WEBsniper Cinema Review!!
歪みはじめる、僕らの日常――吉田修一の同名小説『パレード』を映画化!!
「嫌なら出てくしかなくて、居たければ笑ってればいい」
。都内のマンションに暮らす男女4人の若者達。映画会社勤務の直輝、イラストレーターの未来、フリーターの琴美、大学生の良介。それぞれが不安や焦燥感を抱えながらも、“本当の自分”を装うことで優しく怠惰に続く共同生活。そこに男娼のサトルが加わり、町では女性を狙った暴行事件が連続して起こり始めた。彼らに待ちうける、衝撃の結末とは――。2010年2月20日(土)渋谷シネクイント、新宿バルト9ほか全国ロードショー!
映画は都内のマンションが舞台。マンションというより、団地のようなその一室は90年代の「東京」を切り取ったような、居心地のよさそうなたぶん新婚用の部屋で、そこに4人の若者がルームシェアをして住んでいる。適度に陽が射す暖かさ、そして適度に奥まっている落ち着き。この理想郷は1人頭家賃4万くらい、4人で月16万くらいだろうか?
住んでいるのは、童貞風の島根から上京して来た男子大学生、杉本良介(小出恵介)。言葉数は少ないがアドバイスは的確な会社員、伊原直輝(藤原竜也)。デート以外の日は1日中家でゴロゴロして化粧している無職、大河内琴美(貫地谷しほり)。そしてオカマバーでくだをまくのが日課になっている、姉御肌の自称・イラストレーター、相馬未来(香里奈)。
彼らは別段つき合っている訳でもなく、ただ家賃を折半するために、そしてなんとなく居心地がいいからそこに住んでいる。
このまま映画が進めばそれこそ青春モノなのだが、冒頭から流れる「女性を狙った連続暴力事件」のニュースが、劇中ずっと不気味な影となってまとわりついて来る。事件はマンションのすぐ近くで起き、犯人は不明のままだ。
で、まあ4人に話を戻すと、これが揃いも揃ってコミュニケーション能力が高い人たちで、「あー健全だなー」とため息が出る程の会話を冒頭から見せてくれる。このコミュニケーション能力の高さはもう芸になっていて、この映画の見所の1つだ。特に大学生役の小出くんの演技は凄い。あーなんてカジュアルなコミュケーション能力の発露だ! 嗚呼!と観ていて身悶えしてしまう。
思うにここまで、「まっとう」なのはみんな自分のキャラを見つけてそれに従っているからで、彼らには迷いがない。たとえば、ある時琴美は「3Pしちゃうんじゃないの?」とニヤニヤしながら、サラッと言う。こちらなどそれだけでもうドキッ!としてしまうが、それは琴美キャラで言えば許容されるし、生々しくないカジュアルなものだ。そして男性陣も「よし! 今の発言を後で反芻してオナニーしよう!」というような素振りは微塵もなく、だからこそ男2人女2人のルームシェアであってもそこにセックスを微塵も感じさせない、今風のルームシェアが成り立っている。
会社員の直樹は、朝起きて部屋に誰か知らない奴がいきなりいたら「誰だお前」と直球で聞くことができるし、大学生の良介は「俺その言葉に真実味を感じない」と、若さを発揮してびしっと言う。それぞれの場面で、キャラがある彼らは、てらいなく、必要なことを、必要なタイミングで言う。その場に澱みは生まれず、コミュニケーションはいつも円滑だ。
周りに人がいない時、彼らのキャラはオフになる。劇中、直輝は「ユニバースとマルチバースって知ってる?」と未来に話しかける。ユニバースは宇宙、マルチバースは多宇宙だ。「たった1人の『真実のA君』なんて人間はこの世に存在しない。1人1人の知ってる『それぞれの中のA君』がいるだけなんだ」と話は続く。これは人とコミュニケーションするための人格、キャラを使う彼らのもう1つの気づかざる哲学だ。これはこれで1つの考え方かな。と思うが、なんだか少し怖くもある。それをもう一歩進めれば、「誰も知らない自分は、この世に存在しないのだ」とも言えるからだ。
そんな存在しない姿を、映画は1人ずつ特集していく。小出恵介扮する、杉本良介の場合……。貫地谷しほり扮する、大河内琴美の場合……。カメラはオフになる瞬間と、その後を少しずつ見せていく。観客はいわば覗き見をしていく訳で、これは現代の若者を追うサスペンスだ。人が1人になったとき無意識にしている行動、そこには確かに自分さえも居ない不気味さがある。
そしてある日、サトル(林遣都)がいつの間にか輪の中にいる。パチンコ屋で座っている彼の、今すぐどこにでも行けるような、世界全体が自分の家のような傍若無人さは「自由」で「若く」てすごくいい。同時にサトルはコケティッシュで狡猾だ。
愛くるしい顔で甘えたり、甘えさせたり、気づかないふりをしたりして、彼は4人の中に根を張っていく。それは「仲よくなって寝床を手に入れる」という習性をもった野生動物のような、生存本能に根ざした人懐っこさに見える。その裏に時々透ける、他人に対する嫌悪感や凶暴さが不気味でいい。
そんな彼の「誰にも見られない姿」もやがて、登場人物の1人の特集の中で明らかになっていく。
1人1人の世界と、連続する暴行事件。近づきそうでいつまでもはっきりとしない2つのサスペンスが最後、「うわー! そうだったのかー!」と解決して終わりなら、これは普通の映画だ。しかしこの作品にはさらにその奥の深淵が待っている。
ラストに戦慄したのは、そこに「こんな人間に出会ったらどうしよう」という恐怖よりも「実は俺もこうなんじゃないか」という恐怖があったからだ。無意識が表に出て来た時の強烈さ、この恐怖はゾッとしたまま自分の体の中に巣くってしばらく離れない。
文=ターHELL 穴トミヤ
『パレード』
2010年2月20日(土)渋谷シネクイント、新宿バルト9ほか全国ロードショー!
関連リンク
映画『パレード』公式サイト
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