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神男優・吉村卓オンリー8時間DVDが発売!
『スーパー吉村卓Bomb!8時間』発売記念!
〜吉村卓インタビュー前編:怪優・吉村卓誕生前夜


世の中に存在するAV男優について、皆さんは加藤鷹さん以外の方をご存知でしょうか。今回紹介する吉村卓さん、その顔から見たことがあるという方 も多いはず。AV男優が取り上げられる作品は、加藤鷹さん以外では本当に珍しいのですが、そんな吉村さんの出演シーンだけを集めた『スーパー吉村卓Bomb!8時間』の発売を記念しまして、吉村さんのロングインタビューを前後編に分けてお届けいたします!
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男優・吉村卓。そう聞いて名前でピンと来ない人もいるかもしれない。しかし! このパッケージ写真を見てほしい。AVをある程度観る人なら「あ、あーっ! 見たことある!」と、この顔にピンと来るのではないだろうか。

↑『スーパー吉村卓Bomb!8時間』パッケージ全面。クリックで拡大されます。

吉村卓さんは、男優歴17年の押しも押されぬベテラン男優。演技も寝技も信頼度が高く、17年間変わらず撮影現場で愛されてきた。

だが、再度このパッケージをよーく見てほしい。『ドン引き上等! キモい禁じ手オンパレードで女優も悲鳴!!』……。まぁ、裏ジャケに『神男優』ってフォローしてありますけど、吉村さんの扱いは「キモ男優」「怪優」。AV出演の際も、変態オヤジ系の役を求められ、役が乗り移ったかのように目を剥きながらゲヘヘへ〜ッと笑顔を見せて見事に演じ切ることが多い。

そこが、いいのである。筆者のパソコンの画面では毎晩毎晩、自意識の底なし沼にハマりこんだ若者たちがTwitterでいい感じの自分を演出することに血道をあげ、 泥仕合を繰り広げている様子が見受けられる。そんな中、ここまで「カッコよく見られたい」「いい奴と思われたい」「キモいとか思われたくない」、そんなエエかっこしいの誘惑を捨て去って求められるキモ芸を喜々として、しかも最高のクオリティでやれる人が他にいるだろうか。そう考えた途端、この白いブリーフがまぶしく見えてはこないだろうか。

吉村さんに向けられる「キモい」は、賞賛の言葉である。前人未到のチャーミングな「キモさ」をここまでしっかり見せられる人は吉村さんだけだ。

そんな吉村さんの、AVではなかなか知ることのできない素顔を、このインタビューでは紹介したいと思う。ちなみに普段の吉村さんは清潔感があって爽やかで、まったくキモくないことをここに断っておく。

↑インタビュー当日の吉村さん。とても素敵な爽やかさ!

――近年、AVの流れは男優さんの存在感を消す方向に向かっていて、男優さんの顔を写さないようにしたり、声を入れないようにしている作品が多い中、男優さんを前面に出してしかも8時間とは、吉村さんを前にして失礼ですが、ずいぶんまた思い切ったことをされましたねぇ。

h.m.p広報さん「この写真、撮り下ろしですからね!」

吉村卓「いや、何かの撮影の時についでにパパッと撮っただけじゃないですか。どこまでエコなんだと言いたいですよ」

――今日はそんな吉村さんの、AVだけではわからない私生活をうかがいたいと思ってるんですが、まず吉村さんの生い立ちから聞かせて下さい。。子供時代はどんな子供だったんですか?

吉村卓「ハッキリ覚えてるのは小学校高学年ぐらいからなんですけど、普通だったと思いますよ。多少目立ちたがり屋だったかな。落ち着きがなくて、先生に注意されたりする子供でした」

――小学校で性の目覚めってありました?

吉村卓「まったくないですね。健全すぎるぐらい健全でしたよ。たまーに山の中に落ちてるエロ本を木の棒でめくるぐらい。僕、登校班の班長だったんで、班長が持つ班旗の棒でこう、ちょちょっとめくったぐらいです。だって僕、初めてオナニーしたのが中2ですから」

――それは……わりと遅いほうですよね。中学になってから目覚めたんですか?

吉村卓「いや、全然目覚めてないんです。自然に覚えたわけじゃなくて、オナニー自体知らなかった。そしたらある時、母親に『あんた、そろそろ白いションベン出るんじゃないの?』っていきなり言われて」

――すごいダイレクトな性教育ですね!

吉村卓「俺は何のことかわかんないからポカーンとしてたら『わかんなきゃいいのよ!』『あんた、朝パンツ汚したら、ちゃんと洗濯出しなさいよ〜』って言われて『どういうことだよ!?』ってさらに混乱して。
それが気になって友達に聞いたら『お前、オナニーしないの? チンコしごいてれば白いの出てくるんだよ』って言われて、『エエーッ!?』ですよ。帰ってやってみたけど、エロ本見るでもなくただしごいてるだけだから、右手が疲れるだけなんですよ。それでも一生懸命やってたらビャッと出て『これか!』ってわかりました」

――形から入ったんですね。学校の女のコにドキドキしたりはしなかったんですか?

吉村卓「胸の大きい女のコが体育の時にユッサユッサ揺らしてるのを見て『あいつ、デカパイだよ』とか男同士で言ったりしてる程度でしたね。女子のスカート、ペラッとめくってみたり。だいたいブルマとか短パンとか履いてるんですけど、見たいっていうよりイタズラみたいな感じだったかな。
あと、イタズラの延長で大きいコの胸にさわっちゃったこともありますね。『うわー、デカイ!』と思って思わず触っちゃったんですけど、たまたまその時三本指でグググッと揉んじゃって。そしたらそのコが『アーン』って言っちゃって『ヤバい!』ってやめちゃった。こっちは男とか女とか関係なくプロレスごっこでじゃれるような感覚でやってるんだけど『アーン』って言われて『やっぱり女なんだ!』って思っちゃって」

――無邪気ですけど、揉んでますねぇ。高校になるとちょっと変わりました?

吉村卓「いやー、高校の時も彼女とかできなかったですね。サッカー部入ってて、それが忙しかったり。こう見えても僕、生徒会長だったんですよ。中学、高校どっちも生徒会長。中高ともに卒業式では2年の時は送辞を読んで、3年の時は答辞を読んでましたね。卒業式では常に代表でした」

――常に生徒代表じゃないですか。

吉村卓「そうなんですよ。成績が特別優秀だったわけでもなかったけど、人前へ出るのに照れや恥ずかしさがなかったんです。緊張することがなくて」

――高校卒業後は、大学に進学されたんですか?

吉村卓「しました。大学では映画研究会に入りましたね。色々サークルがあったけど、たまたま行ったところがこう、自主映画とかに詳しい髪の長い男たちが部室にたまってるようなところでねぇ……。ほかにもいっぱい男と女がキャッキャやってるような映画サークルはあったのに、僕が入ったところは厳しくて、そういう雰囲気じゃなかったですね。男が9割で、女性は数人みたいな。
もちろん映画を作ったりするから、先輩の手伝いに動員されて、照明当てたり、編集の手伝いもしてました」

――出演は?

吉村卓「そりゃもちろん、みんな撮りたい側だけど出てくれる役者なんていないから、当然出させられたりしましたよ。でも、僕、演技するのは実はそれが初めてじゃなかったんですよね」

――えっ、何かされてたんですか?

吉村卓「19歳の頃に役者の養成所に入ってたんです。吉田栄作が出たという養成所で、その影響か、ドラマの仕事をもらえることもあるようなところで」

――演技には興味があったんですね。

吉村卓「ありました。うちは父親が映画好きで、親戚にも東宝のカメラマンをやってた人がいたり、じいちゃんが『ゴジラ』とか『七人の侍』の大道具関係の仕事をやってたこともあって、小さい頃に撮影所に遊びに行ったりもしてて、そういうものが身近だったんです。でもまぁ『絶対役者になるぞ!』という感じではなかった。僕、特にやりたいことがなかったんですよね。それで演じることや、映像関係のことならできるかなぁ、と思って、ちょっとかじってみようかな、っていう感覚でした。
実際、演技っていうのをやってみると、けっこうやりやすかったんですよ。人前に立つのが恥ずかしくないから『なかなかできるな』と思われて、仕事を回してもらったりもしてて」

――それは、テレビか何かのお仕事ですか?

吉村卓「当時流行ってたトレンディドラマの『君の瞳をタイホする!で初めてセリフのある役をもらったんです。養成所の人も『君はウチの期待の新人なんだから、頑張れよ』みたいな感じだったんですけど、その集合が『北品川駅』だったんですよ。僕、よく知らなくて普通に『品川駅』に行っちゃって、誰もいないからしばらく待って帰ってきちゃったんです。そしたら実家に電話があって『何やってんだ! 今すぐ事務所に来い!』って言われて、行ったら『お前のせいで現場は2時間も待ってたんだぞ、お前一人のために!』って、説教部屋みたいなところに正座させられて怒られて『お前だけの問題じゃないんだぞ、事務所の信用にもかかわるんだぞ』って……。当時はそういうことがよくわかってなかったから、それでイヤになって辞めちゃったんですよね」

――品川がいくつかあったがゆえの悲劇ですね。その時無事に行けていれば、全然違う道になっていたかもしれないですね。

吉村卓「いや〜、そんなことないですよ。どっちにしても間違えた僕が悪いですし」


――そういえば全然性の目覚めがないんですけど、大学時代に男女交際とかは……。

吉村卓「まったくないですね。でも性の目覚めはありましたよ。部屋が離れになってる友達がいて、そいつのお兄さんがAVを集めてたんです。小林ひとみの裏ビデオとか『くりいむレモン』とか、新しいのが入る度に観に行ってました。当時は一万五千円とかだったんで自分では買えないけど、目覚めるのが遅かったから興味津々で、レンタルではかなり借りてました。東清美とか、斉藤唯とか、星野ひかるとか葉山レイコとか。まだ若造だったんで、宇宙企画のカワイイ系のコも観てました。
東清美はケツがイイんですよ。お尻が好きになったのは東清美がきっかけかもしれない。あとは手塚まゆみとか小鳩美愛とか……色っぽかったですねぇ。手塚まゆみさんは僕、けっこう観てて、一回借りたのをまた借りたりしてましたね。VHSだったんで、また借りてみたら僕が抜いたところで止まってたことがあります。で、また同じとこでヌイちゃったりして」

――(笑)なんかイイ話ですねぇ。

吉村卓「あれは恥ずかしかったですね〜。男優になってから、ある現場で手塚まゆみさんに似てるスタッフがいたんですよ。『あの人ってもしかして……』って聞いたら『ああ、手塚まゆみだよ』って。『うわー!』って舞い上がって握手してもらって『何回も抜いたんですよ!』って興奮しながら言ったら、『あ、そう? ゴメンね〜。私、疑似(挿入してるように見せかけて実は入れてない)だったのよ〜』って」

――奇跡の再会が見事に崩れ落ちていきますね。

吉村卓「ビデオでは、どこかはかない雰囲気があって、嫌々やってる感じが良かったんですよね。『こんなカワイイ娘が、何か脅されたりとかしてムリヤリやらされてんのかな』って思ってたんですよ。そしたら『疑似だったのよ〜』ですからね。あの嫌々やってる感じも全部演技だったらしくて、もう完全に騙されてましたね。本人は『ゴメンね〜』なんてケラケラ笑ってましたけど、『抜いた精子返せ!』って思いましたよ!」

――AVはかなり観てらしたんですね。初体験はまだでした?

吉村卓「初体験は大学卒業した後の22歳の時です。それまではずっと童貞ですよ。風俗に行く度胸も金もなくて。ファーストフード店でバイトしてたんで女のコと知り合う機会もあったけど、キスとか、おっぱい触り止まりでしたね」

――そこから先に進めなかった理由は?

吉村卓「度胸がなかったのもあるんですけど、『せっかく童貞捨てるんだったら、この女よりもうちょっとイイ女がいるんじゃないか』『この女じゃちょっとなぁ……』みたいな気持ちがあって、グダグダ悩んでたんです」

――(笑)ヒドい! 相手を選んでたわけですね。

吉村卓「あと、僕、真性包茎だったんで、それがコンプレックスで。その二つがあって、大学時代は女のコと最後までいけなかった」

――大学卒業後はどうされたんですか?

吉村卓「今TOHJIROさんがやっているドグマの前身の、オムプロダクションという制作会社(※現在もメーカー名は「ドグマ」だが、社名はオムプロダクションになっている)に入ったんです。大学時代、映画研究会で上映会をしてたんですけど、そういう映画青年にオムプロダクションは自社ビルのスペースを会場として安く貸してくれてた。そういうつながりがあって、先輩がTOHJIRO監督のAVの撮影現場に手伝いで呼ばれたり、僕らも先輩に『野球やるシーンがあって人数足りないから来い!』とAV現場に呼ばれたりしてて。僕、最初は『いや〜、AV観るのはいいけど、出るのはちょっと』って断ってたんですよ。でも手伝いに行ったら、TOHJIRO監督に『就職決まってるのか? まだなら、キミ働き者だしウチにおいでよ』と言われて。大学卒業した後の五月からオムプロで、社員ではないけど常勤の、常にいるアルバイトみたいな形で働き始めました」

――TOHJIRO監督はもともと映画監督で、そこからAVも撮られるようになった方ですもんね。吉村さん、アルバイト時代はお給料が10万円で、8万円風俗に使って、残りの2万円で生活されてたと他のインタビューでおっしゃってましたが、その頃には風俗に行けるようになってたんですか?

吉村卓「オムプロに入ってから、みんなで『ソープに行くぞ!』って話になって『いや、僕実は経験ないんです』『えぇ? じゃあ行こうぜ』って……吉原の『竹の子』っていうお店に行ってですね、4万円だったかな。女のコは田舎から出てきたばっかりみたいな、同じ年ぐらいのコで。あれだけ悩んだのに、結局童貞喪失したのはソープなんですよ。ただ、ただ(急に声が大きくなる)その初体験でですね、すごいことがありまして。そのコとシックスナインやってる時に、何がなんだかわかんないながらも『生マンコだ!』って感激してナメてたら、そのコが感じだして『あぁ〜ん』って言いながら俺のチンチンをしごきだしたんです。最初は気持ち良かったけど、だんだんそれが激しくなってきて『イテーッ!』って叫んだんですよ。そしたらその時にズルッとムケたんです。真性だから自分でムクのは痛いんですよね。それがそのコが感じて激しくやってくれたおかげでムケて。童貞喪失よりもそっちの方が嬉しかったですね」

――それって、一回ムケればもう大丈夫なものなんですか?

吉村卓「大丈夫なんです。それでコンプレックスがなくなって自信がついちゃって『ヘルスでも何でも堂々と行ってやる〜』って、バーンとハマっちゃったんですよね。それで月に8万」

――今までの好奇心や欲望が爆発したんですかね〜。

吉村卓「そうそう。好奇心や欲望で8万ですよ。で、いろいろ行った結果、今度は早漏だということがわかって『これは練習しないと!』ってさらに通って」

――向上心はすごく旺盛ですよね。

吉村卓「そうなんですよ。オムにいた頃は助監督をしてたんですけど、フェラチオシーンでちょっと駆り出される時があって、当時はゴムフェラなのにそれでも10数秒でピャッとイッちゃって。TOHJIRO監督に『バカヤロウお前! 何やってんだよ! いまの何秒?』って笑われたり。またそのゴムフェラしてくれた女のコがかわいくなくてねぇ、かわいくないのにそんなに早く出ちゃったのがショックで」

――(笑)質にこだわりますねぇ。

吉村卓「当時は女性の顔が僕のチンコの近くにあるっていうだけですごい興奮してたんですよ。ちょっと触ったらすぐ出ちゃうぐらい経験が浅かったんで」

――女の好みにうるさい割に、カラダはピュアだったんですね。

吉村卓「そう。そのコに『うわ〜、出てるぅ〜(笑)』とか言われて、心の中は複雑でしたよ。だから風俗通って、残りの2万でタバコと昼飯、吉野屋の牛丼食ってね。住むところは一応実家があったけど、忙しくて帰れなくて会社に住んでるような状態でした」

――制作自体は楽しかったですか?

吉村卓「そうですね。セットを作ったり編集したり、そういう作業も好きでしたし、変な人や面白い人がいっぱいいてそれが楽しかったですね。当時のAV業界には社会に適合できないような変わった人たちが多かったんで、現場は面白かったです」


――当時吉村さんは、自分が男優になると考えたことは?

吉村卓「全然考えたことなかったです。役者っていうことには興味があったし、エロも嫌いじゃなかったんで、必要なシーンがあればちょっと出たりはしたけど、男優はちょっとな……と思ってました」

――そこから男優になるきっかけはあったんですか?

吉村卓「ありました。当時V&Rプランニングで『あぶない放課後』というシリーズがあって、ずっと平本一穂さんが主役で出てたんですけど、ある時、出演する女優さんが平本さんとあまり相性が合わないってことで代役を探してたんですね。そしたらTOHJIRO監督が『今までとちょっと違った形で作品を作りたいから、お前が出ろ。ありのままのお前を撮るから、ありのままのお前で演じろ』と言ってきて」

――「ありのままのお前を見せてみろ!」って、『拘束椅子トランス』(TOHJIRO監督のドグマでの代表作の一つ)でも言ってますよね。全然変わってないんだ……。

吉村卓「そうそう。で『チンコ出せるか?』『やです』って、二〜三カ月『出せ』『やです』を繰り返して、『そんな自信ないです』『いや、普通の男優みたいなことは期待してないから』『でも裸になるだけでも恥ずかしいです』『じゃあスタッフは少人数にして、お前の知ってる人だけで固めてやるから』って説得されて。『お前はただ寝てればいいから、それぐらい受け身で女優さんに任せていいから』って」

――女優さんのデビュー作みたいじゃないですか!(笑)

吉村卓「そんな感じですよ、ホント。それで初めて男優としてちゃんと出演して……。カラミ(セックスのこと)はまったく覚えてないですね。頭真っ白でした。フェラチオされて『あ、ちょっと上手いかも』って思った記憶はかすかにあるんですけど」

――人前で演技するのが恥ずかしくない、舞台度胸のある吉村さんでもAVの撮影ではそんなに緊張したんですね。

吉村卓「そうなんですよ。演技のシーンは普通にできるけど、カラミになると経験値はないし。二段階あるんですよ。まず『人前で裸になる』っていうハードルがあって、それに加えて『人前でイク』っていうハードルがある。裸になるのは何回かなってれば慣れてくる部分もあるけど、人前で精子を出すっていうのはねぇ……すごい抵抗あるんですよ。それまでは自分だけの世界で一人で出すものだったわけですから、人前で精子を出すのって自分の内臓まで見せてるみたいな感じがあって、抵抗ありましたねぇ。疑似で『あぁイク〜ッ!』って演技して、偽物の精子を出すのはいいんですよ。まだ芝居の延長だから」

――それは、言われてみれば本当にそうですよね。「一人で出すのが普通」っていうところから、初体験で人前で出すのだってすごい勇気が要るのに、いきなりスタッフがズラッといるわけですもんね。

吉村卓「初めてのカラミの時は結局精子は出せなくて、偽物を使ったんです。本当に精子を出したのはもっと後ですね。一回目の撮影の後で、ちょこちょこ出演するようになって」

――その頃は、出演に対する抵抗はだいぶ薄れてきたんですか?

吉村卓「まぁ、一回出ちゃえばねぇ。AVって女優がメインだし、男の裸なんてそんな注目されてないし、って気づいて慣れてきたし、やっぱり周りの人たちが面白くて、この世界にハマりつつあったんですよね」

――「男優をやりたい!」というよりは「この面白い世界をもっと見てみたい」という感覚に近かったんですかね。

吉村卓「そうそう、そんな感じです。特に男優は平本一穂さん、山本竜二さん、島袋浩さん……幸運なことに超一流の男優さんばっかり見てたんで、面白くてたまらなかった。加藤鷹さんにももちろん会いましたし。僕は撮影現場では女優さんよりも男優さんの面白さばっかり見てたんですよ。男優としてのすべてのノウハウと引き出しはその当時に培ったものだと言ってもいいかもしれません。撮影現場で直に見て、編集する時にまた見ますから、カラミのやり方からローションの使い方、トークの入れ方まで全部それで覚えました」

――じゃあ、制作もしながら男優もするという状態がしばらくは続いていたんでしょうか。

吉村卓「そうですね。オムプロには3年務めて、25歳の時にフリーになりました。やってるうちに自分の制作会社だけじゃなくて他の撮影現場も見てみたくなった。一つの制作会社だけ見てるとどうしても偏っちゃうんですよね。フリーになってからも、最初は制作兼男優で、どちらの仕事も受けてました。そのうち男優としても『ある程度できるかな?』っていう自信が少しついてきて。その頃に加藤鷹さんが『お前、フリーになるなら俺のカバン持ちやれよ』と言ってくれて、鷹さんの家に下宿して住み込みで働くことになったんです。まぁ……イヤだったんですけど」

――(笑)イヤだったんですね。

吉村卓「実家から通えるんで、鷹さんの家に下宿する必要がないんですよ。でも逆らえないし『わかりました』と。半年ぐらい下宿してましたね、加藤家に」

――その家、濃いですね。鷹さんと卓さんが一つ屋根の下に……。

吉村卓「僕、男優としては超エリートコースなんです。TOHJIRO監督のところに最初いて、次は鷹さんのところですから、出世コースどころかキャリア官僚並みのエリートコースなんですよ」

――でも、吉村さんとしては別にそんなの望んでなかったと。

吉村卓「いや〜、望んではなかったですね(笑)。ツラかったです。鷹さん、しゃべるのが好きな人なんで、話を聞いてると寝られないんですよ。夜中の2時、3時ぐらいに絶好調になってくるんで、寝られない」

――鷹さん、そんなに何を話していたんですか?

吉村卓「テレビが好きだから、テレビ観ながら『俺だったらこう言う』とかコメントしたり、昔の自分が出た代々木(忠)組のビデオを『これ、最初の10分だけ観とけ』って渡しながら『この時はこうだった』って思い出話が始まったり。こっちは眠いから『ハイ、ハイ』って生返事で聞いてると『お前、明日何時なんだ?』『7時ですけど』『早く寝ろよ!』って怒られて」

――理不尽ですねぇ(笑)。

吉村卓「しゃべってるから寝れないのにねぇ。こっちはとにかく眠いから、半分寝ながら『ハイ』『そうッスね〜』って適当に相槌打つのは上手くなりました」

――相槌以外に鷹さんから学んだこともあったんですよね?

吉村卓「あります。やっぱり、プロとしての意識は鷹さんに学んだ部分が大きいです。何かの話の流れで僕が『鷹さん、やっぱスターですね』と言ったら、鷹さんがムッとして『お前、違うだろ! 「スーパースター」だろ!』って言ったんですよ。『スターじゃなくて「スーパースター」だろ! お前もそういう意識を持ってろよ!』って言われて。二人きりなんですよ、別にカメラ回ってない。そこでそういうことを言うってことは『この人、本当にそう思ってるんだ。それぐらいプロ意識があるんだ』って感じました。男優がメディアに出るのは鷹さんが先駆けだし、今でも鷹さんはやっぱりメジャーですよね。スーパースターですよ。
よく雑誌の取材で面白半分に『鷹さんに技とか教えられたんですか?』って聞かれることがあるけど、ホントに『風呂の水を指でかき出せ』って言われたことがあります。風呂入って、水面の水を指でピャッピャッて(手のひらを上に向け、指二本で水を下から上に跳ね上げる仕草)やると、うまい具合にピャッ! と飛ぶ瞬間があるんです。『潮吹きってこんな感じなんだ』と思いましたね〜。水面の水がうまく飛ぶ時の指の使い方と、潮吹きのやり方って一緒なんですよ」

――そういう師弟関係がちゃんとあったんですね。

吉村卓「それだけならいいけど『それで風呂の水がなくなるまで全部かき出せ!』って言われたりねぇ。あと、ホントに見たのは鷹さんが指で鉄アレイを上げてる姿ですね。『俺ぐらいになると、このくらいできるんだよ』って、ホントに上げてました。指は鍛えてましたね」

――ゴールドフィンガーの陰の努力ですね……。吉村さんは、当時はどんな役柄で出演されることが多かったんですか?

吉村卓「若かったんで、彼氏役とか学生役が多かったです。鷹さんの車を運転して一緒に現場に行っては、鷹さんにそこで監督を紹介してもらう形で仕事が増えていきました」

――鷹さん、優しいですね。

吉村卓「(声をひそめて)でも、今思えば、地方のロケとか自分がやりたくない仕事を僕に振ってたんですよね(笑)。多分、イヤな仕事を僕に紹介してたんだと思います。でも僕は地方に行くのも苦じゃなかったし、いろんな現場を見れて楽しかったです」

――フリーの男優になって、初めて経験することもいろいろありましたか?

吉村卓「もう初めてのことばっかりでした。でも、やりやすい環境で育ててもらったと思います。昔は自分の出番が何時でも、全員朝8時に集合して、女優さんと話す時間もあるしのんびりしてました(※現在は男優さんが朝から一緒に集合ということはほとんどなく、出演時間に合わせて撮影現場に行くのが普通になっている)。11時に集合してワンシーン撮って撤収して、5時からみんなで焼き肉とか、そういう現場がまだありましたから。
いろんな怪しい人たちがAVの世界に出入りしてて、元芸能プロダクションの社長が監督やったりしてましたね。そういう人が『女のイカせ方っていうのはなぁ、こうやるんだよ!』とか、教えてくれたりするんですよ。男優の先輩以外に教えてくれる人がいたし、そういう人たちが作品を作ってた。社会から見たらスケベなどうしようもないオヤジですけど、僕はすごく勉強になりました。
今の撮影現場はすごくキチッとしてますけど、昔はいろいろありましたよ。ヤクザの人が現場に見学に来たり、相撲取りの目の前でやったり」

――力士の目の前で「取り組み」を……?

吉村卓「社長がタニマチか何かで『ウチの若いのが見たがってるから、見せてやってくんない?』って言われたらしく、五人ぐらい力士が来たんです。デカいから見学されてるだけで暑かったですね。あとはヤクザのエラい人が『責任者として撮影を見る』って現場に来たけど、そのエラい人がちょっとコレ(ゲイ)っぽい人で、すごいロカビリーなイケメンを連れてきて『お前、俺の隣にいろよ』『ハイッ!』って肩を抱いたりしてるんですよ。それを見ながら僕はセックスするっていう。『これは面白い世界だな〜』と思いましたねぇ。終わった後にそのヤクザのエラい人に声かけられて『あなた男優さん?』『ハイ』『イイ身体してるねぇ』なんて言われて。ま、昔はもうちょっと痩せてたんで(笑)。僕にそう言いながら、横にいるロカビリーの人に『お前、俺がいないとこういうとこ、怖いだろ』とか言ってるわけですよ。スゴイ世界ですよねぇ。だから、そういう中ではh.m.pさんはすごいちゃんとした会社ですよ!」


(後編に続く)

作品にも収録されている吉村氏のインタビュー動画が公開中!
神男優の貴重な素顔が見れるかも!?



『スーパー吉村卓Bomb!8時間 (h.m.p)

定価 2415円
販売元: ビデオバンク
DVD発売日: 2010/04/21
時間: 480 分
品番 BNDV-00758
メーカー:h.m.p

メーカーサイトで作品詳細を確認・購入する>>>こちら

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amamiyaphoto200.jpg
雨宮まみ エロ本を中心に活躍中のエロ・AVライター。1976年生まれ。2000年ワイレア出版入社、投稿系エロ雑誌の編集に携わる。2002年フリーライターとして独立。主にAV誌を中心に取材やレビューなどの執筆活動を続けている。また、弟に向けてAVを紹介するという形式のAVレビュー系ブログ「弟よ!」も話題に。
雨宮まみブログ=「弟よ!」
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10.04.29更新 | WEBスナイパー  >  AV情報
文=雨宮まみ |