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ケッツに花を咲かせるほど使い込んでいる人は少ないと思いますが、実際には未使用の人でも、直腸脱に苦しんでいる人は思いのほかいるものです。もし、自分のパートナーがそうだったら……。そんなときのために、今回は直腸脱の簡単な治療法の講座です。私がケッツの花についてこのようにこだわるのは、私自身、実は少年時代に直腸脱を体験していて、その快感を身体で覚えているからなのです。
私は小学校時代からお尻の穴に強い関心を持ち、便所に入ると排便後、自分の人差し指で肛門に触れたり、意識して開口し、直腸内に指を挿入して遊ぶ楽しみを知りました。
毎日一回は、否一日に二、三回もそうやって指で直腸の内壁を刺激して快感を得られることを知った私は、段々知恵がついてきて、大きく大きくいきんで開肛させるとケッツの穴が、上の口をアーンと開けるように開くことを知りました。
それからは便所を出てからも、自分の部屋で密かに、母の手鏡を跨いで大きく開口した肛門を眺め、それが腹圧のかけ方次第で大きく開いたり、すぼんで閉じたりすることを知ったのです。
鏡に映すケッツの穴は八重椿の花のように、丸く丸く幾重にも同心円が重畳していて、それを見ながらウンウン強くいきむと、段々に中の粘膜が反転して(裏返って)はみ出そうとしているのがよく分かるのです。
それを見ると「もっともっと剥いてみたい!」という被虐(自分に対する加虐でもある)願望が湧いてくるのです。
蹲踞(しゃがむこと)して股間に手鏡を置き、そこに映った自分のケッツの花を見ながら、両手を背後に回して自分の尻たぶをぐいと左右にこじ開けつつ、ウウム!と大きくいきむと、グリッと手応えがあり、直腸がボコッとまとめて下っていく感じがして、首を曲げて下を覗くと、鏡には何と、今までより大きなほぼ半球型にトマトを二つに切ったのを貼り付けたような、赤い小山が盛り上がっていたのです。
それを見たときの感激は今でも鮮やかに憶えています。今から思えば、これが私の「お尻の旅路」の第一歩だったのです。小学校四年生の頃のことです。私は自分の意志で直腸を脱出させる技術を体得したのです。
先に八重椿のようなと書きましたが、当時(昭和三十年代後半)は日本全国で今のようにバラの花は普及していませんし、牡丹の花もそう身近で見られるものではありませんでしたから、当時の私は八重椿を自然と連想したのです。
さて、ケッツの穴からはみ出し、テニスボールを半分に切って貼り付けたようなトマト色したこの半球の丘、この感動をいかにせん……。
(続く)
10.10.20更新 |
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