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世界が泣いたボンクラ中年ドキュメンタリー
(c) Ross Halfin /ANVIL! THE STORY OF ANVIL

ボンデージファッションに身を包み、電動ディルドオで真っ赤なフライグV(逆V字型のギター)を掻きむしる。カナダのトロントで結成され、メタリカ、スライヤー、アンスラックスといった大物バンドに影響を与えたバンド、アンヴィル。しかし、当の本人達だけは未だスターダムにのし上がる事なく、その存在を忘れられていた……。その後も地元でしがない仕事をしながらなんと20年以上バンドを続けていたリップスとロブ。少年の頃より育んできた友情と絆、彼らを見守る家族やファンの眼差し、そしてうだつのあがらない生活、彼らが報われる日は果たしてやってくるのか……。30年間 夢を諦めなかった男たちの夢と友情を描いた、笑って泣けるウソのような本当のお話!!

TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国にて公開中
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この映画の監督は思春期の80年代、地元イギリスのPUNKイベントにメタルバンドのTシャツを着ていったところ、ボコボコにされたらしい。「僕はおもしろいと思ったのだが、彼らには通じなかった」と言う台詞が泣かせるが、パンクスにさえメタルは嫌われる。思うにメタルというのは最も間抜けな音楽ジャンルじゃないだろうか。死体や悪魔を打ち出すビジュアルに、犯罪行為や悪魔っぽさを競う歌詞。人に嫌われるのがアイデンティティという露悪趣味は、子供じみたという形容詞がぴったりだ。

そんなメタルに命をかけてしまった奴らのドキュメンタリー「ANVIL」。予告編でメンバーの家族とおぼしき女性が言う一言 「終わってるのよ、弟はもうとっくに」。その場面を見た瞬間もういても立ってもいられなくなり、映画館に出かけてきた。

(c)Brent J. Craig/ANVIL! THE STORY OF ANVIL
この映画、まずは次から次へと出てくるメタルファンの顔がすばらしい。みんなぶっちぎりの社会不適応者ばかりだ。たとえば、彼らの50歳おめでとう誕生日ギグに集う中年ファン。ライブに300回行き「俺はANVILに歌も作ってもらった!」と言う男はフライパンで粘度を叩き潰した様な顔だ。そいつがさらに白目になって「俺はイカした悪い犬~」と歌う。おなじみヘルズ・エンジェルスみたいな黒革の男は「一生メタル一筋だ!」と叫び、鼻からビールを飲んで男らしさをアピールする。2人で「6!6!6!」と悪魔の数字を合唱する姿には、彼らの行く末を心配せずにいられないが、その目だけは子供のように輝いている。

彼らをヨーロッパツアーに連れ出す女性もまた凄い。ある日、マネージャーを名乗る女性からE-Mail で送られて来たスケジュール。その豪華な内容に狂喜して会ってみれば、半端じゃない東欧なまりで片言英語を話すメタルファンがそこにいる(やっぱり革ジャン)。そのブッキングはといえば期待通りマンガ級のひどさで、電車には乗り遅れ、車は迷子になり、宿は野宿で、昔パンクスにボコボコにされた監督のごとく、ANVILも現実の厳しさにはボコボコにされる。ついにぶち切れ、最後は泣き出すが、迷子になってかける電話は「あたし達が今いるのはソドムのS!アスのA!」とメタル用語を駆使して勇ましい。

そして世界各地のライブ会場に集まってくる、運命に見捨てられたような人たち。禿げあがった頭を激しくシェイクする中年メタルファンを眺めて、ああいいなあと思う。彼らは大人としては不完全かもしれないが、みんなメタルを心から信じ、思春期の頃そのままにメタル世界に生きている。

もちろん、ANVILこそその筆頭だ。50にもなってファストフード店で「スペインで昔行なわれてたらしい親指で吊るすという異端審問(宗派の違う人間を捕まえ、親指で体を少しづつ吊り上げていく拷問)にインスピレーションを受けたんだ!クールだろ!」と言いながら初期の名曲「親指吊るし」をうれしそうに披露する2人には爆笑させられる。だが、やがて彼らの家族が登場してくるとそれも苦いものに変わる。

たとえば1人メタル世界に住むリップスを「諦めるのはつらかった」と語る年老いた母。「大事な弟だから成功してほしい。いつかは……」と涙ぐむ姉。「駄目だと分かったら前を向くべきだわ、でも……」と夫と家族の間で悩む妻。

(c)Brent J. Craig/ANVIL! THE STORY OF ANVIL
「いい加減目を覚ませ!」と言ったら粉々に砕け散ってしまいそうなリップスを前にして、見ているほうもどうしたらいいか分からない。みな彼を愛するが故に傷つき、苦しんでいる。こうなるとメタルへの愛もなんだか不治の病に見えてくる。唯一の救いはリップスそっくりの息子だろうか。狭い裏庭で2人がバドミントンしているシーンは、彼が唯一家族を幸せにしてあげられる瞬間だ。

彼らが運命を変えようと奮闘したヨーロッパツアーも結局失敗のまま終わる。だが、映画はそこでまだ半分。ツアーが終われば以前と同じ、給食配達や解体工事で糊口をしのぐ日々が始まり、彼らの奮闘は続く。追う夢に比例して、本人達はとても小さく見える。運命に見捨てられながらも、故郷のトロントからデモテープを送る彼らはどこまでも健気だ。家族は敗残者同然の2人を見守り、半ば諦め、苦しんでいる。こうした描写を見ている内に、これはかなり真っ当な人生についてのドキュメンタリーだと気づくはずだ。彼らが戦っている相手は人生そのもの。そしてこの映画にはそれに対抗する唯一の手段、愛が溢れている。メタルへの愛、家族からの愛、そして幼い頃からバンドを組んできた友への愛。後半、ストレスが限界に達し、ついに最後の砦である友情までもが崩壊の危機に立たされる。それを救うリップスの魂の叫び、そのあまりに正直な言葉についに涙が流れた。

映画の最後には文字通りとんでもない、一瞬なんの映画を見に来たのか分からなくなるほどとんでもないオチが彼らを待っている。だがなんと言っても、それを経てリップスが最後に語る台詞がすばらしい。彼らはメタルという最も間抜けな音楽を信じ続け、ついに「世界と関係する事それ自体が人生だ」というひとつの真理に到達するのだ。愛をかたくなに手放さなかった彼ら。この映画には人生がある。キャリアプランなんかじゃ計りきれない、この人生は本物なのだ。

文=ターHELL 穴トミヤ

『アンヴィル! 夢を諦めきれない男たち』
TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国にて公開中
(c)Brent J. Craig/ANVIL! THE STORY OF ANVIL

原題=Anvil! The Story of Anvil
監督=サーシャ・ガバシ
製作国=アメリカ
製作年=2009年

キャスト=
スティーブ・リップス・クドロー、ロブ・ライナー、ラーズ・ウルリッヒ、レミー、スラッシュ

配給=アップリンク


関連リンク

映画「アンヴィル! 夢を諦めきれない男たち」公式サイト

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ターHELL 穴トミヤ  ライター。マイノリティー・リポーター。ヒーマニスト。PARTYでPARTY中に新聞を出してしまう「フロアー新聞」編集部を主催(1人)。他にミニコミ「気刊 ソーサー」を制作しつつヒーマニティー溢れる毎日を送っている。 http://sites.google.com/site/tahellanatomiya/
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