WEB SNIPER's book review
地獄はこんなにも、美しい。
責め縄、狂い縄――。伝統を継ぐ過酷な縛りで世界的に熱烈な支持を得る緊縛師・奈加あきら。その半生と命懸けで究極の愛を魅せる美しき女たちの姿を、団鬼六賞作家・花房観音が描く『縄 緊縛師 奈加あきらと縛られる女たち』。パフォーマーとして長きにわたり緊縛師や縄とふれあってこられた早乙女宏美さんによる書評をお届けします。
私は自縛ショーをストリップ劇場でやっていた。群馬県「太田大一劇場」。畑の中に古くからあるストリップ劇場。こんなド田舎に今をときめくAVスター「小林ひとみチームショー」が来たのだ。1988、9年頃だ。座長の小林ひとみ、男優ニッキー順、AVアイドル井上あんり、東山絵美。こんな豪華なチームと出会えることは滅多に無いだろうと、初対面にも関わらずショーを見せてもらい、休憩時間には言葉も交わしていた。劇場の楽日に奈加氏に会ったのか...いや会っていないかもしれないが、彼女たちの口からマネージャーの話を聞いていて、会ったつもりになったのかもしれない。
私が奈加あきら氏にインタビューしたのは、三和出版『マニア倶楽部』で連載中の2006年のこと。その中で、まず始めにマネージャー時代の話が聞いてみたかった。つまりそれほど内容が良かったショーで、頭の中に染み込んでいたのだ。
「あの頃は真面目にショーを作っていました。構成を考え、稽古もたっぷりして、衣装も良いものを仕立ててもらい...。本当の劇団並みでしたよ」
と話していた。
劇場で小林ひとみ一座と会ってからしばらくして、奈加氏が緊縛業界へ入ってきたと知りびっくりした。奈加氏の心を変えたのは、故濡木痴夢男の緊縛。AV撮影でSMシーンは見ていたものの、濡木氏の緊縛にこれまでにない衝撃を受けた奈加氏であった。
それもそのはず。濡木氏はその頃流行り出した緊縛師ではない。SM雑誌を牽引してきた編集者である。どうすれば見栄え良く、愛好者の心を掴む縛りができ、かつ女性の体に負担をかけずに縛れるか、実践で培ってきた手腕がある。これは教えられるものではない。奈加氏の眼差しに熱いものを感じた濡木氏は、肌で感じ取って欲しいと奈加氏に実践を進め、見守っていたのだろう。
私は両氏の緊縛を見ているが、全く別物である。無論、縄の掛け方は奈加氏も似ているが、感情が違うのである。こういう話を濡木氏にしていると、
「縛っていることは同じでしょ。ただ縄で縛るだけだよ。何が違うの」
と突っ込まれて、返答にドギマギしていたが、今は言える。濡木氏の縄はさらっとしている。これは「冷めた」とか「無感情」というのではない。濡木氏の性格でもあろうが、深みにはめさせない一線を張っている。いや、本人はそのつもりはないかもしれないが、女が「惚れる」という感情をサラッと流す感じであった。これが縄にも感じられる。これは「編集者」という立場が長かったからだと思う。縄好きな人物に対して濡木氏は常に平等であった。
それに対し、奈加氏の緊縛は心底惚れさせる。奈加氏の虜にさせる。いくら「仕事」で縛っていても、感情を込め擬似恋愛を感じさせる。
緊縛される、という事は、少し大袈裟かもしれぬが、緊縛する人に「命を預ける」ことだ。万が一、何かあっても許せる人。ああこの人で良かった、と思える人だ。しかもその緊縛から快感を得る、ということは、本当に心を許せる人しか有り得ないと私は思っている。この本書でインタビューを受けている奈加氏の相方もその深い心を語っている。
そして本書は、単に奈加氏の緊縛師の経歴を追ったものではなく、生い立ちを深く掘り下げている点も興味深い。サディズム、マゾヒズムという感情が理解できる、あるいは性癖となる人は、幼少時代に何らかの一般的ではない感情を持ち合わせた人が多い。これは両親との関わりが最も重要な点であろう。両親はきちんと育てているつもりでも、子供の感情を100パーセントわかっているとは限らない。もっと甘えたいと思っていたのに甘えられなかったとか、場合によっては虐待なんてこともある。そしてこの部分は一番他人に触れられたくない、見せたくない点でもあると思う。その深い想いを著者の花房氏は紐を解くようにじっくり探っている。
(注:しかしこれは日本人特有の感情であろう。日本人はサドマゾ、緊縛に情緒を求める。幼少期に真の寂しさを感じた心は、多感になりやすく情緒を理解しやすいと思うのだ)
だからこそ本書は、奈加あきらという人物がよく伝わってくる。これは著者花房観音氏が、SM、緊縛業界のことをよく知らなかったからこそ書けたことだと思う。花房氏が知ろうと何度も聞く。奈加氏もそんな花房氏に伝えようと、言葉を変え話す。そんなやり取りがあるからこそ、最終的に「緊縛」「奈加あきら」それぞれが伝わってくるのだ。
小説家花房観音が、緊縛する者、される者の本当の心を知った本書は、奈加あきら氏の姿を知るだけでなく、花房観音氏の心の変化も読み取れる、二人の人生観を追う書となったと思う。
文=早乙女宏美
『縄 緊縛師 奈加あきらと縛られる女たち』(大洋図書)
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早乙女宏美(さおとめ・ひろみ)
1984年日活ロマンポルノデビュー。以降ストリップ劇場で自縛ショー、切腹パフォーマンス、演劇などを経て、現在パフォーマーとして活動中。
新刊 「ストリップ劇場のある街、あった街」(寿郎社)絶賛発売中。
公式サイト「note」https://note.com/saotome6
1984年日活ロマンポルノデビュー。以降ストリップ劇場で自縛ショー、切腹パフォーマンス、演劇などを経て、現在パフォーマーとして活動中。
新刊 「ストリップ劇場のある街、あった街」(寿郎社)絶賛発売中。
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