WEB SNIPER Cinema Review!!
2009年に逝去した稀代の舞踏家から、未来を生きる10代たちへ、
本当に伝えたかった、最後のメッセージ。
世界的な舞踏家・ピナ・バウシュのもとに集まった、40人の少年少女。生活環境も性格もバラバラな彼らの共通点、それはダンス経験を持っていないこと、そしてわずか10カ月後にピナ・バウシュの代表的演目「コンタクトホーフ」の舞台に立つこと。猛特訓の果て、彼らは大勢の観客が見詰める舞台で何を表現することになるのだろうか――。稀代の舞踊家ピナ・バウシュの指導風景を収めた、生前最後の公式映像!!本当に伝えたかった、最後のメッセージ。
3月3 日(土)よりユーロスペース、ヒューマントラストシネマ有楽町他全国順次ロードショー
皆さんは、ピナ・バウシュという女性をご存知か。
世界的に有名な舞踏家らしいのだが、私は知らなかった。だって日本じゃ舞踏に触れる機会なんてほとんどないから(ハリウッドスターや有名ミュージシャンくらいなら多少はわかるけど)。正直、舞踏と言われても思いつくのは山海塾と珍しいキノコ舞踊団くらいだ。
ではなぜこの映画に足を運んだのかというと、いつもWEBスナイパーでレビューさせてもらっているヘンリー塚本監督のAV作品に必ず出てくる通称“FAダンス”が、映画『トーク・トゥ・ハー』におけるピナ・バウシュのダンスシーンにインスパイアされてできたものだって話を聞いたせいに他ならない。泥臭い昭和エロスを描いたAVドラマのエンディングで、さっきまで濡れ場を演じていた男女がいきなり手をつなぎにこやかに腰を振って踊りだす“FAダンス”は、他のAVにはないセックスの大らかさや滑稽さを感じさせるカーテンコールともいえるもので、私はそれが心底大好きなのだ。で、「ああ、あのピナ・バウシュ! そりゃ観なきゃならんでしょう!」と思ってしまったわけである。
たいていの人にとってはまったくどうでもいい情報だけれど、AVファンにとってこいつは「ヴッパタール舞踊団の芸術監督だった!」とか「フェリーニの映画や坂本龍一のオペラにも出演経験あり!」とかいうよりも一大事なのだ。そして、こんな遠く離れた国のエロビデオにまで影響を与えているピナという女性は、さすがにすごい人なのだろうと納得せずにいられない。
とまあ前置きが長くなってしまったが、本作はそんな世界的舞踏家ピナ・バウシュがダンスの経験をまったく持たない40人のティーンエイジャーを集め、代表作「コンタクトホーフ」の舞台を作り上げるべく行なった10カ月の訓練を描いたもの。ちなみに彼女自身は2009年にガンで逝去しており、そういった意味でも生前の指導風景を観られるこの映画は貴重だ。
FAダンスや『トーク・トゥー・ハー』のイメージから「なんかエロい感じのダンスをティーンエイジャーが踊るみたいなんですけど! キャー!」なんて思ってしまった人がいるなら、やんわりとたしなめたくなるような(すみません、私です)至って真面目なドキュメンタリーだ。
大抵の人は、舞踏というと筋肉質な男女が真剣な顔で飛んだり跳ねたり回ったりというのを想像するだろう。しかしこの「コンタクトホーフ」という演目は少し趣が違う。幕が上がるとまずスーツやドレスに身を包んだ男女が腰をクイクイ振る奇妙なダンスをしながら客席に向かって歩き出す。セリフを言い、パートナーと抱き合い、笑い、演者が椅子に座り一人ずつ客席に向かって語るなんていうシーンもある。
ピナはこのプロジェクトの数年前、65歳以上の老人を演者にして同じ「コンタクトホーフ」を上演しているのだが、そのことからもわかるように、肉体をハードに使った踊りというよりは、多種多様な人間が自分の内面を表現し互いに交わっていくことで出来上がる一種の演劇といったほうがいい。
要するに、人生経験や内面性がモノを言う舞台なんである。面白いのは、それを人間的にまだまだ未熟な10代の少年少女、しかもダンスや舞台の経験がないまっさらな子たちにゼロからやらせるというところだ。
例えば、振り付けの中にはパートナーとエロティックな風情で抱き合ったり、ひたすら大声で笑いながらステージを駆け回ったり、男女がステージの両端でお互いに欲情しながら服を脱ぎ捨てたりなんていうシーンがガンガン出てくる(できれば下着も脱いで欲しいとまで言われるんだから驚きだ)。
尻振りダンスひとつとったって、思春期の男女が人前でそれをやるのには大きな葛藤があるはすだ。でも、ティーンエイジャーたちは興味と自己表現することの楽しさに気づき、少しずつそれに適応していくのだ。
私が特にグッときたのは、混乱した1人の女が男たちに慰められるというシーンだ。最初は1人の男が彼女を優しく撫でているのだけれど、次第に大勢の男が群がってきて、やがて慰めは制御のきかない攻撃に変わっていく。そして彼女が泣きそうになると、男たちは踵を返しそこに通りかかった魅力的な女の後にこぞってついていってしまう。1人残され、うつむきながら舞台から去る少女。
こういうニュアンスって、人生経験を積んだ大人なら「ああ、わかる」と思うだろうけど、15・6歳の子にとっては全部が初めての体験だ。そこから生まれるナマの戸惑いや感情の動きは、私みたいなスレちまったおばちゃんからすると、まぶしくてキュンとしてしまう。
また、子供たちの中には、父親を亡くしたり、戦争で祖父が生き埋めにされたり、ロマ(いわゆるジプシーを差別的に呼ぶ言葉)だったりと、いろんな事情を抱えている子が多いのも忘れちゃならない。
バックボーンに今のヨーロッパの厳しい現実を持ちながらも、10カ月の稽古を終えたティーンエイジャーたちは口々にこう言う。
「自己表現が怖くなくなった」「人見知りがなくなった」
『天使にラブソングを』や『スクール・オブ・ロック』みたいなハイテンションでわかりやすい教室じゃないけれど、ピナ・バウシュの魂を学ぶことで、彼らは「自分が変われば世界が変わる」ということを知ったのだ。
うーん、私も10代のころにこんな経験をしていれば……(まあ、こんなハードな練習、絶対につとまらないだろうけど)。
そして10カ月が経ち、いよいよ舞台初日。子供たちは立派なプロフェッショナルの顔つきに変わっていて、しっかり彼らの「コンタクトホーフ」を作り上げていた。残念なのは。作品内では舞台の抜粋しか見られなかったことだ。
ちなみに、このドキュメンタリーの公開に先行して、ヴィム・ヴェンダース監督によるオマージュ作品『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』も2月末から公開されるらしい(なんと3D!)。こちらはピナの死後、彼女の魂を受け継ぐ仲間たちがその作品を再現したアート作品だそうなので、ピナ・バウシュ舞踏をまるごと観てみたいという人は、ぜひとも2本まとめて観てほしいところだ。
文=遠藤遊佐
たいせつなのは、自分を解き放つこと――
ピナの“創作の裏側”に迫る唯一のドキュメンタリー。
FLV形式 6.28MB 2分15秒
『ピナ・バウシュ 夢の教室』
3 月3 日(土)よりユーロスペース、ヒューマントラストシネマ有楽町他全国順次ロードショー
関連リンク
映画『ピナ・バウシュ 夢の教室』公式サイト
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