WEBsniper Cinema Review!!
こころの傷に特効薬、ありますか?
カメラがじっと目を凝らす。固く閉ざされていた精神科の扉が開く――。
『選挙』の想田監督が再びタブーに挑んだ観察映画第2弾、待望のDVDリリース!
なので思ったことを一つ一つ書いてみることにしよう。
映画では、「こらーる岡山」に集う患者とその周辺の人々を淡々と映し出している。顔にモザイクをかけないことを条件としているため、登場人物は偏っているかもしれない。
この療養所では、患者同士が自由にコミュニケーションを取れる共用スペースがあり、そこでは雑談に花を咲かせる者もいれば、ただゴロゴロしている者もいる。お菓子を食べ、煙草を吸い、各々自由に過ごしているのだ。彼らは普通に笑い、自らについても堂々と語る。そんな姿からは健常者との明快な違いなどはわからない。彼らから異常性を探し出すほうが難しい。ところが、語られる内容をじっと聞いていると、出口のない絶望に包まれていることが、そこはかとなく伝わってくる。
ある女性は子供を虐待死させた過去を持ち、現在も幻聴に苦しめられているし、またある女性は「足が太いね」と言われたことをきっかけに摂食障害に陥り、今も苦しさの中で生きているという。うつ病のため、死にたくてしょうがないと嘆く人もいるし、統合失調症と40年も付き合っている男性もいる。
彼らはなぜ発病したのか、という問題については触れられていない。医者の解説は出てこず、あくまで当事者の言葉でしか語られないからだ。
精神病はどんな病気か? ついつい分かりやすい説明を期待してしまうが、この映画では患者の言葉から察することしか出来ない。
また患者は、10年20年と病気と付き合っている者が多く、もう若くはなく、見た目にもエネルギーは少なく、観る者に「それでも未来はある」などと楽観的に捉えさせられる要素はほとんどない。
ゆえに答えのない問題を突きつけられたようで、悶々としたものが残るのだ。
彼らは病気に悩まされているし、その症状が辛いこともわかるが、しかしよくよく聞くと、一般的な人間における悩みじゃないか、とも思えてくる不思議さがある。
人間関係に悩んだり、子育てに悩んだり、死にたいと考えたり、というのは誰にでもあることだ。人は狂う生き物だし、ならば精神病患者を特別なものとしてくくることもないじゃないかとも思えてくる。いやいやしかし、彼らは薬で抑えているから普通に見えるだけで、薬を飲まなくなったらたちまち幻聴と会話したりして、あきらかな狂人になるのだろうか、とも思えたりする。つまりこの映画では、本当にごく一部しか写されていないのだ。
精神病という、今もはっきりと解明されていないような病気であるから、それぐらいがちょうどいいのかもしれない。ただ、パンフレットに書いてあるような、「心に追った深い傷はどうしたら癒されるのか、正面から問いかける」ものになっているとは言いがたい。
ところがこれが、特典映像になると違う展開をみせる。内容は主に、医師と監督との対話、映画出演したことに対する患者それぞれの気持ち、各地での舞台挨拶などである。
特筆すべきは、本編に出てきた二人の女性の驚くべき変化だ。当時、彼女たちは丸々と太っており、髪もボサボサで、完全に女を捨てた容貌をしていた。見るからに絶望的で、八方塞がりとしかいいようがない二人だ。しかし特典映像では、驚くほど美人に変化している。体重が減り、伸ばした髪をポニーテールにし、化粧を施している。女はスポットライトを浴びることで、こうもよみがえってしまうのか、と思えるほどその姿は華々しい。また、症状も軽減されたのか、映画撮影当時の自分の心境について実に客観的に語っている。その姿からは、苦難を乗り越えた人間としてのたくましさが感じられるのだ。
また、モザイクなしで映画に出る決心をした、各々の理由についても興味深く語られている。彼らが病気を患ったことでいかに社会的な偏見に怯えているか、どれほど現実的な問題に苦しんでいるか、というのが痛いほどに伝わってくるのだ。
本編を見ることで、答えのない問題にぶつかりモヤモヤした気持ちになることはあるだろう。しかし特典映像を見ることで、少なからずヒントのようなものが見えてくる。両方を見ることで、精神病を取り巻く問題の奥深さが伝わってくるのではないだろうか。
文=東京ゆい
『精神』
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映画『精神』公式サイト
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