法廷ドキュメント 闇の中の魑魅魍魎
久しぶりの登場、法廷ドキュメント第九回をお届けいたします。
家庭の崩壊
誠子の父親がS組の主催する賭博で多額の借財を負い、それを埋め合わせるために、S組の組員が経営する金融会社から高利で金を借り、首が回らなくなってしまったのは、誠子が高校三年になった時のことである。
最初借り入れた三百万円の負債は半年もたつと利息を含めて九百万円にもなっていた。
勿論、法律に従って計算すれば半年の間に負債額が三倍にもふくらむということはあり得ない。
利息制限法に従って計算すれば、一年間借りていても四十五万国の利息にしかならない。
この差額の恐ろしさが高利金融の特徴であることは既に述べたとおりである。
九百万円にも負債がふくれ上がった頃から、一見してそれとわかる人相の悪い、陰険な目付きをした男が度々誠子の家を訪れるようになった。
男は、家の中に入っても、口数は多くなかった。
一言、二言、父親や母親に言葉をかけるだけで帰っていった。
金融業者がよくやるように、返済をしない相手の家に来て、一晩中悪態をつき、怒鳴りちらし、ペンキを塗りつけるというようなことは全くしなかった。
夕方ふらりとやってきて、ドスの効いた低い声で、一言、二言何ごとかを父や母に言い残す上すぐに帰っていった。
それが誠子にとってはかえって不気味であった。
男が家を訪ねて来て、顔を見合わせた時は、誠子は急いで二階に上がっていったが、その時に、自分を見つめる視線の中に蛇を思わせる冷酷な炎が燃えているのが見えたように思えた。
後日、誠子の予感は、正しかったことが判明するのであるが。
男が家にやって来てから一カ月くらい過ぎた頃、誠子は、夕食の後、両親が低い声で、何やら深刻な話をしているのを耳に入れた。
どうやら、誠子ら家族の住む建物と、土地が担保として男にとられたらしかった。
大人の世界のことは、まだ誠子には良く理解出来なかったが、幼い頃から住み慣れた家が金貸しのものになってしまったのかと思うと、さすがに誠子はショックを受けた。
日頃から夫の顔色をうかがい、おどおどとしている母は、このような非常時になってもあいかわらず虚ろな目を泳がせているだけだった。
父親はアルコールには目のない方であった他、土地家屋を金貸しにとられてからはますます酒量が増え、昼間から一升びんを空けるような状態となった。
親としての資格を全く欠いているとしか思えない両親を目の前にして、誠子の気持ちは揺れに揺れた。
誠子は十七歳であった。
人生のうちで最も感受性の強い時期であった。
これからどうなるのだろう。
土地建物を手に入れたとしても、S組はまだまだ貪欲に獲物を我がものにしようとしてくるだろう。
この間、男がきた時、確かに、まだ五百万円残っているのだぞ、という冷たい声を聞いた。
利子が利子を生んで、男が一千万円になったと言うのも時間の問題だろう。
この先一体どうなるのだろう。
誠子は高校を卒業したら大阪か東京に出て就職しようと考えていた。
クラスメート達はほとんど進学希望だった。
誠子も入学した当初は地元にある短大へ進もうと考えていた。
だが家がこんな状況になった今、とても学費を払って勉強を続ける余裕などない。
そして何よりも誠子にとって気掛かりなのは、六歳年下の妹のことであった。
妹は今小学校五年であった。
誠子に比べればまだまだ幼い。
両親が頼りない今、私が少しでも仕送りをして助けてあげよう、そう誠子は考えていた。
法廷ドキュメント 闇の中の魑魅魍魎 第三回 文=法野巌 イラスト=兼田明子 身を挺して子供を守るべき両親は意外な行動をとった。 |
久しぶりの登場、法廷ドキュメント第九回をお届けいたします。
家庭の崩壊
誠子の父親がS組の主催する賭博で多額の借財を負い、それを埋め合わせるために、S組の組員が経営する金融会社から高利で金を借り、首が回らなくなってしまったのは、誠子が高校三年になった時のことである。
最初借り入れた三百万円の負債は半年もたつと利息を含めて九百万円にもなっていた。
勿論、法律に従って計算すれば半年の間に負債額が三倍にもふくらむということはあり得ない。
利息制限法に従って計算すれば、一年間借りていても四十五万国の利息にしかならない。
この差額の恐ろしさが高利金融の特徴であることは既に述べたとおりである。
九百万円にも負債がふくれ上がった頃から、一見してそれとわかる人相の悪い、陰険な目付きをした男が度々誠子の家を訪れるようになった。
男は、家の中に入っても、口数は多くなかった。
一言、二言、父親や母親に言葉をかけるだけで帰っていった。
金融業者がよくやるように、返済をしない相手の家に来て、一晩中悪態をつき、怒鳴りちらし、ペンキを塗りつけるというようなことは全くしなかった。
夕方ふらりとやってきて、ドスの効いた低い声で、一言、二言何ごとかを父や母に言い残す上すぐに帰っていった。
それが誠子にとってはかえって不気味であった。
男が家を訪ねて来て、顔を見合わせた時は、誠子は急いで二階に上がっていったが、その時に、自分を見つめる視線の中に蛇を思わせる冷酷な炎が燃えているのが見えたように思えた。
後日、誠子の予感は、正しかったことが判明するのであるが。
男が家にやって来てから一カ月くらい過ぎた頃、誠子は、夕食の後、両親が低い声で、何やら深刻な話をしているのを耳に入れた。
どうやら、誠子ら家族の住む建物と、土地が担保として男にとられたらしかった。
大人の世界のことは、まだ誠子には良く理解出来なかったが、幼い頃から住み慣れた家が金貸しのものになってしまったのかと思うと、さすがに誠子はショックを受けた。
日頃から夫の顔色をうかがい、おどおどとしている母は、このような非常時になってもあいかわらず虚ろな目を泳がせているだけだった。
父親はアルコールには目のない方であった他、土地家屋を金貸しにとられてからはますます酒量が増え、昼間から一升びんを空けるような状態となった。
親としての資格を全く欠いているとしか思えない両親を目の前にして、誠子の気持ちは揺れに揺れた。
誠子は十七歳であった。
人生のうちで最も感受性の強い時期であった。
これからどうなるのだろう。
土地建物を手に入れたとしても、S組はまだまだ貪欲に獲物を我がものにしようとしてくるだろう。
この間、男がきた時、確かに、まだ五百万円残っているのだぞ、という冷たい声を聞いた。
利子が利子を生んで、男が一千万円になったと言うのも時間の問題だろう。
この先一体どうなるのだろう。
誠子は高校を卒業したら大阪か東京に出て就職しようと考えていた。
クラスメート達はほとんど進学希望だった。
誠子も入学した当初は地元にある短大へ進もうと考えていた。
だが家がこんな状況になった今、とても学費を払って勉強を続ける余裕などない。
そして何よりも誠子にとって気掛かりなのは、六歳年下の妹のことであった。
妹は今小学校五年であった。
誠子に比べればまだまだ幼い。
両親が頼りない今、私が少しでも仕送りをして助けてあげよう、そう誠子は考えていた。
(続く)
07.11.03更新 |
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