想いにふける偽うさぎの元にいきなりある人物(思わず目を丸くしてしまうような隠しキャラ!)が現われる強烈な場面なんかは、弥生や偽うさぎと一緒に、観ているこっちまで異次元に連れていかれるような感覚に陥ってしまう(もしかしたらそれも監督の狙いなのかもしれない)。
そしてやってくるタランティーノもびっくりの衝撃のラストシーン! これまたキツネにつままれること必至である。でも気がつくとニヤリと笑いながら「それもアリかな」と思っているから不思議だ。
一言で言うと「難解だけど面白い」映画である。
ここでいう難解さというのは“答えを見つけるのが難しい”という意味ではなく“答えがいくつもある”難解さだ。観ている人が「たぶんこうなのだろう」と思ったら、それが答え。正解を探さず月光の魔力に素直に身を任せるのが、この映画の正しい楽しみ方だと思う。躍起になって答えを探すのは野暮ってものだ。
とはいえ「板尾ファンだけど、あんまり意味がわからない映画もキツイよなー」という方も多いだろう(かくいう私もそのクチ)。そんな人のために、イライラせずに楽しむためのヒントをひとつお教えしておこう。
板尾創路がこの作品を撮るにあたって意識したテーマは「女は月の魔力に左右される」「穴の中に月の光は届かない」「目は口ほどにものを言う」の3つなんだそうだ。
このフレーズを心のどこかに留めながら観ると、「ほえ?」なシーンも衝撃のラストも案外スルリと入ってくるんじゃないだろうか。
ちなみに私が一番グッと来たのは、死を見届けたはずの本物の森乃家うさぎが帰ってきたときに板尾が見せる小犬のような目の輝きだ。
それまでなんの感情もなかった偽うさぎの目に宿った無垢な光は、何が幻で何が本当かわからないこの物語の中でたった一つ確かなものに見えた。
文=遠藤遊佐
「ここで死んでいるのは確かに俺だが、それを見ている
この俺は、いってえ誰なんだ」(落語「粗忽長屋」より)
FLV形式 5.37MB 2分03秒
『月光ノ仮面』
2012年1月14日(土)角川シネマ有楽町、シアターN渋谷他 全国ロードショー!
関連リンク
映画『月光ノ仮面』公式サイト
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