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New Style Heian Erotical Mandara [Kouchu no hitoya]
艶めかしき人外の化生に魅せられた侍が堕ちていく魔的なエクスタシーの奈落――。今昔物語の一編を題材にとり、深き闇の中で紡がれる妖と美の競演を描くニュースタイル・平安エロティカル曼荼羅。期待の新人作家・上諏訪カヤハと絵師・大往生ジダラクのカップリングで贈る会心のアブノーマル・ノベル!!抱きかかえるような形で磔台に括りつけられた後ろで、阿夜が片方の肩を脱いだのが瞳の隅にちらと見えた。男装束の内から期せずして晒された女の肌というのは妙にそそられるものがあり、吉丸は何とかもっと目に焼きつけようと首を後ろに捻った。
その時、びゅっと空気の切り裂かれる音がして背に激痛が走った。咄嗟に息を止めて突然襲い掛かった痛みを最小限のものにしたのが、だからといってまったく感じなかったわけではない。
「……何をっ」
鋭い痛みは、阿夜がいつの間にか手にしていた笞から繰り出されたものだった。阿夜は細筆で端整に描かれた曲線のような笑みを浮かべながら、顎をちよっと上げて、驚愕する吉丸を不敵に見つめていた。
吉丸が「何をするのだ」と尋ねようとするのを終わりまで待たず、阿夜はもう一度笞を振り下ろした。笞を手にすると烏帽子の男姿がより一層板につくような気がしたが、そんなことを悠長に感心している場合ではない。
「……ぐっ」
吉丸は歯を食いしばって耐えた。よくは見えないが、笞が当たる角度といい、狙いを定める際の躊躇のなさといい、力が分散されずに的確に笞先に集まるところといい、今日初めて手にしたものということはなさそうである。阿夜はそのまま二発、三発、四発と続けて打つと、一旦笞を下ろし、吉丸に歩み寄って顔を近づけた。白粉の匂いが吉丸の鼻をかすめる。
「如何ですか?」
吉丸は食いしばっていた歯を緩め、阿夜にちらりと視線を流した。
「如何とは……」
どういうことだ、と返しかけたが、はたと口をつぐんだ。自分は今、何かを試されているのだという気がする。吉丸は額に脂汗を滲ませたまま、ちょっと考えて、
「別に、どうということもない」
とだけ、答えた。
阿夜は嬉しそうな顔をして吉丸の背に触れた。手はひやりと冷たく、その冷たさが打たれて熱くなった所に染み入っていくように感じられた。同時になぜか淫欲がそこから流し込まれでもしていたかのように全身を駆け巡った。早く自由になって阿夜を抱きたい。吉丸の脳裏には、どういうわけかいつもの咀嚼の姿ではなく、何度も激しく突かれて花が花弁を開くようにのけぞる阿夜の肢体が浮かんだ。
しかし阿夜はまた彼の背のほうにまわり、再び笞を背中に打ち込む姿勢を見せた。吉丸は奥歯をしっかり噛み合わせて体に力を入れた。
一、二、三。竹が厚い筋肉を弾く音が狭く黴くさい中に響き渡った。
四、五、六。苔が空気を掻き乱すせいで燈台の火がしきりに揺れる。積み重ねられた古びた調度品に伸びる二人の影はせわしなく震え、狂い悶えているようだ。
七、八、九。次第に阿夜の息遣いも荒くなっていった。それが吉丸の呻きを包みこむように重なる。
十、十一……十五か二十を超えたあたりから、吉丸は数を数えるのを止めた。そもそも、いったいいくつ打たれれば終わるのかわからないのだ。だったら数を数え続けるなど意味がないどころか、「まだ終わらないのか」と気力を消耗するだけの行為である。それなら、何も考えず黙って耐えているほうがいい。
部屋の中に、二人の息が充満した。
しばらく歯を食いしばって打たれ続けていると、吉丸は、阿夜が自分に与えようとしているのは単なる痛みではないことに薄々気づいてきた。一発一発、体に響くものが微妙に違う。逢えなかった日々の恨みを呟く爪で共寝の背を掻きむしるかのように乱れ打つこともあれば、「ここに当たればいっそ小気味がいいのに」というところをあえて避け、皮膚感覚を掌(たなごころ)で弄ぶかのようにじりじりと迫ることもある。情交での絶頂に至る時によく似た道すじが、様々な痛みによって形成されていく。吉丸の体の中心は磔台で押さえつけられながらも発熱し、昂ぶっていた。
これは睦み言であり、愛撫の一種なのかもしれない。だから性的な興奮を覚えるのだろう。笞のひと振りごとに意識が己から離れて霧散し、阿夜に吸い取られていく感覚に、やがて吉丸は酔い痴れた。
――――もはや逃げられもしないこと。ならばいっそ受け入れて、血肉までの悦びとなされませ。
と、阿夜が言ったような気がしたが、定かではない。
吉丸のものだったはずの意識は阿夜の手元でこねくりまわされ、彼女の好むままに色を変えられてから、吉丸に返される。それを受け取る自分の体も、自分のものであるという気が、段々と、まるでしなくなった。
背中でビシっという音と共に何かが弾けた。今までよりもさらに大きな痛みに顔をしかめる。背中の皮膚がとうとう裂け、中から赤い肉がぬるりと顔を出したのである。
最初は痛みを感じただけだったが、徐々に熱いという感覚も押し寄せてきた。すると、自分で意識したわけでもないのに、唸るような声が喉の奥から迸(ほとばし)り出てきた。
あぁ、俺は、阿夜とひとつではなかった。阿夜から、引き剥がされた!
血の熱さと己の唸りは、吉丸に自分が一個の肉体を擁している一人の人間であったことを思い出させた。彼は泥のように淀んでいた眠りから突然叩き起こされた気がした。去来する源のよくわからない不安が胸中に生じ、今まで温かく穏やかなもので満たされていたそこを、鋭い爪と牙となって引き裂いた。
唸りは程経ずして咆哮になり、吉丸は野の虎のように宙に向かって吠えた。瞳は暗い空(くう)の一点を何を見るでもなく凝視していた。そこに、何か決して見逃してはならない、とても大事なものでもあるかのように。
――行かないでくれ。俺を一人にしないでくれ。
自分が何に向かってそう思っているのかよくわからないまま、吉丸は何もない暗闇に向かって縋りつくように念じた。
どのぐらいそうしていただろう。一瞬だったような気もするし、数刻も経ったような気もする。ふと我に返ると、阿夜が横に寄り添い、拘束を解いていた。整った横顔に後れ毛がひとすじ、ふたすじ、ほつれ落ちてはいたが、すでに頬は上気もしておらず、常と変わらぬ白磁の清らかさである。
吉丸は手足が動くようになるのを待つのももどかしく、自由になった途端、背中の痛みも血の熱さも忘れて、すぐさま阿夜をその場に押し倒した。引き千切るかのようにして男装束を剥ぐ。彼はただただ、肉の底から滾(たぎ)り上がって消えずにいた原始的な荒ぶりに突き動かされていた。阿夜は驚いて「あっ」と声をあげ、腕を振り上げて抵抗しようとしたが、こうなってしまっては抗えるものではない。彼女の指は何度かむなしく空を掴んだ。しかしやがて諦めからか、それとも激しく求められるうちに女の身の深奥に火が灯ったか、体から徐々に力が抜けていった。そうして、甘い香のしそうな息を絶え絶えにしながら自分から吉丸の舌に吸いつくようになるのに、そう時間はかからなかった。
自分と阿夜がいつどうやって母屋に戻ったものか、吉丸はよく覚えていない。翌日、いつもの癖で早暁に目を覚ました吉丸は、うつ伏せに寝ていた体を起こそうとした。
「痛ッ!」
背中に力が入った時に走った激痛が、吉丸に昨夜のことを細部までまざまざと思い起こさせた。隣ではいつもと変わらぬ様子で阿夜がすやすやと穏やかな寝息を立てている。その阿夜が自分にどんなことを自分に為(な)したか、それによって己の身と心の内に何が起こったか……思い出すと、また身の底から疼くような性欲が湧いてきた。阿夜を起こしてもう一度とも思ったが、しかし、そんなことをしている余裕もなかろうとすぐに思い直した。今日こそは主の屋敷に戻らねばならぬ。
だが、傷は思ったよりも深かった。うつ伏せになっていたから痛みをあまり感じずにいたのだろうが、少しでも筋肉に力がかかると、熱く痺れるような激痛が走る。起き上がって歩くことは何とかできそうなものの、あくまでもその程度である。これではとても使いものにはならないだろう。
困り果てていると、隣で寝ていた阿夜が目を覚ました。
「あら、もうお立ち上がりになられるなんて」
ふてぶてしいのか眠りが深いのか、自分が起きたことで眠りから覚めたことなどかつてなかった女だが、さすがに今日は常とは違う気配を感じたのかもしれない。
「昨夜お飲みになった竈(かまど)の土を湯に溶いたものが効いたのかしら。それと、お酢と」
「そんなもの、俺は飲んだのか。はて……」
「えぇ、覚えていらっしゃらないのですか?」
阿夜は半身すら起こさない。まだ半分は夢の中にいるかのようだ。髪は乱れ眉のあたりは茫と緩んで、瞳も朧月夜を仰ぐようである。
「血を止めるには竈の土を湯に溶いたものがいいからと私が飲ませようとしたら、大の男が苦い苦いと童のようにお嫌がりになって。一通りの苦労ではございませんでしたわ」
「そうなのか……」
しばし動きを止めて考え込んだが、やはり何も思い出せなかった。磔台に括りつけられ、笞でひたすら打たれ、肉が裂け血が噴き出し、やっと放たれ、それから身の中に生じた嵐に巻き込むようにして阿夜を抱いたところまでは覚えている。しかしそこから先が思い出せない。灯が突然すきま風で消えて、あたりが急に闇に包まれてしまったかのように、記憶がふつりと途切れている。
「何にせよ、そんなお体ではしばらく動き回るのは無理でございましょう。今日は普段より滋養のあるお食事を用意致しますから、しばらくお休みになられませ」
「そうもいかぬ。今日は戻らねばならん。なぁ、俺がここで生きていくすべとやらを早く教えてくれ」
自分で言って初めて、吉丸は昨夜自分が打たれたそもそもの発端を思い出した。一連の経験が強烈すぎて、今の今まで頭に上らなかった。
(続く)
10.08.19更新 |
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口中の獄