2015.9.9 Wed -9.13 Sun at jinbochogarou
2015年9月9日(水)~13日(日) 東京・神保町画廊にて開催
WEBスナイパーでは「Kinoko Hajime rope artwork」などでもお馴染みの緊縛師・写真家の一鬼のこ氏が、「つながり」をテーマに独自のテイストで掘り下げてきたシリーズを発表した今回の写真展「RED」。その現場の模様と展示作品をライターの菅野久美子さんにレビューして頂きます!!天井に蜘蛛の巣のように張り巡らされた赤い縄の下で、大勢の若い男女が裸の女性が様々な趣向で縛られた写真を眺めている――その画廊の奥に、ロープアーティスト、一鬼のこ氏の姿があった。
来場者と向かい合って座っている鬼のこ氏は、その20代前半と思われる女性のその手首にスルスルと真紅の縄をかけていく。目の前で縄が生き物のように巻き付き、ブレスレットが形になっていく様子を食い入るように見つめている。鬼のこ氏自らが、希望する来場者にだけ、個展で使用した赤い縄で手首などを縛ってあげているのだそうだ。
今回の個展では、"Red"の名の通り、すべて赤い縄を使用している。鬼のこ氏の思いは、その色にも込められている。「赤い縄は、血にも見えるし、運命の赤い糸にも見える。それを感じて欲しい」と言う。
目の前であっという間に、ハート型の蝶結びが完成する。
いつまでもとっておきたくなるような、とても可愛らしい真紅のブレスレット――。女性に感想を尋ねると、少し興奮して目を輝かせながら、恥ずかしそうにこう答えてくれた。
「今、すごくドキドキしています。縄をかけられることが嬉しくて、心臓が張り裂けそうです。緊張しすぎてめちゃ汗ばんでいるんですよ」
そんな彼女と握手をしながら、鬼のこ氏は「ほんとだ。めちゃ汗ばんでるね。今日は、来てくれてありがとう」と笑う。
今回の個展のテーマである"つながり"が生まれた貴重な瞬間でもあった。
鬼のこ氏は、個展についてこう語る。
「縛られる人は、縄痕をすごく大事にするんです。でも、今回の個展では、縄痕ではなくて、縄そのものを持って帰って頂くことで、その人自身の心に作品の縄痕を残してもらいたいんです」
「相手を拘束する。縛り上げる」といったSMの道具として見られがちな縄。しかし、数々のロープアートを手掛けてきた鬼のこ氏の"縄"への思いは、それら一般の人々が抱くようなステレオタイプなイメージとは一線を画している。
例えば、"Unbilical Card 03"と名付けられた作品は、誰もが人生で初めて持つことになる"目に見えるつながり"であるへその緒を模したものだ。天まで届くかのような無数の赤い糸に包まれ、優しく抱かれている女性。手首にはしっかりとした力強い真紅の縄が幾重も結ばれ、顔はぼんやりと上を見上げている。「母によって作られた、天から現世へとつなぐ蜘蛛の糸」と注釈にある通り、そこには未だ見ることのできない母の面影と、生命の大本としての母という二つの"つながり"を示唆しているのだ。
また一方で、被写体が人間ではないものもある。
細い縄の内部のふくらみに、生肉や内臓といったものを収めた"Flesh"という一見グロテスクな作品がそれだ。その注釈には、「人も動物も肉になれば同じ。その肉を取り込み、生命を維持し、その肉の存在を受け継ぐ。その肉の意味、取り込む側の意味」という言葉が書かれている。そこには、どんな肉も変化を免れないといった仏教的な無常観が垣間見える。
"Zero Gravity03"という作品は、宇宙と人とのつながりを壮大なスケールで表現した作品。下から飛び出す無数の縄に支えられて、ゆっくりと体を委ねるかのように、一人の女性が横たわっている姿がシュールだ。普段は目に見えない重力を縄で表現することで、すべての始まりである宇宙、そして歴史を経て現代に至る"つながり"、やがて、再び生命の源である宇宙に帰ろうとしている人類を表わしている。
"Nine Sisters03"という作品は、まるでブドウの房のように、赤い縄を介して、何人もの女性があらゆる方向を向いて、ぶら下がっている。こちらの作品のテーマは、"友情によるつながり"。見つめる視線や行き先はそれぞれに違うが、またこの場所に還るということを表わしている。
友達との"友情によるつながり"を教えてくれたのは自分の父親だったと、鬼のこ氏は昔を振り返りながら話してくれた。幼い頃に両親の離婚を経験した鬼のこ氏。その時、父親が自分に伝えてくれたのは、なによりも人との"つながり"の大切さだったという。
「父親が幼い頃の僕に教えてくれたのは、『人生でお前が大切にしなきゃいけないのは、友達なんだ。困ったときは、最後に友達がお前のことを助けてくれるんだから』という言葉なんです。僕はその言葉をずっと大切にして今まで生きてきたんですね。ここに展示している作品は、先祖、母親、仲間、自然、未来、DNAなど、様々なものとの"つながり"を表現しています。決して、人は一人ではなくて、どこかしら人とつながっている。すべての人は、その連鎖の中で一つのピースとして存在していると僕は考えています」
父親とはその後会うことはなかったが、今も鬼のこ氏の心には、父の言葉が胸に焼き付いて離れない。"つながり"をテーマにした"Red"の原点は、そこにある。人とのつながりの大切さを説いたあの日の父親の言葉から、今回の個展は生まれたといっても過言ではない。
そのため、個展に来てもらった人には、昔つながっていた人たちやモノや出来事を思い出しながら作品を見てもらいたいと鬼のこ氏は語った。
"Red"では、"つながり"を表現するうえで、様々ないのちの犠牲の上で今の自分が成り立っていることにもスポットを当てている。
例えば、食虫植物の生涯を描いた、"種""芽""成""枯"という4つの作品。食虫植物が、食物連鎖の様々なつながりの中で、生を果て、新たに種を生む様子を、縄で表現した。生きた虫を食らい、養分にすることで知られる、一見残酷なイメージの食虫植物。しかし、その食虫植物であっても、食物連鎖のつながりの中で、生を果て、また新たな命を宿す。その一生を縄で表現した作品だ。そのうちの"芽"という作品は、母親の胎内で新しい命が今、まさに生まれるか瞬間を切り取ったかのようだ。真っ白の衣装を着た女性が丸まっており、数本の屹立した赤い縄が頼りないながらも、この瞬間に地上に飛び出さんとしているようにも感じる。縄の動きを通じて、その躍動感が伝わってくる力作だ。
日本では、縄というと、どうしてもSMのイメージが先行しがちだが、海外では、コネクション縛りという"つながり"を重視した縛りもある。それはまるで恋人と戯れるような感覚で、"つながり"を感じるための縄だ。
"Anticipation"という作品は、新しく生まれる命にスポットを当てた連作。お腹の大きな妊婦を抱擁するかのような赤い縄たち。その妊婦の胎内では小さな生命が躍動し始めている。これは、人類の明日を受け継いでいく子孫との"つながり"が、赤い縄に象徴される無数の出会いといった縁="つながり"によって育まれ、誕生の時を迎えようとする「希望」を称えた渾身の力作だ。興味深げに写真に見入る来場者が多く、妊婦をテーマにしたこの作品に一番惹かれたという女性客もいたというのが印象的だった。
そういえば、天井一面に網の目のように張り巡らされた赤い縄は、まるで個展そのものを胎内に見立てた立体的なインスタレーションのようだ。これは、以前医者から聞いた話だが、子宮の中にいる胎児の目には、胎内を走る無数の赤い血管が見えるという。きっと、この個展は鬼のこ氏が作った世界に一つのだけの"つながり"を示す「胎内」なのだ。
これまでの作品のまさに集大成とも言える"Red"で、その魅力をあますところなく縄で表現した鬼のこ氏。さて、次なる彼の目指す終着駅はどこなのか。
ロープアーティスト、一鬼のこ氏からますます目が離せなくなりそうだ。
文=菅野久美子
関連サイト
一鬼のこ公式サイト「Rope Artist Kinoko Hajime」
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15.10.04更新 |
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