Pornographic design in Japan
意識しなければ気がつかないほどに世の中にはデザインされたものがあふれています。アダルトコンテンツに対しても多くのデザイナーが携わってきましたが、ほとんどのポルノは特別な注目を浴びることがありません。
これまで省みられてこなかったポルノ・デザインの変遷を、日本のデザイン青史のいち潮流として、ばるぼら氏が読み解きます。
エロ本のデザインの近代化をセルフ出版/白夜書房だけが成し遂げたとは思っていない。むしろ白夜書房を新しいスタンダードとしてふまえたうえで、別の文脈から「デザイン」の流入が起き、エロ本の近代化を完全なものにした。「別のエロ本」とは自販機本である。
ここでいう自販機本とは、70年代後半~80年代前半に自動販売機でのみ販売されていたエロ本のこと。前史(1)で触れたゴチャゴチャしたエロ本も多くは自販機本の類だ。ただ、そうした自販機本がある一方で、ある2つの影響を受けた自販機本が70年代末から登場しはじめるのである。2つとは「工作舎」と「パンク」だ。
工作舎のデザインといっても、工作舎は出版社であってデザイン会社ではない。しかし工作舎の出版する本や雑誌、チラシなども含めて、すべての印刷物には一つの統一されたデザイン・フォーマットのようなものがあり、一見してわかる主張がある。簡単に説明すると、文字から発想するグリッドの意識、特定数種類しか使わない禁欲的な書体の選択(たとえば見出しは秀英初号、読売新聞ゴシック、読売新聞明朝など)、ギリギリまで行なう文字ヅメ、誌面に散らばすノイズ、罫線の多用、といったポイントがある。このデザインセンスのおおもとを作ったのは杉浦康平で、中垣信夫、谷村彰彦、海保透、赤崎正一、森本常美、市川英夫、鈴木一誌、戸田ツトム、羽良多平吉、松田行正、祖父江慎などがそれを受け継いでいる。
デザインの流入の理由は、当時工作舎で松岡正剛が編集していた雑誌『遊』が「遊塾」というワークショップを主宰しており、そこに集った人々の中に、若き編集者やデザイナーがいたからである。そして彼らの一部はエロ本にそのエッセンスを持ち帰って実践しはじめた。それを見た別のデザイナーも「じゃあ自分も」とおかしなことをやりはじめる連鎖が起き、エロ本なのにデザインは工作舎風、もしくはデザイナーの気分で○○風、といった暴走につながっていった。自販機本はデザイナーの自己表出の舞台となりがちだった。
もう一つのパンクのデザインについてだが、テクニック主義に陥っていたロックへの反動として、粗くて過激なロックのスタイル=パンクが登場したのが70年代後半。パンクバンドの代表的存在であるニューヨークのラモーンズや、ロンドンのセックス・ピストルズは名前くらいは聞いたことがあるだろう。彼らの周辺で配布されるチラシやミニコミ(ファンジン)のデザインは、オフセット印刷ではなく白黒コピー、写植文字ではなく切り貼り+手書きによるものが多く、お金をかけずに最も効果的なヴィジュアル・インパクトを生む手段としてコラージュが多用された。デザイン史で見れば20世紀初頭のダダのリヴァイヴァルといえるのだが、その簡易さが魅力的だったといえる。
■自販機本に流入したデザイン・センス
自販機本がデザインを変革させる最初の邂逅は1979年、『Jam』と羽良多平吉によるものだ。『Jam』の編集者の佐内順一郎や山崎春美らが、遊塾に通った時に知り合った羽良多平吉に参加を依頼し、羽良多が『Jam』の裏表紙デザインを行なうようになった。やがて『Jam』から『HEAVEN』へのリニューアル時に、表紙のデザインなど担当ページが増え、『HEAVEN』はエロ本の名残が完全に消えたニューウェイヴ・マガジンに変貌した。ここでいくつか自販機本を見てみよう。
自販機本『Jam』が『HEAVEN』にリニューアルする前の前哨戦として作られたと思しき特別号。デザイナーの羽良多平吉が初めて表紙を担当した(裏表紙には5号からアートワークを提供していた)。レオタードを着た女性の写真をブロンズ像のような光沢感で覆った奇妙なイメージで、エロさはまるでない。モデルの写真を中心に発想していたそれまでの表紙とは違い、完全に写真が構成要素の一部として置かれているにすぎない。正直、まったくエロくはなく、やりすぎであるが、エロ本から脱却しようとしていた雑誌の方向性とは合っていた。
その『Jam』がリニューアルした『HEAVEN』。羽良多平吉によるシュルレアリスム的コラージュの表紙は、同時代のどの雑誌よりも圧倒的なビジュアル・インパクトで、中身も神秘主義とヘタウママンガと地下音楽と小説という好き勝手なバラバラ感。『Jam』『HEAVEN』の存在によって、エロ本は編集者が好き勝手なことをやっていいという解釈が生まれ、80年代以降のエロ本編集者の方向性を決定してしまう。ここでは表紙をいくつかと、1号と6号の奥付のページを紹介。創刊号はタバコのオマケについてきたマレーネ・ディートリッヒの小さなカードを拡大し、目から光線を出し、動物の写真をのせている。2号と6号は海外で購入したポストカードを素材にコラージュしたもの。奥付はとくに6号に顕著だが、書体の選び方に工作舎的な手法が見られる。
『Pico Pico』は当時『ロッキング・オン』や『宝島』のADを担当していた大類信がデザインを担当した自販機本。写真のトリミングが美しく、工作舎の文字組とパンクの方法論が組み合わさったような誌面。とくにコラージュ/イラストレーションのページはエロさよりカッコよさ(何がなんだかわからなさ)が優っている。
横浜のフォーク/ロック・ミュージシャンで予備校教師としても知られる吉野大作が協力していた、音楽系に強い自販機本『dirty BIBLE』を前身に、パンク/ニューウェイヴ人脈が加わったのが『Flying Body Press』。アケヴォノイズ、ゼルダ、Phewなどが登場する中で、「VISUAL SCANDAL」というエロ要素ゼロのコラージュページが毎号掲載されていた。パンク以降のヴィジュアルだ。
『少女激写』は70年代にヒッピーコミューンを渡り歩いたデザイナーの神崎夢現が編集を務めていた自販機本(後期のみ)。編集者の竹熊健太郎とマンガ家の藤原カムイが編集スタッフにいた。神崎氏は当時『遊』の愛読者で、編集もデザインも影響を受けていたといい、繊細な文字組と大胆なレイアウトはまったくエロ本に似つかわしくない。
『少女激写』で連載されていた精神世界とドラッグのページ「JUNKY TIMES」は休刊後『フォトジェニカ』に移って続けられた。本を見開き単位で考え、なるべく要素を左右対称に配置することで独特のムードを醸し出しているのが一見してわかる。罫線の多用とノイズの散らばし方に工作舎の影響が見られる。また、70年代に杉浦康平が多くの神秘主義/精神世界の本を手がけていたのも遠因だろう。
文=ばるぼら
ばるぼら ネットワーカー、古雑誌蒐集家、周辺文化研究家。著書に『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』『ウェブアニメーション大百科』(共に翔泳社)、『NYLON100%』『岡崎京子の研究』(共にアスペクト)など。共著で『消されたマンガ』(鉄人社)。
「www.jarchive.org」 http://www.jarchive.org/
14.03.04更新 |
WEBスナイパー
>
ポルノグラフィック・デザイン・イン・ジャパン
|
|