WEB SNIPER Cinema Review!!
阿川佐和子原作の同名小説を『イキガミ』の瀧本智行監督が映画化
独身で35歳のルイは、なくなった母親代わりに自分を育ててくれた叔母のトバちゃんが突然嫁いだことで一人ぼっちになってしまう。そんなルイの家に怪しい初老男性のトニーさん、笑顔を絶やさない青年・康介が転がり込んで、奇妙な共同生活が始まった……。主演の坂井真紀だけでなく、脇を固める俳優たちの演じるキャラクターも楽しいファンタジックな人間ドラマ。10月2日、シネスイッチ銀座、新宿ピカデリー他全国ロードショー!
築90年の古きよき洋館に住む、主人公ルイ(坂井真紀)。両親を知らない彼女は、母親代わりの伯母トバちゃんと、もう30年以上も2人暮らしを続けている。ところがある日、そのトバちゃんが突然結婚すると言い出し家を出て行ってしまった。1人きりとなったルイの元に尋ねてくる、身元不詳の自称・画家トニーさん。彼は紳士的かつ強引な方法で勝手に家に住み始め、さらにはいつもへらへら笑っている草食系イケメン青年コースケまで引っ張り込んでしまう。始めは戸惑うルイも、いつしか3人の奇妙にバランスを保った生活に馴染んできた。しかし、ある日トバちゃんが帰ってくるという話を聞いたトニーさんは急に落ち着かなくなり…。
素敵な家は確保して(実家=持ち家です!)、仕事は一人静かにこなせる図書館司書(多分、定時終わりです!)。そこに掃除洗濯、料理もできてアロハの似合う歳上男性と、年頃の爽やかイケメンが押し掛けてくる……。どこの独身女の妄想だ!と言いたくなるが、妄想に浸るのは気持ちいい。俺だって「社会不適合者の主人公が、運命の出会いを経て秘められた才能を開花! ついには大スターに!(大体90分で終了)」みたいな映画ばっか観て喜んでるんだから(『テネイシャスD』とか)、ここはお互い言いっこなしだ。
原作の阿川佐和子は、ニュースキャスターを経て、現在はTVタックルでいつも独身ネタをふられる「ミスお一人様」。上野千鶴子、酒井順子と並ぶ「独身三天王(4人も思い浮かばなかった)」の一人が作り上げた「スープ・オペラ」の世界は、まさに独身女性のツボを押さえた特別調合になっている。
という訳で「ああ、これが独身女性の好きな感じなんだ」と納得しながら観ていた本作だが、肉食系に草食系、それにおかま、と独身女性に必要な男は料理と一緒なのだと妙に納得する(肉に野菜にお釜って意味ですよ! ハハハハハ!)。渋い出演陣の演技はどれもさすがの一言で、トニーさんを演じる藤竜也の不穏さは「坂井真紀、ヤられちゃうんじゃないの!」という緊張感に満ちているし、逆に全シーンに渡って笑顔貼り付けっぱなし、全く警戒感を抱かせない西島隆弘も見事。女を煮詰めた様な伯母さん「トバちゃん」を演じる加賀まりこもさすがで、少女のまま年老いた濁り酒のようなドロドロ感を熱演している。
タロットカード占いが当たりまくるおかまのフランス語教師や、禿げ上がり超絶セクハラを繰り出すが、どこかか弱い流行作家、肉食系の女友達に、嶋田久作演じるコースケの上司の編集長と、映画を盛り上げる脇役陣も少女マンガのキャラクターかくやという濃さだ。
ただ、独身女性ノリが次々と繰り出される中、「メリーゴーランド」には、乙女世界との決定的ミゾを感じてしまった。主人公が住んでいる洋館は、出版社でバイトしているコースケが夕方には帰れて、近所に商店街があり、隣に和服のおばあさんが住んでいる。とすればその場所は23区内、「下町かな?」などと思いながら観ていたのだが、ある日ルイが近所を歩いているとそこには、ツタが絡まったメリーゴーランドがあるのだ。そのおかげでロマンチックなシーンが実現できる訳だが、こちらはいきなり夕張にでもワープしたのかと一気に醒めた。しかし「好きなモノが全部詰まってるほうがいい! そんなの全然気にならない!」と女子的にはこれも全然OKなのだろうか。
こういう、ご都合乙女主義はトバちゃんと結婚相手のシーンでも現われる。相手の永田さんは医者で、北海道で往診をしているのだが、その時乗っているのが自転車でしかも2人乗りなのだ。ラブラブなのはいいけど、そんなんで北海道で往診できるのか。北海道だし自転車だし1日3軒くらいしか回れないんじゃないのかそれ! 車に乗れよ!!と思い出しても怒りだしてしまうのだが、やはり「ラブラブだからいい! そんなの全然気にならない!」と女子的には言われてしまうのか……ここら辺、ぜひ実際の意見が聞いてみたいものだ(顔写真と一緒にメールで送って欲しい)。
まあ散々、乙女演出、少女マンガなどと言ってきたが、そんな世界を監督は安易にハッピーエンドにすることもなく、かといってアンハッピーエンドでもない絶妙の場所に着地させる。他人が人生に係ってくるわずらわしさと、自宅に誰もいない人生の寂しさ。巻き込まれて人生が大きく変わっていくルイに、しかしそれでも最後に選択するのは「あなた」ですよ、と続くその選択に男女の差はない。
映画の後半、坂井真紀がトニーさんに一連の騒動の一つの句読点になるような、質問をする場面がある。台詞にすればわずか1行の、一瞬のシーンなのだが、このときの坂井真紀の演技はすばらしかった。その、直球にして、何気ない聞き方といい、透明感に溢れた表情といい、本作で一番印象に残ったのはこの短いシーンの坂井真紀だ。
文=ターHELL穴トミヤ
『スープ・オペラ』
10月2日、シネスイッチ銀座、新宿ピカデリー他全国ロードショー!
関連リンク
映画『スープ・オペラ』公式サイト
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