法廷ドキュメント 闇の中の魑魅魍魎
久しぶりの登場、法廷ドキュメント第九回をお届けいたします。
拘置所の中で
誠子は今、初めて一人きりになりたいと思った。
一人になって、自分の犯した罪の意味を、考えてみたかった。
その後で、控訴するか否かの結論を出したかった。
だが、雑居房の中には、誠子の他に二人の女性未決囚が入っていて、誠子のそんな気持ちを実現させてくれるはずもなかった。
誠子はほんの数時間前、判決の言い渡しを受けたばかりであった。
懲役十年であった。
罪名は殺人。
もう一人の共犯者である大利根二郎は、誠子よりも五年重い懲役十五年の刑であった。
直接手を下したのは自分だけであるのに、手を下していない二郎が何故、自分よりも重い刑なのか誠子は不思議であった。
今度弁護士が接見に来た時に相談したいことを考えておかなければと思った。
今日、言い渡しがあった時、二、二日後に会いに来ると言っていた。
目を閉じると誠子の二十五年間の思い出、記憶が堰を切ったように一度に押し寄せてきた。
頭の中に、得体の知れないものが充満し、膨張し、誠子は一瞬気が遠くなった。
誠子が拘置所に入ったのは六カ月前だった。
殺人罪で起訴されてから間もなくのことであった。
拘置所というところはまだ刑の決まらない裁判を受けている人達を収容している施設である。
この点、刑の確定した人達を収容する施設である刑務所とは異なる。
裁判の過程にあって、保釈にもならないで、身柄を勾留されている人達のいるところである。
拘置所に似たものに警察の留置所がある。
これも、ほぼ拘置所のようなものである。
被疑者を逮捕し、捜査を進めている段階にあっては、捜査を担当している者にとって、取調べの対象たる被疑者が身近にいることが便利である。
一番便利なところ、それは、その警察の中である。
警察の中の留置所である。
被疑者の段階で拘置所に移されるというのは、それ故、極めて数が少ない。
取調べが終わり、公判請求した後、身柄を拘置所に移すのが大部分である。
誠子も殺人容疑でO警察に逮捕されてから、拘置所に移されたのは、一月後のことである。
拘置所に移されてから誠子の同房者は数えきれないほどの交替があった。
刑が決まったり、あるいは保釈が認められたりで、多くの同房者が拘置所から出て行った。
誠子は逮捕され、起訴されたのは今回が初めてであった。
だから刑事手続きに関しては全く無知だったといって良い。
保釈になるのにも金がかかること、殺人罪の犯人に対しては犯行のすべてを認めても、保釈になる可能性はほぼゼロであることなどは、拘置所に入ってから知ったことである。
拘置所に半年も入っていると大抵の被告人は、専門家並の知識を身につける。
特に犯した罪が重大なものであればあるほどである。
殺人犯人でしかも誰がみても情状酌量の余地がないような者は、必死になって延命策を考え、そのために、今、自分を縛りつけている法規の類いを研究し始める。
拘置所内での法律の先生は、専門書であり、前科のある再犯者である。
数カ月も室内に閉じ込められ、時間のたっぷりある彼らは、本を読んだり、手紙を書いたりの生活の故か、それまで文章らしい文章を読んだことのないものであっても、それ相当こういった現象を示すのは圧倒的に男の被勾留者に多い。
あるがままの姿、現状を受容するということに関しての性の違いであろうか。
端的に言えば男はあきらめが悪い。
誠子は、約半年もの間、読書らしい読書もしないで過ごしてきた。
毎日ぼんやりと無為に時間を費やしてきた。
だから、こんなにも頭の中が混乱したのは久しぶりのことであった。
懲役十年の判決の言い渡しを聞いてからのことであった。
法廷ドキュメント 闇の中の魑魅魍魎 第一回 文=法野巌 イラスト=兼田明子 身を挺して子供を守るべき両親は意外な行動をとった。 |
久しぶりの登場、法廷ドキュメント第九回をお届けいたします。
拘置所の中で
誠子は今、初めて一人きりになりたいと思った。
一人になって、自分の犯した罪の意味を、考えてみたかった。
その後で、控訴するか否かの結論を出したかった。
だが、雑居房の中には、誠子の他に二人の女性未決囚が入っていて、誠子のそんな気持ちを実現させてくれるはずもなかった。
誠子はほんの数時間前、判決の言い渡しを受けたばかりであった。
懲役十年であった。
罪名は殺人。
もう一人の共犯者である大利根二郎は、誠子よりも五年重い懲役十五年の刑であった。
直接手を下したのは自分だけであるのに、手を下していない二郎が何故、自分よりも重い刑なのか誠子は不思議であった。
今度弁護士が接見に来た時に相談したいことを考えておかなければと思った。
今日、言い渡しがあった時、二、二日後に会いに来ると言っていた。
目を閉じると誠子の二十五年間の思い出、記憶が堰を切ったように一度に押し寄せてきた。
頭の中に、得体の知れないものが充満し、膨張し、誠子は一瞬気が遠くなった。
誠子が拘置所に入ったのは六カ月前だった。
殺人罪で起訴されてから間もなくのことであった。
拘置所というところはまだ刑の決まらない裁判を受けている人達を収容している施設である。
この点、刑の確定した人達を収容する施設である刑務所とは異なる。
裁判の過程にあって、保釈にもならないで、身柄を勾留されている人達のいるところである。
拘置所に似たものに警察の留置所がある。
これも、ほぼ拘置所のようなものである。
被疑者を逮捕し、捜査を進めている段階にあっては、捜査を担当している者にとって、取調べの対象たる被疑者が身近にいることが便利である。
一番便利なところ、それは、その警察の中である。
警察の中の留置所である。
被疑者の段階で拘置所に移されるというのは、それ故、極めて数が少ない。
取調べが終わり、公判請求した後、身柄を拘置所に移すのが大部分である。
誠子も殺人容疑でO警察に逮捕されてから、拘置所に移されたのは、一月後のことである。
拘置所に移されてから誠子の同房者は数えきれないほどの交替があった。
刑が決まったり、あるいは保釈が認められたりで、多くの同房者が拘置所から出て行った。
誠子は逮捕され、起訴されたのは今回が初めてであった。
だから刑事手続きに関しては全く無知だったといって良い。
保釈になるのにも金がかかること、殺人罪の犯人に対しては犯行のすべてを認めても、保釈になる可能性はほぼゼロであることなどは、拘置所に入ってから知ったことである。
拘置所に半年も入っていると大抵の被告人は、専門家並の知識を身につける。
特に犯した罪が重大なものであればあるほどである。
殺人犯人でしかも誰がみても情状酌量の余地がないような者は、必死になって延命策を考え、そのために、今、自分を縛りつけている法規の類いを研究し始める。
拘置所内での法律の先生は、専門書であり、前科のある再犯者である。
数カ月も室内に閉じ込められ、時間のたっぷりある彼らは、本を読んだり、手紙を書いたりの生活の故か、それまで文章らしい文章を読んだことのないものであっても、それ相当こういった現象を示すのは圧倒的に男の被勾留者に多い。
あるがままの姿、現状を受容するということに関しての性の違いであろうか。
端的に言えば男はあきらめが悪い。
誠子は、約半年もの間、読書らしい読書もしないで過ごしてきた。
毎日ぼんやりと無為に時間を費やしてきた。
だから、こんなにも頭の中が混乱したのは久しぶりのことであった。
懲役十年の判決の言い渡しを聞いてからのことであった。
(続く)
07.11.01更新 |
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