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まぼろしの映画公開凍結から5 年を経て、ついに解禁!
盛岡にこだわるミステリー作家・高橋克彦の直木賞作品『緋い記憶』を始め、『遠い記憶』『前世の記憶』の3作品を3人の監督がオール盛岡ロケで演出した、大人のためのオムニバス・ミステリー。2005年の作品完成後、製作会社の諸事情から公開が凍結、幻と化していたオムニバス映画がついに公開!!2011 年1 月8 日(土)より、新宿K’s cinema、横浜ニューテアトルにてロードショー
私は来月で40歳になるが、生まれてからの40年間に起こったことを全て覚えているわけではない。昨日のことのように詳しく話せるエピソードもあれば、まったくなかったことのように綺麗に消えてしまっているものもある。人間は基本的に忘れる生き物で、どんなにキツい体験をしても驚くほどあっさり忘れてしまう。そうしなければ生きていけないからだ。
本作は、そんな曖昧な“記憶”というものをモチーフにしたオムニバス映画だ。2005年に作品が完成したものの、制作会社の諸事情から公開が凍結されていたといういわくつきの作品が、ここへ来てようやく日の目をみることになった。
原作は直木賞作家の高橋克彦。高橋氏自身が岩手県盛岡市に住んでいることもあってか、3話とも都会に住む主人公が盛岡にまつわる記憶を思い出す、というストーリーになっている。
一応ミステリーというくくりになってはいるけれど、東北を舞台にした情感溢れる描写は、ただのミステリーにとどまらない。 原作の面目躍如といったところだろうか。
一話目は、村上淳と麻生祐未が主演の『遠い記憶』。
不安定な母親(吉田日出子)と東京で2人暮らしをしている新進小説家・雄二。彼はある日テレビ局の取材で、子供の頃に住んでいた盛岡を訪れる。
不思議なことに彼には盛岡時代の記憶がほとんどないのだが、現地でガイドを務めてくれることになったミステリアスなバーのママ・世里子と一緒に思い出の場所を巡っているうちに、彼は彼女が子供の頃の自分と深い縁のあった人間だと知る。幼い2人はある秘密を共有していたのだ。そして雄二が盛岡を離れた日のことを思い出したとき、哀しい記憶が明らかになる。
二話目は、ホラータッチの『前世の記憶』。
ヒロインは、父親が若くして自殺したというトラウマを抱える女性・修子(中村美玲)。謎の頭痛に悩まされていた彼女は、恋人の勧めで訪れた精神科で過去の記憶を探る退抗催眠療法を受けることになる。やがて修子は、自分の前世が惨殺事件に巻き込まれて亡くなった盛岡の旧家の息子・明彦だと思い出すのだが、明彦としての記憶をたどるうちに、自分の出生にまつわる恐ろしい事実を知ることになる。
そして三話目は、直木賞受賞作を映像化した『緋い記憶』。
東京でデザイン事務所を経営する山野(香川照之)は、故郷・盛岡から訪ねてきた友人から古い住宅地図を受け取る。当時家族と離れ一人下宿生活をしていた彼には、ある少女とひと夏を過ごした忘れられない思い出があった。しかし彼女の家があったはずの場所は、地図上では「空き地」になっていた。納得できない山野は、数十年ぶりに盛岡を訪れる。
名作『異人たちとの夏』を彷彿とさせる、情感たっぷりの不思議なストーリーだ。こっちに出てくる人たちのほうがより生臭く、人間のエゴみたいなものを持っていて、やるせない気持ちにさせられてしまった。
『オボエテイル』というタイトルにもかかわらず、主人公たちは最初、そんな恐ろしいことがあったことなんて忘れたかのように、大切な人と会話をしたり仕事をしたりして普通に暮らしている。
なんだかんだ言って、人は自分で「オボエテイタイ」と思うことだけを「オボエテイル」ようにできているからだ。嫌なことや辛いことを、自分に都合のいいように捻じ曲げて覚えている人だってたくさんいるだろう。
しかし物語の中の彼らは、心の底にしまいこんでいた悪夢のような記憶を、怨念とか激しい後悔とかいった感情によって半ば無理矢理に思い出させられてしまう。
それは、果たして正しいことなのか。
もし自分だったらと考えると、もちろん嫌なことは思い出したくないというのが正直なところだ。もし、泥酔してゲロ吐いたり知り合いに絡みまくったりしたときのことをまるまる目の前に突きつけられたら……ああ、考えるだけでも寒気がしてくる!
人間の記憶なんて、あやふやでずるくていいかげんなものだ。でも、だからこそ私たちはなんとか毎日をやっていけるのだと思う。
ちなみに個人的な見どころは、一話目の最後に出てくる吉田日出子の形相と、三話目のラストシーンで、すべてを思い出した香川照之が見せる表情だ。特に香川照之の涙目には、エゴの塊と思われても仕方ない中年男を、一瞬にしてピュアな少年に変えるパワーがあった。
文=遠藤遊佐
『オボエテイル』
2011 年1 月8 日(土)より、新宿K’s cinema、横浜ニューテアトルにてロードショー
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