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(c)2009 Cine Bazar

WEB SNIPER Cinema Review!!
どん底の世界から、ほんの少しだけ浮上する、「愛」と「希望」の物語
知的障害を持つ実生とその兄の幹生、そして性欲処理ができない実生のために呼んだデリヘル嬢のマリン。3人はやがて奇妙な共同生活を始めるが、地下アイドルとしても活動するマリンを取材するドキュメンタリー作家の登場でささやかな日々が揺り動かされる。社会の片隅で生きる者たちの必死な姿を描き、国内外の映画祭で注目を集めた人間ドラマ。

10月8日(金)までポレポレ東中野にてレイトショー中、他全国順次公開!
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なんでこんな暗い映画をわざわざ観に来てしまったんだろうと思う。しかしオチは最高だ。フム、この映画は若松孝二監督の元で15年前、便所掃除から映画修行を始めたという白石監督の初長編作。撮影10日、総額300万で撮られた作品だ。

ストーリーは2人の兄弟と、デリヘル嬢を核に進んでいく。主人公幹生は高層マンションを電話セールスする(たぶん20代の)サラリーマン。自宅は日本中どこにでもありそうな家族用の中層アパートで、まずこの風景が辛かった。
東京に広がる下町でも近未来でもない、不動産会社と広告代理店とチェーン店と土建会社が作った景色。白いペンキの中層アパートと、それを囲む同じようなアパート。駐車場、電柱、国道、金網、そして遠くのほうで唐突に飛び出している高層マンション。コンビニのビニール袋と自動販売機の生活感。こんなもの毎日ゲッソリしながら見てるんだから、映画館の中に入ってまでもう1秒たりとも観たくない。そんな景色の中、同居する知的障害者の兄、実生とのストーリーが続く。

この兄は、過去に近所の小学生を襲った過去を持っていて、幹生はそのトラウマから彼を家に閉じ込めて暮らしている。電話セールスも芳しくなく、自己啓発じみたスローガンが貼られたオフィス内で上司に叱責された後、帰宅すると部屋中にクレヨンで落書きをしている兄実生がいる。オフィスの雰囲気や、その後の先輩の愚痴を聞かされる飲み屋がまたなんともリアルで、会社でも家でも心休まることのない幹生のストレスを、観客もまたじっくり追体験できる。

幹生は兄の性欲を処理するため、デリヘルを利用しているのだが、そこにある日やって来るのがマリンだ。やがて3人は奇妙な共同生活を始めるようになる。彼女は地下アイドルをやっていて、将来は貯めたお金で無人島を買うという夢を持っている。地下アイドルというのは事務所に所属しないインディーズのアイドルのことだが、この映画のマリンはファンらしいファンもおらず、いわば自称アイドルに近い存在だ。
そこに地下アイドルとしてマリンを取材していたドキュメンタリー作家が絡んでくる。映画は、「どうしようもない」という思いや日々の生活に絡みとられた主人公と、そこにやって来るフィクションに住む女、そして他人の人生を収奪して糧を得る男が三つどもえとなって終局に向かっていく。


(c)2009 Cine Bazar


ストーリーの狙いとしては、兄の存在からひたすら逃れたい主人公が否応なく、兄、そして兄と過ごした自分の人生観と対峙して行くというところにあるのだろうが、俺はわざわざそんな問題解決したくない。どうせ映画館に行くならもっと幸福で楽しい、『初体験/リッジモント・ハイ 』とか『アメリカン・パイ』みたいな映画を観たい…。

ただ、映画というのはストーリーを追うだけではなくたとえばすごい美しい画面が出てくるとか、美しい音楽が聴けるとか、そういう楽しみもある。この映画のいいところは、マリンの存在感と、ドキュメンタリー作家の不快さだ。
特に、マリン役の内田慈の演技は素晴らしかった。まず登場した時の「マリンでーす」という上がっている時の声から、「じゃあ金払えよ」という時の下がっている声まで、初めて見るのに「こういう女性、いるに違いない!」と思わせる説得力に満ちていた。語る夢の荒唐無稽さと、その金の集め方のえぐさが同居したマリンという女性の振れ幅は、観ていてそれだけで楽しい。
対して、ドキュメンタリー作家の不快さも効いている。もう顔からして嫌らしさが噴出した、いかにもいそうな業界人。どこまでも不快な彼は、しかし同時にプロでもあって、着目点は的確だ。最も嫌な形で日本社会を擬人化した彼の性格と演技は、マリンとまったく逆の方向でやはりこの映画の質感を高めている。

知的障害者を演じるのは難しいとは思うが、兄実生の演技は「知的障害者を演じる普通の人」を観るようで、居心地が悪くなってしまった。目の焦点が合わず、服装・格好がこぎれいで、落ち着かず、時々大声を出して、亀を飼っている。それだけでは、知的障害者を演出するのに十分でないようだ。なんだか冗談にしかみえず、実生が出てくるたび醒めていく心と戦わなければならなかった。

しかし何と言っても、この映画はオチがいい。あの展開でやっと!ついに!作中延々と続く、うんざりする見慣れたトーキョーの日常を突き抜けたフィクション空間にこの映画は飛び出した。爆笑するもよし。やったぜ!と拳を突き上げるもよし。さすが若松プロで修行しただけある、60年代やけっぱちの突破力があそこには宿っていた。あの無茶な展開一発でこの映画はたしかに特別な作品になっている。

映画館を出て、やっと気持ちが軽くなる。映画館は大抵繁華街にあるし、少なくとも住宅街とは違う風景だ。逆に市民会館とかでこの映画を観たら辛いだろうなあと思う。今観て来たのと同じ風景と生活感がまた目の前に現われる。観終わった後、喫茶店でコーヒーを飲みながら、現実のほうがよっぽど幸せに見えてホッとした。

文=ターHELL穴トミヤ

『ロストパラダイス・イン・トーキョー』
10月8日(金)までポレポレ東中野にてレイトショー中、他全国順次公開!
(c)2009 Cine Bazar
監督・脚本=白石和彌
脚本=高橋泉、白石和彌
出演= 小林且弥、内田慈、ウダタカキ、奥田瑛二

配給=SPOTTED PRODUCTIONS

2009年|115分|日本映画|

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映画『ロストパラダイス・イン・トーキョー』オフィシャルサイト

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ターHELL 穴トミヤ  ライター。マイノリティー・リポーター。ヒーマニスト。PARTYでPARTY中に新聞を出してしまう「フロアー新聞」編集部を主催(1人)。他にミニコミ「気刊 ソーサー」を制作しつつヒーマニティー溢れる毎日を送っている。 http://sites.google.com/site/tahellanatomiya/
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