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(c)2010 ブルーローズ・シネマ・パートナーズ

WEBsniper Cinema Review!!
アラフォーおひとりさまが人生で求めるのは昔の自分? 子供? それともオリンピック出場?
主人公“倉内美和"は、かつてオリンピック出場を目指すフィギアスケーターだった。有力な選手として将来を嘱望されていた彼女だったが、大会直前に失踪。現在はプロのショーフィギアスケーター及びインストラクター・コーチとして暮らしている。そんな彼女のもとにある日突然1人の女の子がやってくる。彼女は昔の恋人が別の女性との間にもうけた子供だった。同じ頃、職場でも40歳という年齢を前にしていつのまにか居場がなくなっていく。女としてもスケーターとしてもアイデンティティが揺らいでいく中、彼女はあるきっかけをもとに再びオリンピックを目指すことを決意する――。主役は実在の最年長プロスケーター西田美和。他にも安藤美姫選手、荒川静香、伊藤みどりなどトップスケーター達が出演した、本格フィギュアムービー。

2010年2月6日(土)、新宿K’s cinema他、全国順次ロードショー!
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こいつはひでー映画だ! 標語みたいな台詞! そしてミュージックビデオみたいな編集! 突然死んだり難病になる登場人物! そして定期的になぜか英語でインサートされるナレーション! なんというか観ていて、ずっとプレステのゲームのオープニング画面に閉じ込められているような気分になる。しかしこれが嫌なのかというとそうでもない。ここまで人工的、記号的な世界をずっと観ているのはひとつの超現実体験だ。画面も人物も薄皮一枚隔てたように妙に現実感がなく、音の浮遊感と相まって「もしかしてこれは、スケートリンクで転倒して意識不明の女性が見ている走馬灯なのでは?」または「麻薬患者が見ている夢の中なのでは?」と思えてくる。個人的には昔サンリオSF文庫で読んだ「ヘロイン中毒者が車で人を次々と轢いていくがなぜか奇妙に現実感がない」というアンナ・カヴァンの短編『霧』(『ジュリアとバズーカ』に収録)を思い出した。

この映画では、主演を現役プロの西田美和が演じているのを始め、そのライバル役に同じくプロの村主千香、解説者役に日本男子フィギア界のパイオニア佐野稔が出演するなど、本格的な布陣でフィギアスケートの世界を描き出している。男なら誰しも思春期に冬季オリンピックならフィギアスケート、夏期なら新体操をこっそり録画してオナニー用テープを作ったことがあると思う。この映画は「そろそろそんなのは卒業して、ちゃんと競技としてみてみようかな」という気分にぴったりの映画だ。私も遅ればせながら「なるほど、フィギアってのは、一度失敗して転んだ難しい技をそこで潰されずに、もう一度繰り出して成功させるのが一番凄いんだ!」と気づかされた。
さらには友情出演で荒川静香、安藤美姫選手、伊藤みどりといったスター選手が出ているのも見所だ。

(c)2010 ブルーローズ・シネマ・パートナーズ

主人公は元オリンピック出場を目指すフィギアスケーターだったが、選考大会直前に失踪。現在はショーで演技するプロ・フィギアスケーター兼、インストラクター、コーチとして暮らしてしている。冒頭出てくる彼女はネイルもバッチリで、ベンツで仕事場に乗り付け、颯爽とリンクに乗り込む輝ける独身女性だ。仕事帰りには閉店後のブティックでお買い物、飯はもちろんワインにパスタ(ご飯や味噌汁は絶対に出てこない)、マンションも立派で「いいなー、給料いいんだろうな」と思いながら観ていた。

この映画の1つの見所は、そんな彼女と周囲の女性達の軋轢だ。オリンピック出場を目指す彼女の直接のライバルとなる若い選手は超毒舌で、ことあるごとに彼女に当てこする。生徒の母親はいちいち口出ししてくるし、イメージビデオ作成の為に来た女子高生アイドルとの「かわいいね」「えーそんなことーないですよー」という会話も、そこはかとないギスギス感が漂っていて勉強になった。さらに年下の同僚達との戦いや、そんなフィギア界をなぜかネイティブ発音の英語とアラブ語で伝える国際派女性レポーター。主人公自身のキツさも含め、女性濃度の高いフィギア界は気を抜けば即自然淘汰のサファリ・パーク的緊迫感に満ちている。

映画の中盤、1人の少女がスケート場にやって来たのを境に主人公の生活は変わり始める。成り行き上その少女を連れ帰り、母親役を押し付けられてしまう主人公。さらには同じ頃「全体の若返りを図ろうと思うから」という理由で職場も解雇されてしまう。彼女は40にして拠り所を失い、フィギアスケーターとしても、気ままな独身女性としても宙ぶらりんになってしまうのだ。そんな彼女が「自分に一番大切なものは何か」をもう一度見つめ直し再起をかけてそれを追い求める、というのがこの映画の後半のテーマになっている。

(c)2010 ブルーローズ・シネマ・パートナーズ

途中、主人公が安藤美姫選手とスケートをするシーンがあるのだが、ここだけは仮想現実の世界から目覚め、フィギアは本物の芸術なんだと思わせる説得力に満ちていた。というのはカメラが、安藤美姫選手を正面に捉えたまま一緒に滑っているのだが、そうすると観ていて「ああ! 僕はいま安藤美姫ちゃんと一緒に滑っているんだ!」とフィギアスケートを内側から眺めているような気分になれるのだ。目の前でこちらを見つめる安藤美姫ちゃん。後ろの景色はめまぐるしく流れ、美姫ちゃんは微笑んでいる。それほど力を入れないスケート演技は、かえってフィギアの本質的な美しさを際立たせていたように思う。女性が何気なく日常で見せる美しい瞬間、そんなはっとするような美しさや、過ぎ去っていく人生のはかなさまで映っていた。
このペア目線は実際の試合でもぜひやったら良いんじゃないだろうか。フィギアの特等席はペアの視点だ(美姫ちゃんのシーンで確信)。F1の車載カメラみたいに、フィギアもペアで踊る時は選手の頭に互いに相手を映すCCDカメラを付けたらどうだろう。めまぐるしい動きの中、2人の視線が合う瞬間が是非見たい。ぶつかって危ないか。

この映画、なぜかさかなクンも出演していて、さらには女性レポーター役の重信メイが後から気づいたら日本赤軍・重信房子の娘(アラブ語も納得)だったり、篠山紀信の息子が出ていたり、スケーター以外の出演陣も中々濃くて良かった。数少ない男性出演者の中では、フィギア・マニア役を演じていた加藤賢崇がイチオシだ。登場した時にはただの食堂のクレーマーなのだが、映画が進むにつれしっとりフィギアの歴史を語りだし、終いにはその食堂の美人店長と2人でフィギアの試合を観戦する(デート!)という大出世を遂げている。
主人公はひさしぶりの練習で何度も転倒する。ところが観てるうち、転倒こそフィギアの本質だと気づく。そう気づかされた今では2006年のトリノ五輪、2008年全日本での安藤美姫選手の転倒を始め、実際の試合でも転倒が違って見えてくる。今年もバンクーバーで開催される冬季五輪、この映画を観て「フィギアで本当に凄いのはね……」と加藤賢崇ばりに渋いオタクになっておくのも良いかもしれない。


文=ターHELL 穴トミヤ

『COACH コーチ 40歳のフィギュアスケーター』
2010年2月6日(土)、新宿K’s cinema他、全国順次ロードショー!
(c)2010 ブルーローズ・シネマ・パートナーズ
監督=室希太郎
製作=ブルーローズ・シネマ・パートナーズ
出演=西田美和/小松崎夕楠/時東ぁみ/金子昇/平泉成

配給・宣伝=アステア

2010年|日本|カラー|ビスタサイズ|DTSステレオ|108分|

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映画『COACH コーチ 40歳のフィギュアスケーター』公式サイト

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ターHELL 穴トミヤ  ライター。マイノリティー・リポーター。ヒーマニスト。PARTYでPARTY中に新聞を出してしまう「フロアー新聞」編集部を主催(1人)。他にミニコミ「気刊 ソーサー」を制作しつつヒーマニティー溢れる毎日を送っている。 http://sites.google.com/site/tahellanatomiya/
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