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Alice who wishes confinement
私の居場所はどこにあるの――女児誘拐の不穏なニュースを観ながら倒錯した欲望に駆られた女子高生が体験する、エロティックでキケンで悩み多き冒険。理想と現実の狭間で揺れ動く乙女心とアブノーマルな性の交点に生まれる現代のロリータ・ファンタジー。オナニーマエストロ遠藤遊佐の作家デビュー作品!!――あ、もうこんな時間……。
掛け時計を見ると午後1時を少し過ぎている。
まゆりは読み終えたばかりのコミックスを満足げに閉じ、小さく深呼吸をした。
ああ、なんて面白いの! リビングのテーブルの上にうず高く積み上げられているのは、タナベが自分の本棚から持ってきてくれた『ガラスの仮面』全巻である。
一昨日からずっとこのマンガに夢中で、昼の間はそれこそ休む間もなくページをめくり続け、やっと35巻まで読破した。天才女優・北島マヤと才色兼備のサラブレッド・姫川亜弓――。お互いを認め合うライバル同士の戦いは、読んでいるとワクワクしてつい時間の経つのを忘れてしまう。
反射的に次の巻に手を出そうとして、ふとお腹がすいていることに気づいた。
そうだ、そろそろお昼にしなくちゃ。ソファから立ち上がると、ガチャガチャとうるさい足枷をひきずってキッチンまで行き、冷蔵庫から冷凍ピザを取り出す。4種のチーズのピザに桃とマスカットのミックスジュース。どちらもまゆりの大好物だ。
ピザはタナベが出かける前に皿に載せて、包丁で8等分にしてくれてあった。手の届く場所に刃物を置いておくのは心配なのだろう。包丁や皮むき器などはまとめて食器棚の引き出しに入れて鍵をかけてある。
電子レンジで温めて、熱々のところをパクつく。とろけるチーズのこってりした味が口の中に広がり、思わず笑顔がこぼれる。
若いだけあって、ハンガーストライキで減った体重はもうすっかり元に戻っているように見えた。
まゆりがこの家に連れてこられてから、20日が過ぎた。タナベのいない日中をこのリビングで過ごすようになってから数えると約2週間になる。
心ない監禁魔に自由を奪われて苦しんでいるかと思いきや、意外なことに彼女は驚くほど快適な毎日を送っていた。
2週間前の朝にした「明日からは広いリビングで過ごさせ拘束も最小限にする」という約束を、タナベはしっかりと守った。会社から帰ってくるとその夜のうちに家の中のあらゆるところに南京錠を取り付け、翌日から彼女にある程度の自由を与えたのである。
両手両足を縛っていた手ぬぐいを外してもらえたのは、本当にありがたかった。一日の大半を無理なポーズで過ごすと、それだけで体中の生気が奪われ何もする気がしなくなってしまう。夜がきてようやく体が自由になっても、肩凝りが慢性化しているせいで鬱々とした気分になるのだ。体は疲れているのになかなか眠れない。覚悟はしていたつもりだったが、拘束されるのがこれほど辛いものだとは思ってもみなかった。
不思議なもので、あれほどキモくて卑劣なロリコン男だと思っていたはずなのに、温かい食事を食べさせてくれ、体を自由にしてくれた途端、「もしかしたらそう悪い人じゃないのかもしれない」という思いがわいてくる。
しかし、まゆりはそんな思いを振り払うかのように、相変わらずの無口でクールな態度を押し通した。にこやかに会話を交わすうちにこのロリコン男と親密になってしまったらどうしようという気持ちももちろんあったが、一番の理由はやっぱり自分の利益だ。
――あの男を手玉にとって快適な監禁ライフを手に入れたかったら、甘い顔を見せないこと。ポイントはアメとムチ……そうよね、藤原さん。
元々礼儀正しい優等生の彼女にとって、優しく接してくれる相手に無愛想な態度をとるのはなかなか難しいことだったが、藤原の忠告を思い出して必死に冷たく振舞った。
――使える駒は最大限に利用しなきゃ。そう、これは勝負なんだもの……。
ハンガーストライキをしていた頃のまま、必要なこと以外はなるべく喋らず、常に悲しそうな顔でうつむいているように心がける。そして自分の願いを聞き入れてくれたときだけ、はにかむような笑顔を見せてこう言うのである。「ありがとう、おじさま」
するとタナベは、面白いように機嫌をとってくるようになった。
体調はどう? 欲しいものはない? アリスの好きなものを教えてくれよ……。
娘ほどの年の少女を喜ばせるために一生懸命下手に出る姿は、オシッコを我慢して泣きそうになっているまゆりをニヤニヤしながら眺めていた鬼畜と同じ人間とは思えない。
ウブな18歳の高校生とはいえまゆりも女である。大の男が自分の言動に一喜一憂するのを見ていると、次第に楽しくなってきた。「自分にも男を翻弄させるだけの価値があるのだ」と思うと、いけないことだと思いながらも心が浮き立つのを抑えきれなかった。
そうしているうちに、まゆりの生活はどんどん改善されていった。初めて2人で食卓を囲んだあの朝以来、タナベは事あるごとに交換条件を出すようになったからだ。
トイレについて行かない代わりにきちんとご飯を食べる。その交渉がうまくいったことで、何か希望を叶えてやれば自分のいうこともきいてくれると認識したらしい。
“アメとムチ”戦法が功を奏したのか、彼が出す条件は条件ともいえないような他愛もないことだった。タナベがまず最初に口にした交換条件はこうだ。
「これからはアリスが食べたいものを食べられるよう、好みのものを冷蔵庫の中に用意しておくよ。電子レンジがあるから好きなときにあっためて食べるといい。でもその代わり、これからは僕が帰ってきたら毎晩一緒に夕飯を食べてくれないか。なんていうか……アリスとちゃんと会話がしたいんだ」
まゆりはもちろんその条件を受け入れた。一日中誰とも話さず過ごすのは彼女にとっても辛かったから、願ってもないことである。
その日から2人は毎晩少しずつ話をするようになった。明日の昼食は何を用意すればいいかと聞くタナベに、まゆりはピザやパスタなどのイタリアンや甘いものが好きなこと、できれば食事中にも甘いジュースを飲みたいが家では「行儀が悪い」と禁じられていたこと、ほんの少し猫舌気味なことなどをポツリポツリと話した。
どうでもいいような会話だったけれど、タナベは「そうかそうか」と満足そうに聞いていた。
そして次の朝、2人で朝食を食べている時にはこう言った。
「そういえばアリスのその制服、ここに来た時からずっと着たきりスズメだな。気が付かなくてすまなかった、明日にでも新しい着替えを買ってくるよ。下着や靴下も必要だろ?」
冬でほとんど汗をかくことがないとはいえ、確かにまゆりの着ているセーラー服はだいぶシワがよって汚れてきている。おもらししてしまってからは、換えのパンティもないのでノーパンで過ごしていた。
「アリスくらいの女の子はどんなデザインの服が好みなんだ? 好きなブランドだってあるんだろう。会社の帰り道にわりと大きなデパートがあるから、大抵のものは買って帰れる。遠慮しないで言っていいんだよ」
ちょっとイタズラ心を出して、高校生にはなかなか買えないデザイナーズブランドの名前を口にすると、タナベはその日の夜大きな紙袋を抱えて帰ってきた。中には淡い色のワンピースが2着と暖かそうなカーディガンが2枚、それにフリルのついた靴下が入っている。別の袋からはブラとパンティが2組出てきた。もちろん白のレースだ。店員に勧められたものは全部買ったのだろう。さぞかしいい客だったに違いない。
全部合わせたら10万ではきかないだろう洋服の代わりにタナベが求めたのは、まゆりのセーラー服姿をほんの数枚写真に収める、それだけのことだった。
その他にも、毎朝「いってらっしゃい」とにこやかに送り出す代わりに流行りの店のスイーツが与えられ、頬に軽くキスする代わりに暇つぶしのマンガ本が与えられた。
もはや2人は拉致された可哀想な少女と監禁魔ではなく、ギブ&テイクの関係だった。
チーズたっぷりのピザを半分ほど食べたところでふと気づき、テーブルの上のリモコンでテレビをつける。1時半になるとここのところ毎日見ているお昼のメロドラマが始まるのだ。
――あぶないあぶない。忘れるところだったわ。
そう小声でつぶやく様子は、右足についた足枷さえ除けば、もはやお気楽主婦そのままである。
よく見れば部屋の隅に置かれたテレビも、旧型のブラウン管から32インチの最新地デジタイプに変わっていた。そればかりか、今まではなかったHDDレコーダーも一緒に備え付けられている。これらも「夕飯の後、おじさまと一緒に映画が観たい」というまゆりのために購入したものだ。タナベとしては引越し前に大きな電化製品を買うのは避けたかったのだが、そう言われたら断れない。
両親ですらなかなか買ってくれないような高価なものを気前よく次々与えてくれる優しさに、まゆりはだんだん好感を持つようになってきている。ケチで口ばかり上手な富子の恋人達とは比べ物にならない。物を買ってくれることだけが愛情だとは思わないが、そこまでされるとなんだか自分が価値のある人間のような気がして嬉しくなった。
実を言うとタナベはHDDレコーダーと一緒に2人で観るためのAVも何枚か購入していたのだが、それを言い出すチャンスはなかなかなかった。なぜなら、少しでもいやらしい要求を出そうとすると、少女は涙目でうつむいて黙り込んでしまうからだ。
――焦るな焦るな。せっかくアリスも心を開いてくれたんだ、今嫌われたら元も子もない。そのうちきっと仲良くセックスを楽しめる時がくるさ。
この2週間程で、一体いくら使ったか検討もつかない。でもそれも、まゆりの喜ぶ顔を見るためなら安いものだと思えた。20年間の一人暮らしの中で蓄えてきた貯金を、2人で過ごす4月までのわずかな時間のために使い果たしたとしてもかまわなかった。
一方、少女のほうは、男の欲望をかわしつつ欲しいものを手に入れる術が日に日にうまくなっていく。イヤなことは何一つ強要されず、家にいた頃に比べても格段にラクで贅沢な毎日。うまく行き過ぎて怖いくらいだ。
ただ一つ、日中のトイレだけは部屋の隅にある“おまる”でしていた。恥ずかしいけれど、タナベの気持ちもわからないではないから仕方がない。
家の玄関とリビングから玄関に通じるドア、そして雨戸。小心な監禁魔は、この部屋から外界に通じる3つの通路を丈夫な南京錠で塞いでも完全には安心できなかったようで、留守の間に逃げ出したりしないよう、会社に行っている朝8時から夜7時頃までまゆりの右足に足枷を付け、頑丈な鎖でキッチンとリビングの中間にある柱にくくりつけておいた。その柱から半径3メートルほどが、昼の間の彼女の生活範囲である。2年の間ほとんど外に出ずひきこもり生活を送っていたまゆりにとってその状態は特に不自由を感じるものではなかったが、少し離れた場所にあるトイレに鎖を引きちぎって行くことはどうしても不可能だった。
――でも、近いうちにこの鎖も外してくれるはずだわ。
そう確信している。
なぜなら、彼女に対するタナベの溺愛っぷりは本人の目から見ても明らかだったからだ。
「本当は僕もこんなことしたくないんだ」
タナベは毎朝足枷をつけるとき必ずそう言う。
「アリスを悲しませるようなことは一つだってしたくない。でも君が好きだから、万が一にも逃げたりされたくないんだ。い、いや、アリスのことを信じてないわけじゃないけど……とにかくもう少しだけ我慢してくれないか」
いやらしい気持ちから拘束しているのではないという証拠に、おまるの中の排泄物はタナベが帰宅してからまゆり自身が片付けることになっている。その間、彼は部屋の隅で目を閉じて背を向けているのが2人の間のルールだ。
冷凍ピザとミックスジュースでお腹がいっぱいになると、シンクで食器を丁寧に洗いながら少し考えた。
――今のうちに、藤原さんに連絡しておこうかな。でも一作日にも送ったばかりだし、どうしよう……。
あれからも、唯一のブレーンである藤原には監禁生活の様子を記したメールを2〜3日に一度のペースで送っていた。しかし、正直こう思い通りに事が進んでしまうと、特に相談することもないのである。ちなみに前回のメールの話題は、「タナベに借りた『あしたのジョー』がいかに面白いか」だった。生粋のオタクである藤原からはやたら長くて熱い返信がきたが、なにも密通の危険を犯してまでするやりとりではない。それに、タナベが優しく接してくれればくれるほど、藤原に全てを知らせるのはなんだか気がひけた。手紙一つで出てきてしまった家の様子だけは気になったけれど、数日前に藤原から来たメールによると、今のところそれも問題ないようだ。
――いいや、メールはまた明日にしよっと。
まゆりはソファにだらしなく寝っ転がり、楽しそうに『ガラスの仮面』36巻にとりかかった。
(続く)
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