法廷ドキュメント 闇の中の魑魅魍魎
久しぶりの登場、法廷ドキュメント第九回をお届けいたします。
人生の岐路
秋の日であった。
誠子は玄関の戸を開け、いつものとおり、
「ただいま」
と中に声をかけた。
普段なら、それでも、
「おかえり」
と母が返事をしてくれたのだが、その日は、何の反応もなかった。
おかしいな、留守かな、それにしては、玄関に鍵がかかっていないわ、と誠子が台所のガラス戸を開けた瞬間、誠子の目に飛び込んできたのは一人でビールを飲んでいる、いつもの男であった。
誠子は男の頗をはた途端、それこそ蛇に睨まれた蛙のような状態になってしまった。
最初に男を見た時から、誠子はその目付き、顔付き、全体に漂う雰囲気が恐ろしかった。
人間的感情の起伏が全く感じられない、冷酷な感じのする男であった。
この男なら平気で人を刺し、血が飛び散るのを眺めていられるだろうと誠子は思ったことがあった。
一番顔を合わすのを避けたい人物、まさにその男が今、誠子の目の前にいるのだ。
背筋に冷たい電流のようなものが走り、足が動かなくなった。
男の視線は誠子の顔を射るように見つめその視線に縛られたように誠子は男の目から自分の目を外すことが出来なくなっていた。
「おい、何をそんなところで立ったままいるのだ。こっちへ来て、ビールをついでくれ」
男の低い声が誠子の耳朶を打った。
それまでにも男の声を聞いたことはあったが、それはすべて、父親か、母視に向けられた声であった。
しかし、今、誠子が聞いている男の声は、直接自分に向けられていた。
男が自分の存在を認めて、その上で声をかけているのだった。
どのように認めているのだろう。
男にビールをつぐように命令されても、誠子には今まで、そのような経験はなかった。
父親が酒を飲んでいる時は、誠子は意識的に、側にいるのを避けていた。
酒飲みの父は大嫌いだった。
酒を飲んでいる時の父は、誠子にとっては父ではなかった。
大声で母をののしり、わめき、手許にある茶椀をあたりかまわず投げつけて暴れるのだった。
そういう状態になる男が父親であることが悲しかった。
とまどっている誠子をみて男は椅子から腰を上げ、近づいてきた。
「おい、こっちへ来な」
男は誠子の腕をとった。
誠子は思わず体を固くした。
男性に体を触られるのは初めての経験だった。
しかも相手は、恐ろしい暴力団員であった。
男は誠子の腕をとると、台所を出て、向かい側の戸を開けた。
そこは六畳の広さの畳の間だった。
男が勢いをつけて、誠子の体を押した。
誠子は畳の上に倒れた。
倒れた瞬間、フレアスカートの下から、誠子の豊かな太股がその肌を見せた。
男の視線を肌に感じて、あわてて、スカートの布を足首の方向に引き下げた。
しばらくの沈黙の時が流れた。
男はどうしようというのだろう。
誠子は本能的に何か危険な臭いをかぎつけていた。
それにしても、母親はどこに行ってしまったのだろう。
父親だって普段の日には家にいる時間なのに。
日頃は軽蔑の念すら覚える両親であるが、蛇のような目をした男を目の前にしてさすがに救いを求めたかった。
大きな声で助けを求めたかった。
だが声を出すと男が逆上して何を仕出かすかわからないという不安感もあった。
結局、誠子は畳の上に倒れたまま息をひそめていた。
肩に男の指がかかったのを誠子は感じた。
それから後は、悪夢の時間だった。
肩に手をかけてから約三十分後、男は誠子の家を去った。
こうして十七歳にして処女を喪失した。
男の名は大利根二郎といった。
大利根が誠子に対し、弄虐の限りをつくし、その帰り際に言った。
「お前の両親もたいしたたまだな」
という言葉を誠子はぼんやりとした頭で聞いていた。
その意味は一カ月もたたないうちにわかった。
両親は、その娘を男に提供したのだった。
誠子は、利息の支払いのかわりの人身御供だったのだ。
何という両親だろう。
法廷ドキュメント 闇の中の魑魅魍魎 第四回 文=法野巌 イラスト=兼田明子 身を挺して子供を守るべき両親は意外な行動をとった。 |
久しぶりの登場、法廷ドキュメント第九回をお届けいたします。
人生の岐路
秋の日であった。
誠子は玄関の戸を開け、いつものとおり、
「ただいま」
と中に声をかけた。
普段なら、それでも、
「おかえり」
と母が返事をしてくれたのだが、その日は、何の反応もなかった。
おかしいな、留守かな、それにしては、玄関に鍵がかかっていないわ、と誠子が台所のガラス戸を開けた瞬間、誠子の目に飛び込んできたのは一人でビールを飲んでいる、いつもの男であった。
誠子は男の頗をはた途端、それこそ蛇に睨まれた蛙のような状態になってしまった。
最初に男を見た時から、誠子はその目付き、顔付き、全体に漂う雰囲気が恐ろしかった。
人間的感情の起伏が全く感じられない、冷酷な感じのする男であった。
この男なら平気で人を刺し、血が飛び散るのを眺めていられるだろうと誠子は思ったことがあった。
一番顔を合わすのを避けたい人物、まさにその男が今、誠子の目の前にいるのだ。
背筋に冷たい電流のようなものが走り、足が動かなくなった。
男の視線は誠子の顔を射るように見つめその視線に縛られたように誠子は男の目から自分の目を外すことが出来なくなっていた。
「おい、何をそんなところで立ったままいるのだ。こっちへ来て、ビールをついでくれ」
男の低い声が誠子の耳朶を打った。
それまでにも男の声を聞いたことはあったが、それはすべて、父親か、母視に向けられた声であった。
しかし、今、誠子が聞いている男の声は、直接自分に向けられていた。
男が自分の存在を認めて、その上で声をかけているのだった。
どのように認めているのだろう。
男にビールをつぐように命令されても、誠子には今まで、そのような経験はなかった。
父親が酒を飲んでいる時は、誠子は意識的に、側にいるのを避けていた。
酒飲みの父は大嫌いだった。
酒を飲んでいる時の父は、誠子にとっては父ではなかった。
大声で母をののしり、わめき、手許にある茶椀をあたりかまわず投げつけて暴れるのだった。
そういう状態になる男が父親であることが悲しかった。
とまどっている誠子をみて男は椅子から腰を上げ、近づいてきた。
「おい、こっちへ来な」
男は誠子の腕をとった。
誠子は思わず体を固くした。
男性に体を触られるのは初めての経験だった。
しかも相手は、恐ろしい暴力団員であった。
男は誠子の腕をとると、台所を出て、向かい側の戸を開けた。
そこは六畳の広さの畳の間だった。
男が勢いをつけて、誠子の体を押した。
誠子は畳の上に倒れた。
倒れた瞬間、フレアスカートの下から、誠子の豊かな太股がその肌を見せた。
男の視線を肌に感じて、あわてて、スカートの布を足首の方向に引き下げた。
しばらくの沈黙の時が流れた。
男はどうしようというのだろう。
誠子は本能的に何か危険な臭いをかぎつけていた。
それにしても、母親はどこに行ってしまったのだろう。
父親だって普段の日には家にいる時間なのに。
日頃は軽蔑の念すら覚える両親であるが、蛇のような目をした男を目の前にしてさすがに救いを求めたかった。
大きな声で助けを求めたかった。
だが声を出すと男が逆上して何を仕出かすかわからないという不安感もあった。
結局、誠子は畳の上に倒れたまま息をひそめていた。
肩に男の指がかかったのを誠子は感じた。
それから後は、悪夢の時間だった。
肩に手をかけてから約三十分後、男は誠子の家を去った。
こうして十七歳にして処女を喪失した。
男の名は大利根二郎といった。
大利根が誠子に対し、弄虐の限りをつくし、その帰り際に言った。
「お前の両親もたいしたたまだな」
という言葉を誠子はぼんやりとした頭で聞いていた。
その意味は一カ月もたたないうちにわかった。
両親は、その娘を男に提供したのだった。
誠子は、利息の支払いのかわりの人身御供だったのだ。
何という両親だろう。
(続く)
07.11.04更新 |
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