Pornographic design in Japan
意識しなければ気がつかないほどに世の中にはデザインされたものがあふれています。アダルトコンテンツに対しても多くのデザイナーが携わってきましたが、ほとんどのポルノは特別な注目を浴びることがありません。
これまで省みられてこなかったポルノ・デザインの変遷を、日本のデザイン青史のいち潮流として、ばるぼら氏が読み解きます。■前史(2):エロのデザイン史における近代とは何か(前編)
もともとグラフィック・デザイナーを目指していたという末井昭が『NEW SELF』をはじめた時に、描き文字ではなくすべて写植の文字を使ったのは画期的だった。しかし、なぜそれまで皆が描き文字を使っていたのかというと、70年代前半までの写植には太くて目立つ書体がなかったからである。描き文字は自分で描く文字だからいくらでも太くできる。つまり派手にしたい時に写植では限界があり、自分で描かなくてはいけなかった。
だが幸いなことに1975年に画期的な書体が登場してこの問題は解決する。「ゴナ」だ。これは極太のゴシック体で、登場以降、雑誌や広告の見出しに多用されており、当然ながらエロ本にも浸透していった。末井は当時を振り返って〈ぼくなんか、写植のいちばんいい時代に雑誌を作ってきたんです。写植の書体がどんどん使えるようになったんです〉(『季刊d/SIGN』17号、2009年12月16日発行、太田出版)と話している。
『NEW SELF』は廃刊となって『ウィークエンドスーパー』が新創刊。『ヘヴィSCANDAL』『ヘッド・ロック』など誌名を変えながら細々と続いたが再び廃刊。新雑誌『写真時代』となる。最盛期には25万部売れたという『写真時代』からデザイナーのクレジットが入るようになっており、デザイナーは増山真吾&ペーパーストーン(増山氏は2000年に亡くなった)。ゴナを大胆に使ってレイアウトした主張の強いデザインだが、写真の邪魔はしないよう文字は必ず顔を避けて配置されている。増山氏が別の仕事で忙しくなってからは同事務所にいた井上則人氏(現在は『アックス』をはじめマンガ関連のデザイナーとして知られる)が後任として引き継ぎ、一時期は東良美季氏も手伝っていたという。
描き文字ではなく、写植の文字を使う。ゴチャゴチャとさせず、スッキリとまとめてしまう。誌面を統治しようとする意思が表出する。この意思を「近代」のはじまりとしよう。それを一番目立つかたちで打ち出したセルフ出版/白夜書房のデザイン・フォーマットは、多くのエロ本に踏襲され、一世風靡する。下記に並べたのはどれも80年代前半までのセルフ出版/白夜書房の雑誌だが、いずれも基本は同じフォーマットで作られていたと想像できるだろう(『ヘヴィSCANDAL』だけ異色。また『ヘッド・ロック』は一時期筆文字を使っていた)。
■補足解説:セルフ出版/白夜書房以外のエロ本デザイン
末井氏はデザイナーとしてはあくまでアマチュアだったが、プロのデザイナーが介入したエロ本(というと怒られるのかもしれない)というのもあった。ここではセルフ出版/白夜書房以外の優れたエロ本をまず二つ書きとめておく。
まず1975年創刊の『PLAYBOY日本版(月刊プレイボーイ)』(集英社)。コンビニに並んでる青年向け週刊誌とは関係なく、世界的に有名なポルノ&エンターテインメント誌の日本版(2009年1月号で休刊)。初期はサイケデリックなイラストレーションで知られる田名網敬一がアート・ディレクターを務めていた。最初の10号までは表紙にうさぎのマークだけしか使わないストイックなもの。マークが浸透したと考えたのか、売り上げを気にしたのか、11号からは外国人モデルのヌード写真を表紙に使うようになった。
次に1980年創刊の『写楽』(小学館)。篠山紀信の「激写」シリーズを売りにした写真誌で、アート・ディレクターは長友啓典。長友はこの前に『平凡パンチ』『GORO』『流行通信』なども手がけていた。末井氏の『写真時代』は『写楽』のエロ版を作るような気持ちではじまっている。
上記二誌に共通するのはロゴと図版(写真、イラスト)以外はほとんど文字らしい文字を入れていないこと。おそらく二者ともエロ本特有のゴチャゴチャした文字の入れ方が下品なイメージを作ることを充分わかっており、それを抜いてしまうことで、あえて説明不足な「作品」感を演出したに違いない。文字の量を減らすとエロさが減る分、別のムードが出る。このことは今後も出てくるので覚えておいてほしい。
他にいくつか見ておこう。『GULLIVER』(檸檬社)は先ほども言及した田名網敬一がデザイン。アングラ文化とエロが一緒くたになった奇妙なエロ本で、数号で普通の洋ピン・エロ本になったが、田名網氏が手がけたこの創刊号は色使いがサイケデリックすぎてヌードが興奮ではなく犯罪を連想させ不安を煽る。『PLAYBOY日本版』で文字を入れていなかったのに対し、こちらは文字が入っている。文字を入れたらどうなるのかの比較サンプルとして見るといい。
辰巳出版の『TARGET』や『カレッジ・プレス』は80年代初頭の典型的なデザインといっていいだろう。どちらもゴナの見出しをメインに、ツメの甘い細ゴシックや明朝体を散らばした、まとまりのない雰囲気である。前者は森田じみいや狂乱娼館をはじめパンクな人々が連載を持っていた洋ピンエロ雑誌で、時期によって違うがこの頃のレイアウトは柳川研一(この頃、徳間書店でSF関連の装丁をしていたデザイナー)。後者は現役大学生ヌードなどを掲載していた風俗カルチャー情報誌で表紙レイアウトは編集長の能星冬樹が自ら手がけていたようだ。
文=ばるぼら
ばるぼら ネットワーカー、古雑誌蒐集家、周辺文化研究家。著書に『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』『ウェブアニメーション大百科』(共に翔泳社)、『NYLON100%』『岡崎京子の研究』(共にアスペクト)など。共著で『消されたマンガ』(鉄人社)。
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14.02.22更新 |
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