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千年の時間を想う、現代文化に対する西岡棟梁の静かなる反論
木のいのちを生かし、千年の建物を構築する。その深遠な教えはかつての日本人が持っていた叡智を示し、また現代文明が失ったものを浮かび上がらせる緊迫した警鐘でもあるようだ――。飛鳥時代から受け継がれてきた寺院建築の技術を後世に伝え、「最後の宮大工」と称せられた男・西岡常一の姿を捉えたドキュメンタリー。2月4日 (土)よりユーロスペースにて異例のロングラン!! 匠の遺言に拍手鳴り止まず、追加公開劇場も続々と決定!!
「法隆寺の鬼」と呼ばれた宮大工がいた。それが伝説の男、西岡常一だー!という本作。明治生まれで最後の宮大工とくれば、これはさぞ「頑固で怖くて寡黙な感じなんだろう!」と思いきやさにあらん。本作でインタビューに答える西岡常一は「あーそうでんな。そりゃ大変でしたですな。そりゃナントカカントカですな」とひたすら軽妙な京都弁で、温和なじいさんだ。
ところがやってることは重すぎで、この人が改修していたのはあの法隆寺。築1400年で、世界最古の木造建築物で、建立は飛鳥時代で、さらにはユネスコ登録世界遺産!(もちろん国宝)。そんな法隆寺を改修するため、西岡常一は現代に飛鳥様式を蘇らせる。
法隆寺の周りに、その保守を代々司る職人だけの町があるというのがまず驚きだが、そこの宮大工三代目として生まれたのが西岡常一だ。生まれながらに法隆寺棟梁の座を運命づけられた彼が、小学校の次に進んだのは「農学校」。このとき「工業学校」への進学を勧める父親を説き伏せたおじいさんの論理が凄くて、「宮大工になるには木を知るべき。木を知るには土を知るべき。だから常一は農学校へ行け」という半端じゃないそもそも論。お前はカリグラフィを勉強してからパソコンを作った、スティーブ・ジョブスか!という感じなのだが、ここでの勉強は卒業して早速「木を見ただけで、どこ産のヒノキか分かる」という形で活きてくる。木を使って建物を建てるなら、木が生えてる土に詳しくなれ。このとことんまでそもそも論で詰めていく姿勢こそが飛鳥建築、そして「法隆寺宮大工」の教えなのだ。
本作ではこの「そもそも論」がそこかしこに顔を出してくる。例えば木の加工でも、西岡の工房ではまず目の前に1本の木があり、それに合わせて臨機応変に道具を作り、それに合わせて臨機応変に技術がくる。たしかに木は人にあわせて生えてくる訳じゃないし、木造建築は「そもそも」そうあるべきだ。でも、そんなの全部同じサイズに製材して、ブロックみたいに組み合わせればいいジャーン! そっちのほうが楽だし早いジャーン!と言いたくなるのだが、そんなことでは「あきまへんな」と一刀両断。自然を人間側に合わせていく現代日本と、人が自然に合わせていく古代日本、その発想の差が築1400年の鍵なのだ。
さらに木の個性に徹底する西岡は、伐採時の方角と使用時の方角を合わせて使う。実はこれこそ、木をとことんまで使い切る飛鳥方式で、「室町に入ると、もうあきませんな」となり、飛鳥に生きる彼にとっては、室町以降は現代人! 江戸時代の建物を見ても「継ぎ目を重ねているからあきませんな」とバッサリで、ところがそんな彼に文部省(学者グループ)が「鉄骨を入れろ」とねじ込んでくるから面白い。
「そんなもん、もちません!(200年しか)」という西岡の時間スパンが凄いが、この西岡vs文部省の戦いはその後、時を変え場所を変え何度も繰り返される。大抵は文部省を受け入れる西岡なのだが、ある時には「外側にボルトを貼りつけ、鉄骨使ってる風にして実際は使わない」という大技が炸裂。「1カ月に1回来るだけだから分かりませんねん」というお茶目さに感動しつつ、果たして1000年後の日本人が貼りついたボトルを見てどう思うのか、今から楽しみでしょうがない。
現代の鉄で作った「やりがんな」は切れないし、文明開化以降の瓦は古いものに比べて4分の1しかもたない。建物だって、新宿副都心の高層ビルで1400年後に残っているものは一つもないだろうし、本作を観てるうち、現代の技術は全て古代の劣化コピーという気分になってくる。でも、それは現代が宗教の時代じゃないからで、今や主役は神仏よりも人間だ。そうなればビルも車も人の一生分持てば充分で、200年だって永遠ということになる。1000年を希求する「そもそも論」はどんどん場所を失っていき、でも人間は自分がどこからきたのか、その「そもそも」が必要な生き物だ。
そうなると法隆寺は、永遠の時間に生きていた頃の日本文明、その真の鉄・木造建築を、建物の形で保って伝えている記録装置のように見えてくる。西岡はそれを再生して見せてくれたのだ。
20年続いた法隆寺大改築を終えた彼は、法隆寺棟梁の座を退き、今度は後半生をかけて「薬師寺」再建に取りかかる。「ゼロから白鳳建築(中期飛鳥時代の形式)を新築する」というこの事業は、そんな記憶装置をもう一つ建てようという試みだ。そしてそれは日本にまだ失われていないものと、もう失われてしまったものを明らかにする課程にもなっている。
本作を通して最も印象に残ったのは、ヒノキについて語るときの「木は神様でんな」というセリフ。そこにあるのは飛鳥時代よりさらに古くから続く、神道アミニズムの感触だ。木を神様と思う宮大工が作る、仏教の寺。それってなんだか落ち着くなあと思う、そこには日本人の「そもそも」が行き着く、一つの答えがあった。
文=ターHELL穴トミヤ
「鬼」称せられ法隆寺の昭和大修理、
薬師寺の伽藍復興に一生を捧げた匠の生涯
FLV形式 5.70MB 2分09秒
『鬼に訊け 宮大工 西岡常一の遺言』
2月4日 (土)よりユーロスペースにて異例のロングラン!! 匠の遺言に拍手鳴り止まず、追加公開劇場も続々と決定!!
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関連リンク
映画『鬼に訊け 宮大工 西岡常一の遺言』公式サイト
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