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Criticism series by Sayawaka;Far away from the“Genba”
連載「現場から遠く離れて」
第三章 旧オタク的リアリズムと「状況」 【1】

ネット時代の技術を前に我々が現実を認識する手段は変わり続け、現実は仮想世界との差異を狭めていく。日々拡散し続ける状況に対して、人々は特権的な受容体験を希求する――「現場」。だが、それはそもそも何なのか。「現場」は、同じ場所、同じ体験、同じ経験を持つということについて、我々に本質的な問いを突きつける。昨今のポップカルチャーが求めてきたリアリティの変遷を、時代とジャンルを横断しながら検証する、さやわか氏の批評シリーズ連載。
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「現場」という概念の成立をめぐって、私たちが次に考えるのは、まずインターネットが普及し始める90年代までに、私たちがフィクションにどのようなリアリズムを求めるようになっていたのかということである。そしてインターネットの普及後にそれはどのように変わっていくのか。それを知るために、この章ではアニメ、とりわけ『機動警察パトレイバー』という作品とアニメ監督の押井守に注目してみたいと思う。その考察はまず日本のオタク的想像力の変遷を辿りながら、80年代以前からそれが依拠していたものを確認し、80年代後半から90年までに迎えたその限界と断念に触れつつ、最後に93年に公開された劇場版『機動警察パトレイバー 2 the Movie』へとたどり着いて、その中で「状況」と呼ばれた、「現場」という概念の萌芽を発見するはずである。


さて『パトレイバー』とはジャンルとしては巨大ロボットものの系譜に位置づけることのできる作品である。88年から90年代の前半にかけて、原作・ゆうきまさみ、メカデザイン・出渕裕、脚本・伊藤和典、キャラクターデザイン・高田明美、監督・押井守というメンバーが中心となって、ゆうきによる漫画版と他メンバーによるアニメ版の両方が同時進行して作られ、アニメはビデオ作品として制作されたのを皮切りに、テレビアニメや劇場版など形態を変えながら何度もリリースされた。数々の関連商品と共に初期のメディアミックスの成功例として広く知られている。

もともとこの作品は、ゆうきを中心とした友人たちが「企画ごっこ」と称して作り上げた架空の企画だった。コンセプトとして古くからあったのは、従来的なロボットものにおける不自然な部分にリアリスティックな説明を与えながら、高度成長期以後の東京の中にロボットものを表現することである。

リアリズムへのこだわりは作品の随所に見られる。土木工作機械の発展形として巨大ロボットが位置づけられており、それを総称して英語で労働者を意味する「レイバー」という呼称が与えられているのも、そうした理由ゆえであると思われる。また主人公はレイバーを用いた犯罪に対処するため警視庁が新設した「特車二課」の一警官であり、若い就労者としての葛藤はありつつも、現実的な考え方を持った成人女性として描かれているのも同様だ。彼女はレイバーの操作には長けているが、いわゆるヒーローものの作品のように特殊な能力を持つわけではない。特車二課の課員たちも同様で、彼らはみな新設部門におざなりに配属された地方公務員として、工業区域に近い東京湾の埋め立て地に作られた隊舎に勤務し、暇な折には草むしりをしたり畑を作ったりしている。

また主役ロボットであるパトレイバーのボディは警察車両らしく白黒のツートンカラーで塗られたうえ、肩には赤い回転灯まである。また電磁警棒やリボルバーカノンなど警官を模した装備がなされており、他のレイバーに比べて見た目が「ヒーローもののロボット」のようにかっこよくデザインされている理由として「見る者に与える心理的な影響をも考慮して作られた」ということになっている。こうした設定もまた、行政の一部門としての警察らしい鈍くささをユーモアをもって表現したリアリスティックなものだ。

さらに物語もまた一般的なロボットものとは異なっており、アニメにおいても回によっては主役ロボットであるパトレイバーが全く活躍しない場合もある。ドラマを牽引するのは課員らの人間模様と銭湯や食堂などの生活描写であり、事件についても警察内部や犯人グループを含む複数の組織内での政治的な思惑が絡んだ駆け引きが主となる。パトレイバーはあくまでも警察車両であり、敵と派手な格闘戦を行なうことはかなり異例なこととして想定されているのだ。

『パトレイバー』は、なぜこのようなリアリティを求めていたのだろうか。それは3つの欲望から成り立っていたと言っていい。まず一つには、80年代までのオタク文化の中に何度も現れた、変質したジャポニズムがある。たとえば80年代を代表するアニメ作品である『うる星やつら』について考えよう。同作では繰り返し牛丼屋や立ち食いそば屋が登場し、SF的なキャラクターやメカニックと同居して世界観を作り上げている。それこそは、日本のオタク文化が80年代までに繰り返し描くようになった、高度成長期以後の日本の生活感とSFやファンタジーの意匠を同居させた世界の典型例である。『パトレイバー』と同じく押井守が監督した劇場版『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』では、自分たち以外に誰もいない世界で、無人であるにもかかわらずコンビニエンスストアが営業を続け、電気やガス、水道など生活インフラも確保され、さらに同作の人気キャラクターである巫女のサクラが牛丼店を開店する姿が描かれている。それはつまり、具体的な根拠を持たないまま高度成長期以後の意匠に彩られて成り立つ日本のオタク文化そのものを批評的に表現しているのだ。

日本のオタク文化がこうして高度成長期以後の日本の生活感とSFやファンタジーの意匠を同居させた世界を繰り返し描いていることについて、批評家の東浩紀は『動物化するポストモダン』(講談社現代新書、2001)で次のようにまとめている(※25)

(…)オタク系文化の「日本的」な特徴は、近代以前の日本と素朴に連続するのではなく、むしろ、そのような連続性を壊滅させた戦後のアメリカニズム(消費社会の論理)から誕生したと考えたほうがよい。七〇年代にコミケ(コミック・マーケット)をパロディマンガで満たした欲望は、江戸時代の粋というよりは、その一〇年前にアメリカでポップアートを生み出した欲望に近いものだろうし、『うる星やつら』の作品世界もまた決して、民話の延長線上にあるのではなく、SFとファンタジーの想像力が屈折したところに日本的な意匠が入り込んできた、と捉えるのが自然だろう。オタク系文化の根底には、敗戦でいちど古き良き日本が滅びたあと、アメリカ産の材料でふたたび擬似的な日本を作り上げようとする複雑な欲望が潜んでいるわけだ。

『動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』
著=東浩紀(講談社現代新書、2001)23頁より引用

つまり太平洋戦争の敗戦によって伝統的な日本文化の連続性が切断されたために、我々は、巫女のように我々の原風景としては既に失われた素朴なジャポニズムの意匠と、牛丼屋のような高度成長期を背景にした日本文化、そしてメカや美少女といったオタク的な想像力の接合点に日本文化の姿を捏造するしかなかったということである。そうした経緯を理解した上で見ると『パトレイバー』という作品は、このようなオタク的想像力から素朴なジャポニズムを排除することで、高度成長期以後の日本にとってよりリアリスティックであるように配慮された世界観の作品ということになるはずだ。埋め立て地に配属されたはみ出し者の地方公務員、白黒ツートンカラーのロボット、課員たちの日常などは、先に挙げたオタク的な想像力の例で言えば、牛丼屋のような高度成長期以後の日本の生活感と、SFやファンタジーの意匠を異形の形で同居させるのではなく、融和させたものとして見ることができるのである。

文=さやわか

『動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』著=東浩紀(講談社現代新書、2001)
※25『動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』著=東浩紀(講談社現代新書、2001)23頁より。

さやわか ライター、編集者。漫画・アニメ・音楽・文学・ゲームなどジャンルに限らず批評活動を行なっている。2010年に西島大介との共著『西島大介のひらめき☆マンガ 学校』(講談社)を刊行。『ユリイカ』(青土社)、『ニュータイプ』(角川書店)、『BARFOUT!』(ブラウンズブックス)などで執筆。『クイック・ジャパン』(太田出版)ほかで連載中。
「Hang Reviewers High」
http://someru.blog74.fc2.com/
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11.05.15更新 | WEBスナイパー  >  現場から遠く離れて
文=さやわか |