注目の大型官能小説連載 毎週木曜日更新!
New Style Heian Erotical Mandara [Kouchu no hitoya]
艶めかしき人外の化生に魅せられた侍が堕ちていく魔的なエクスタシーの奈落――。今昔物語の一編を題材にとり、深き闇の中で紡がれる妖と美の競演を描くニュースタイル・平安エロティカル曼荼羅。期待の新人作家・上諏訪カヤハと絵師・大往生ジダラクのカップリングで贈る会心のアブノーマル・ノベル!!吉丸は、阿夜の沈黙に向かってせつせつと訴えた。
「阿夜、盗賊からは足を洗って、俺と一緒に暮らそう。俺は考え直したんだ。何もお前と俺が一緒に暮らしていくすべは、盗賊稼業しかないわけではないだろう。きちんと働けば、今のような贅沢はできないだろうが、二人でいつまでも暮らしていけるさ」
阿夜はなお、何の反応も示さない。突然思いも寄らぬことを言われて返しようがないのかもしれない。吉丸は阿夜の困惑を何とか払拭しようと、さらに続けた。
「今となっては元の主のところに戻れるかわからぬが、何、すぐに新しい主を見つけられるだろう。お前が嫌でなければ、京を離れてもいい。お前ひとりぐらいは、不自由のない暮らしをさせてやれると思う」
「……………………」
「なぁ、阿夜。考えてくれないか」
「……あの男」
阿夜が俯いて、椀と箸をコトリと置いた。光のない目は、虚ろにも見える。
「あの男のせいですね」
「何?」
「あの三郎とかいう男がいたから」
とかいう男、という言い方に引っかかりを感じながらも、吉丸は「そうだ」と頷いた。
「三郎は幼い頃から慕っていた親友だったのだ。それを、まさか俺が殺めることになろうとは……」
殺める、という部分で、吉丸はつらそうに眉間に皺を寄せた。
「貴族憎さ、お前欲しさで始めた盗賊稼業だったが、三郎を殺めた記憶を背負ってまで続けることは、俺にはできそうにない」
吉丸もまた、俯いた。話していると、三郎の頸を我が太刀が貫いた感触が生々しく手のうちに蘇ってくる。
湯を使いながら、吉丸は考えていた。もし阿夜が首魁狐だったら……どんな事情があったにせよ、三郎を殺めることになった原因を作った彼女を許せはしないだろう。だが、もし、過去を悔い、盗賊をやめて自分についてきてくれるというのなら……夫と呼ばれ妻と呼び、いずれは子も成すであろう日々を重ねることで、その怒りも徐々に薄らいでいくと思う。
突然、膳が倒れるけたたましい音が響き渡った。阿夜が出し抜けに立ち上がって目の前の膳を蹴倒したのだ。その音に吉丸が体を強張らせたときには、彼女はもう裾にふくらはぎをちらつかせるのも厭わず、吉丸のもとへ大股で歩み寄っていた。飛び散った汁物が床を濡らし、椀があらぬ方向に空しく転がっていく。
「吉丸さまは、まだ、よくおわかりになっていらっしゃらないのです」
唖然と自分を仰ぐ吉丸の襟を阿夜はいきなり掴み上げた。
額に差し迫った阿夜の目は先ほどとは一転して、奥で地獄の石炭が燃え盛っているかのように不気味に底光りしていた。白い歯が、あでやかな唇の紅とは対照的な、生(き)の ままの感情となって剥き出されている。
何をわかっていないというのだ、と吉丸は尋ねようとしたが、阿夜はそれよりも早く、
「こちらへ」
と吉丸の首根っこを掴み、ついでとばかりに傍(かたわ)らの彼の膳も派手に蹴飛ばすと、そのまま大きな体をずるずると奥へ引きずっていった。
抵抗しようと思えば、もちろんできただろう。だが、あまりに唐突に起こった事態に吉丸はついそれも忘れ、まるで縄で引かれる牛や犬の如く四つん這いでよろめきながら阿夜についていった。
着いた先は、例の離れだった。
戸を開くと、中はもうすっかり闇に塗りこめられていた。が、阿夜は明るいところにいるときのように迷うこともなく、まだ暗さに目が慣れず戸惑っている吉丸の手足をやすやすと磔台に括りつけていった。
「待て、おいっ」
吉丸は狼狽し阿夜を止めようとしたが、阿夜は聞く耳を持たない。ようやく暗さに目が慣れてきた頃には、彼の両手両足は自由とはすっかり縁遠いものになっていた。
その体勢はこれまでの二回とは大きく違っていた。以前は背中を外側に向ける形で拘束されていたし、元来この磔台はそうやって使うものなのだが、今はかなり無理をして腹のほうを外側に向ける格好で拘束されている。
こうなった以上はまた笞で打たれるのだろうが、腹はさすがに耐えきれないかもしれない。吉丸の背中を冷や汗が流れていった。
しかし、予想を覆(くつがえ)して、阿夜は笞を握りはしなかった。笞に伸ばすと思われた手はあろうことか吉丸の袴の紐を解き、次いで襟を左右に開いて胸元と腹をあらわにした。 袴が床に落ち、性器が露骨な姿を見せた。
「あっ……」
吉丸はあらためて、自分が今、いかに無防備な状態であるかを突きつけられた気がした。同時に屈強な男には似合うはずもない「恥ずかしい」という感情が湧き上がったが、そう思えば思うほど、今まで我関せずといった顔で垂れ下がっていた脚の間の肉塊が大きく、硬くなっていくのがわかった
阿夜はその恥ずかしい男茎を、生かしも殺しもせぬよう細心の注意を珊瑚の爪の先々までみなぎらせた指で飼い馴らしながら、吉丸の体に柔らかくて熱い唇を押しつけていった。太い血管の浮き出る首筋から始まり、鎖骨、隆々と筋肉の張る胸。その中ほどに野の花のようにいとけなく咲く小さな乳首を、舌でしつこいほどに転がされ軽く噛まれると、吉丸は女のような声をあげた。
「ご存知なかったでしょ、ご自分にこんなお声が出せること」
腕を吉丸の首に絡ませて囁く阿夜の声は、凄艶に潤んでいた。
「私は貴方がどんなことをすれば悦(よろこ)ぶかわかっていますし、貴方を悦ばせるためには何でも致します」
阿夜はその言葉を態度で示そうとするかのように、今度はひざまずいて、腿の内側を舐めまわした。見上げるまなざしが、切なげながらもなまめかしい。舌は吉丸を焦らしながら、陰嚢の裏にまで奇妙な生きものが這うようにして達した。
「だから、あんな男のことはもうお忘れになって、私だけを見て」
快感への昂(たか)ぶりが骨まで熔かしていきそうな心地のうちに、吉丸はやっと、阿夜が沈んだり怒ったりしていたのは、三郎への嫉妬から来るものだったのだと気がついた。奔放を絵に描いたようなこの女が嫉みに身を焦がしていたかと思えば意外だったし、今のような状況でさえなければかわいいとも覚えるのであろうが、その時の吉丸の胸の底にまず滾(たぎ)ったのは怒りだった。
三郎との思い出を、三郎への思いを、三郎の最期を、汚された気がする。
「お前、何てことを言う……!」
吉丸は歯噛みしたが、手足をきつく拘束されてしまっていては何もできない。ひたすらに身悶えしていると、やがて妖しい官能が激怒に甘やかな爪を立ててきた。今までの愛撫でもはや紅も剥がれたというのにいよいよ毒々しく赤くつやめく唇が、怒張した肉塊を捕らえたのである。唇と舌の赤がいきり立ったどす黒さに卑猥に映えた。阿夜は滴り落ちる露を舌で丁寧に舐め啜りながら、喉の奥まで荒ぶったものを差し入れた。
吉丸が阿夜に教えられた官能は数知れない。知ってはいても、阿夜の手にかかればまるで別もののような甘美さをもたらすものもあった。口淫もそのひとつではあったが、それでも今ほどな悪どい悦びを与えられたのは初めてのことだった。怒りが吉丸の中で膨らめば膨らむほど、それは心まで抉(えぐ)ることで禁断の蕩(とろ)めきをもたらすような、本来なら人が決して触れてはならない法悦をもたらした。
ほどなくして、残酷で執念深い粘膜の妙技の前に吉丸は屈服した。阿夜の口の中に、慙愧の念の込められた精が、そのうしろめたさとはうらはらな勢いで射出された。阿夜は口を離さぬまま、男の熱気を感じ尽くそうとするかのように目を瞑って、ゆっくりとそれを飲み下した。出るものがなくなってもなお舌先を亀頭の頂に滑らせ、残った一滴すらも飲み逃すまいと貪欲に唇をすぼめる。
吉丸の額からどっと滴った汗が、阿夜の頭頂へ点々と落ちた。汗は絹のような黒髪に次々と吸われて、すぐに跡形もなく消えていった。
「……満足したか」
みすぼらしい皮袋と化した肉棒をなおも名残惜しそうに口に含んでいた阿夜は、吉丸の声にやっと面を上げた。先ほどまで凄みさえ帯びていた顔に、少しだけやさしげな色が戻っている。だが、眼底にはまだ狂気の気配がはっきりと残っていた。
「まだ全然足りませぬ」
どこか深いところから滲み出して我が身を揺さぶる狂気に抗わず動く女の唇は、満ち足りるを知って微笑むどころか、未(いま)だ満たされぬ飢えに濡れ輝いていた。阿夜はまだ拘束を解こうとはせず、再び一から愛撫を始めようとするつもりか、またも吉丸の胸に舌を這わせ始めた。
しかし、何を思ったのか……ふと、左手の枷だけを外した。
阿夜は吉丸の眼前で、左手の指の一本一本を、それぞれが様々な大きさの男根であるかのようにしゃぶってみせた。怒りと慙愧に疲弊した体には酷な仕打ちだった。阿夜は最初は舐めているだけだったが、そのうちに少しずつ歯も立てだした。ぎり、ぎり、と歯に入れられる力が強まるたびに、吉丸の眉間の、痛みに耐える皺もまた深まった。 だが性器は悲しくも情けなくも、男の欲望を受けて逞しく張りつめていく。
己では制御できぬ己の欲情のせいで、悔恨の淵で呪うことになるのもまた己。ならばいっそそれが赴くところにしたがって、唾にまみれて体を食い千切られてしまいたい……不意に、吉丸の胸にそんな弱さがよぎった。しかし、それに流され、禽獣にも劣る色情にまみれた喘(あえ)ぎを口の端からこぼすことを憚らせたのは、未知への恐怖と三郎の面影の二つだった。吉丸は胸のうちで、必死に三郎の名を念じた。
「もっと、貴方が欲しい」
やがて阿夜が口中の奥でぽつりと呟いた声は、しかし、吉丸の耳に届くことはなかった。突如起こった吉丸の悲鳴が、その告白をすっかり覆い消してしまったからだ。悲鳴というよりはもはや轟音というべきかもしれないそれは、周囲の闇を嵐がよぎっていくように揺るがした。
痛みの限界を越えたと思った瞬間のことだった。そのときには彼の想念は現実のものとなっていた。
左手から、小指が失せている。
小指は阿夜の口の中にあって、鮮血のほとばしりも生々しく、白蝋のごとき上下の歯と歯の間に捕らえられていた。紅の落ちていた阿夜の唇が、新たに深く凶暴な赤で染まった。
吉丸はただただ目を見開いて、阿夜の口の中におさまった我が無残な小指を凝視した。千切られた小指の根元は、そこに心臓が移動したかのようにどくどくと激しい脈を打っている。深く、そして早い呼吸が胸の底からひっきりなしに吐き出された。
阿夜は小指を摘み上げ、尖った犬歯をその根元に突き刺すと、血を啜りながら肉を齧り始めた。
(続く)
10.10.28更新 |
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