法廷ドキュメント 闇の中の魑魅魍魎
久しぶりの登場、法廷ドキュメント第九回をお届けいたします。
両親の選択
誠子が初めて男に体を弄ばされた日、誠子は二階の自分の部屋で一晩中泣き通しだった。
何故私がこんな目に会わなければならないのだろう。
最も嫌いな男に体を蹂躙されたのだ。
その日、親が帰宅したのは、男が帰って一時間もした頃であった。
今まで、夫婦そろって外出する習慣などなかった二人が、妹をつれて、夜の八時頃帰ってきたのだった。
だが、この日は、誠子は、両親の外出の意味を深く考えはしなかった。
男の来訪と、両親の外出との間には何の関連もないだろう。
両親がいなかったところへ偶然男が来たのに過ぎない。
そう誠子は考えた。
その夜、二階の自室の中で、誠子は何故、男の攻撃に対しすべてをかけて抵抗しなかったのかと自問した。
答えは自分でも明確にはわからなかった。
あの冷たい目のせいかも知れなかった。
あの目に射すくめられると、通常有している常識とか、行動とかが吹き飛んでしまうような気になる。
意思というものを根こそぎ奪われてしまう。
意思も気力も奪われて、どうして抵抗できるだろうか。
誠子はその時は、まだ両親が、自分を男に利息がわりに提供したことは知らなかった。
たとえ、男に言われても、信用できなかったであろう。
どんな親でも子供を外敵から防禦しようとする本能がある。
理屈や計算で子供を保護するものではない。
それ故、その気持ちはいかなる状況においても根強く、一貫性のあるものである。
子供の方でも、親が自分を守ってくれるという信頼があるからこそ甘えられるのである。
この信頼関係が親子をつなぐ絆といえるであろう。
誠子も、世間並みの両親ではないにしても、男に犯された最初の出来事だけで親を疑うことはさすがにできなかった。
疑惑の芽すら生じなかった。
そこまで両親を信頼していないわけではなかった。
そうではあっても、誠子は両親に、男から暴力を加えられたことは黙っていた。
黙ってはいたが、このままの状態でいれば大変なことになると思い、翌朝、母親に、久しぶりに口をきいた。
「ねえ、借金の方どうなっているの。どこかにみんなで逃げようよ。私いやよ、こんな家に住んでいるの」
母親は、必死で訴えかける誠子の視線を何故かそらし、小さな弱々しい声で言った。
「もう少し待ってね。そのうち、お父さんが何とかするから」
「お父さんなんてだめよ。酒を飲んでばかりいるだけよ。私家出しちゃうわよ。いやよこんよところ」
「お前、そんなこと言ったって……」
誠子は母親と話をしているうちに、急に情けなくなり、悲しくなり、昨夜より、もっと大粒の涙を次から次へとこぼし始めた。
一体、父や母は、私の気持ちがわかっているのだろうか。
私があんなやくざに辱めを受けたのは、もとはといえばみんな父の借金のせいではないか。
それなのに父は昼間から酒を飲み、母は、もう少し待ってねということしか言えないなんて。
誠子が男から二度めの凌辱を受けたのは、最初の時から二週間後のことであった。
法廷ドキュメント 闇の中の魑魅魍魎 第五回 文=法野巌 イラスト=兼田明子 身を挺して子供を守るべき両親は意外な行動をとった。 |
久しぶりの登場、法廷ドキュメント第九回をお届けいたします。
両親の選択
誠子が初めて男に体を弄ばされた日、誠子は二階の自分の部屋で一晩中泣き通しだった。
何故私がこんな目に会わなければならないのだろう。
最も嫌いな男に体を蹂躙されたのだ。
その日、親が帰宅したのは、男が帰って一時間もした頃であった。
今まで、夫婦そろって外出する習慣などなかった二人が、妹をつれて、夜の八時頃帰ってきたのだった。
だが、この日は、誠子は、両親の外出の意味を深く考えはしなかった。
男の来訪と、両親の外出との間には何の関連もないだろう。
両親がいなかったところへ偶然男が来たのに過ぎない。
そう誠子は考えた。
その夜、二階の自室の中で、誠子は何故、男の攻撃に対しすべてをかけて抵抗しなかったのかと自問した。
答えは自分でも明確にはわからなかった。
あの冷たい目のせいかも知れなかった。
あの目に射すくめられると、通常有している常識とか、行動とかが吹き飛んでしまうような気になる。
意思というものを根こそぎ奪われてしまう。
意思も気力も奪われて、どうして抵抗できるだろうか。
誠子はその時は、まだ両親が、自分を男に利息がわりに提供したことは知らなかった。
たとえ、男に言われても、信用できなかったであろう。
どんな親でも子供を外敵から防禦しようとする本能がある。
理屈や計算で子供を保護するものではない。
それ故、その気持ちはいかなる状況においても根強く、一貫性のあるものである。
子供の方でも、親が自分を守ってくれるという信頼があるからこそ甘えられるのである。
この信頼関係が親子をつなぐ絆といえるであろう。
誠子も、世間並みの両親ではないにしても、男に犯された最初の出来事だけで親を疑うことはさすがにできなかった。
疑惑の芽すら生じなかった。
そこまで両親を信頼していないわけではなかった。
そうではあっても、誠子は両親に、男から暴力を加えられたことは黙っていた。
黙ってはいたが、このままの状態でいれば大変なことになると思い、翌朝、母親に、久しぶりに口をきいた。
「ねえ、借金の方どうなっているの。どこかにみんなで逃げようよ。私いやよ、こんな家に住んでいるの」
母親は、必死で訴えかける誠子の視線を何故かそらし、小さな弱々しい声で言った。
「もう少し待ってね。そのうち、お父さんが何とかするから」
「お父さんなんてだめよ。酒を飲んでばかりいるだけよ。私家出しちゃうわよ。いやよこんよところ」
「お前、そんなこと言ったって……」
誠子は母親と話をしているうちに、急に情けなくなり、悲しくなり、昨夜より、もっと大粒の涙を次から次へとこぼし始めた。
一体、父や母は、私の気持ちがわかっているのだろうか。
私があんなやくざに辱めを受けたのは、もとはといえばみんな父の借金のせいではないか。
それなのに父は昼間から酒を飲み、母は、もう少し待ってねということしか言えないなんて。
誠子が男から二度めの凌辱を受けたのは、最初の時から二週間後のことであった。
(続く)
07.11.05更新 |
WEBスナイパー
>
スナイパーアーカイヴス