法廷ドキュメント 闇の中の魑魅魍魎
久しぶりの登場、法廷ドキュメント第九回をお届けいたします。
序曲
間野誠子の両親は、四国にある県の港町で酒屋をやっていた。
誠子の姉妹は、六歳離れた妹一人であった。
誠子が物心ついた頃、既に父親は賭事にのめり込んだ生活を送るようになっていた。
夜になると、どこかに出かけて行き、帰ってくるのは翌朝二時、三時になるのも珍しくはなかった。
母親は気の弱い、夫に対しては従順な、それ故、夫の乱行を何ら諌めることの出来ない性格の女であった。
夫は、殆んど店の仕事をすることはなかったから、商売の方は彼女一人で何とかこなしている毎日であった。
彼女が人並みに気の強い女であれば、こんな夫を持てば、連日すさまじい夫婦喧嘩に明け暮れたであろうが、彼女の気の弱さ――それは外部から見れば、一種のだらしなさにも受けとれるものであったが――の故に、夫婦の間には、近所の注意を引くほどの争いは起こったことがなかった。
誠子が高校に入学する頃までは、それでも何とか破綻することなく家庭と呼べるかどうかわからないシロモノではあったが、家族四人の生活は維持されていた。
だが悲劇はこの頃から徐々に芽を吹き出していたのである。
誠子の住む港町に勢力を張っている暴力団にY組系S組というのがあった。
Y組は全国最大の暴力組織であり、常に全国を掌中にせんとしているその活力には凄じいものがあった。
S組もその傘下の故か、あるいは気性の荒い港町に根を張る故か、兇暴なことでは四国中に名を知られていた。
他の会派に属する組織が進出を図るたびに、血で血を洗う抗争が起こり、そしてS組は他の組織の流入を阻止してきた。
暴力団といえども人間であり、食べて行かねばならない。
そのためには金が必要である。
その主な資金源としては飲食店からの用心棒代、売春、麻薬、賭博、あるいは表面的には正業を装った飲食店や土建業の経営などがある。
これらのパイを分けあう人数は少ないほどよい。
同業者が増加すると共倒れになる可能性が高くなる。
それ故、彼らは他の組織の進出阻止に全力を挙げてたち向かうのである。
S組の重要な資金源の一つに、金融業があった。
勿論高利貸しである。
S組の営んでいる貸付けは極端な高利であった。
十日に一割というような場合もあった。
十日に一割というと単純に計算しただけでも一月に三割、一年間で三十六割、つまり十万円を借りると一年間で三十六万円の利息を支払わねばならない。
完全に出資法違反の違法貸付けであった。
利息を規制する法律として主なものには、利息制限法と、出資法の二つがある。
なぜ、このような高利金融が跋恩しているのであろうか。
その理由は、利息制限法に違反した利率で貸付けをしても、それを規制する罰則規定がないからである。
その上、違法高額な利息であってもいったん受領すれば、受領自体正当とされるからである。
当事者が任意で支払っているのだから、見逃がしておこうというのである。
S組関係の金融における十日で一割という利息は完全に出資法違反である。
借主か警察に駆け込めば、業者は即座に逮捕されたはずである。
しかし、借主としてそうはさせなかったところが暴力団たる所以であった。
警察に訴え出たところで、S組すべてを逮捕してくれるわけではない。
直接の貸付け担当者あるいはその上司くらいのものであろう。
二、三人を逮捕して、それですべてが解決するわけではない。
だから、S組が途方もない高金利で貸付けをしていることを感付いていても、警察としても手の下しようがたかったのである。
法廷ドキュメント 闇の中の魑魅魍魎 第二回 文=法野巌 イラスト=兼田明子 身を挺して子供を守るべき両親は意外な行動をとった。 |
久しぶりの登場、法廷ドキュメント第九回をお届けいたします。
序曲
間野誠子の両親は、四国にある県の港町で酒屋をやっていた。
誠子の姉妹は、六歳離れた妹一人であった。
誠子が物心ついた頃、既に父親は賭事にのめり込んだ生活を送るようになっていた。
夜になると、どこかに出かけて行き、帰ってくるのは翌朝二時、三時になるのも珍しくはなかった。
母親は気の弱い、夫に対しては従順な、それ故、夫の乱行を何ら諌めることの出来ない性格の女であった。
夫は、殆んど店の仕事をすることはなかったから、商売の方は彼女一人で何とかこなしている毎日であった。
彼女が人並みに気の強い女であれば、こんな夫を持てば、連日すさまじい夫婦喧嘩に明け暮れたであろうが、彼女の気の弱さ――それは外部から見れば、一種のだらしなさにも受けとれるものであったが――の故に、夫婦の間には、近所の注意を引くほどの争いは起こったことがなかった。
誠子が高校に入学する頃までは、それでも何とか破綻することなく家庭と呼べるかどうかわからないシロモノではあったが、家族四人の生活は維持されていた。
だが悲劇はこの頃から徐々に芽を吹き出していたのである。
誠子の住む港町に勢力を張っている暴力団にY組系S組というのがあった。
Y組は全国最大の暴力組織であり、常に全国を掌中にせんとしているその活力には凄じいものがあった。
S組もその傘下の故か、あるいは気性の荒い港町に根を張る故か、兇暴なことでは四国中に名を知られていた。
他の会派に属する組織が進出を図るたびに、血で血を洗う抗争が起こり、そしてS組は他の組織の流入を阻止してきた。
暴力団といえども人間であり、食べて行かねばならない。
そのためには金が必要である。
その主な資金源としては飲食店からの用心棒代、売春、麻薬、賭博、あるいは表面的には正業を装った飲食店や土建業の経営などがある。
これらのパイを分けあう人数は少ないほどよい。
同業者が増加すると共倒れになる可能性が高くなる。
それ故、彼らは他の組織の進出阻止に全力を挙げてたち向かうのである。
S組の重要な資金源の一つに、金融業があった。
勿論高利貸しである。
S組の営んでいる貸付けは極端な高利であった。
十日に一割というような場合もあった。
十日に一割というと単純に計算しただけでも一月に三割、一年間で三十六割、つまり十万円を借りると一年間で三十六万円の利息を支払わねばならない。
完全に出資法違反の違法貸付けであった。
利息を規制する法律として主なものには、利息制限法と、出資法の二つがある。
なぜ、このような高利金融が跋恩しているのであろうか。
その理由は、利息制限法に違反した利率で貸付けをしても、それを規制する罰則規定がないからである。
その上、違法高額な利息であってもいったん受領すれば、受領自体正当とされるからである。
当事者が任意で支払っているのだから、見逃がしておこうというのである。
S組関係の金融における十日で一割という利息は完全に出資法違反である。
借主か警察に駆け込めば、業者は即座に逮捕されたはずである。
しかし、借主としてそうはさせなかったところが暴力団たる所以であった。
警察に訴え出たところで、S組すべてを逮捕してくれるわけではない。
直接の貸付け担当者あるいはその上司くらいのものであろう。
二、三人を逮捕して、それですべてが解決するわけではない。
だから、S組が途方もない高金利で貸付けをしていることを感付いていても、警察としても手の下しようがたかったのである。
(続く)
07.11.02更新 |
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