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WEB SNIPER Cinema Review!!
観る者を魅了する、「スクリーンを突き破る愛の破壊」とは何か――
絶叫しながら身体を弓なりに反らせ、やがて肉体そのものを不気味に変態させていく男と彼を支えようとする妻。とある静かな住宅地で、ドラマは加速度的に不穏さを増していきながら、ジャンルを超えた展開を見せ始める――。『大拳銃』でゆうばり国際ファンタスティック映画祭、ぴあフィルムフェスティバル双方の審査員特別賞を獲得した大畑創が放つ衝撃作。

シアターN渋谷にて公開中!全国順次公開!
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ドイツの批評家ヴァルター・ベンヤミンは「複製技術時代の芸術作品」において、次のように述べている。

「映画のなかで視覚の世界を襲いうるデフォルメや千篇一律さ、変貌や破局の多くは、実際に異常心理や幻覚や夢というかたちで視覚の世界を襲う」
『ベンヤミン・コレクション\x87T』(ちくま学芸文庫)620頁
著者=ヴァルター・ベンヤミン 訳者=久保哲司
発売日=1995年5月 出版社=筑摩書房


映画という芸術は、カメラを初めとする種々の器械装置によって、人間の知覚に大きな変化を与えた。人間の自然な知覚によっては認識することのできない無意識的なものを、映画は表現可能にしたのである。先に引用した一文でベンヤミンが述べているのは、「変貌や破局」といった精神病者の妄想や個人的な夢に過ぎなかったものを、映画は集団的に知覚可能なものに変えたということである。そのため映画は、器械装置や大量生産技術に囲まれて日々生活する大衆の「異常心理」を解放する手段となりうる。

「私たちの知っている酒場や大都市の街路、オフィスや家具つきの部屋、駅や工場は、私たちを絶望的に閉じこめているように思われた。そこに映画がやって来て、この牢獄の世界を十分の一秒のダイナマイトで爆破してしまった」
前掲書、619頁


本作『へんげ』は、まるでベンヤミンの映画論に沿って作られたかのような作品だ。この作品はまさしく「変貌や破局」、そしてそれに伴う「異常心理」を主題とした映画である。着想自体はとてもシンプルで、一言で言えば変身譚である。それ自体は古代ギリシャの時代からある物語のパターンで、珍しいということもないだろう。監督自身もクローネンバーグの『ザ・フライ』が念頭にあったと述べているように、映画史においても変身譚は幾度も描かれてきた。しかしながら、この作品がすごいのは単に「登場人物が変身する」というに尽きない点だ。作品自体のジャンルが二転三転、とにかく「変化」する。わずか54分という短い上映時間でよくもこれだけ贅沢な内容に仕上げたものだ、と感心せざるを得ない。

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しかし、映画とは本来このように贅沢なものだったはずではないだろうか。ホラー映画が恋愛映画に「変化」していけないはずはないし、恋愛映画が特撮映画に「変化」していけないはずもない。そもそも、世界ではじめて映画が作られたときに、ジャンルなどというものがあっただろうか。本作はジャンルのお約束でさえも「ダイナマイト」のように爆破してしまう。

ここでストーリーの概略を示しておこう。舞台は東京の閑静な住宅街。主な登場人物はそこに暮らす若い夫婦である。夫は原因不明の発作に襲われており、身体をしならせ、意味不明の奇声を発する。催眠療法やカウンセリングなど、様々な治療を試みるが、彼の病状は悪化していくばかりである。そしてある晩また、夫が発作を起こす。タンスによじ登って奇声を発する夫。そこで妻は奇妙な光景を目にする。夫の腕が化け物のように「変化」しているのだ。

ここからストーリーは急転直下。完全に化け物へと「変化」した夫は、お祓いのために呼んだ祈祷師を食い殺し、治療のために力を尽くしてくれた同僚を惨殺し……。しかも、驚くべきことに、妻のほうはその行為を止めるどころか、手助けをし始める。男をナンパして家に連れ込み、化け物と化した夫にその男を餌として与える。おいおい、お前は夫を治したかったんじゃないのかよ、とツッコミを入れたくなるところだ。

この点では、たしかにストーリーにはやや性急なところ、破綻したところがあるように思われる。だが、この破綻は次のように考えることで整合性がとれる。夫の「変化」をもたらしたのは、妻ではないだろうか、夫との平穏な日常に飽きた彼女こそがこの展開を欲望したのではないだろうかと。だからこそ彼女は異形の化け物と化した夫を愛し、平気で殺人の手助けをするのである。そうだとすれば、「変化」したのは夫のほうではなく、妻のほうということになる。

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ここではたと気づかされる。彼女が望んだもの、それは私たち観客が映画に望んでいるものと同じなのではないかと。平穏な日常を「ダイナマイト」のごとく爆破してくれる「変貌や破局」。私たちがわざわざ映画館という非日常的な空間に足を運び、暗闇でスクリーンを眺めるという行為をするのは、まさにこれを見たいがためではなかったか。だとすると、本作を通して描かれる妻の「異常心理」は、私たち観客の「異常心理」と同形である。

その上で、特筆すべきはラストシーンだ。ネタバレになるので詳しく語ることは控えるが、ラストシーンにおける「変化」はすごい! ただただ、「すごい」としか言いようがない。妻=観客の「異常心理」を一挙に解放してくれる、荒々しさと清々しさに満ち満ちている。まさしく「ダイナマイト」のようなワンシーンだ。

ジャンルがどんどん「変化」するにもかかわらず、ストーリーがころころ「変化」するにもかかわらず、いや、その「変化」という一点によってこそ映画として成立している。本作を見た後、映画館を出たら都市をぐるりと見回してみよう。きっとそれまでとは違った風景が目に飛び込んでくるはずだ。本作は、私たち観客の心理さえも「変化」させてしまう怪作だ。

文=しねあい

夫婦の愛は、前代未聞のクライマックスへ……
ホラーとしてのジャンルすら破壊される衝撃のラストとは!?


FLV形式 5.16MB 1分57秒

『へんげ』
シアターN渋谷にて公開中!全国順次公開!
(C)2012 OMNI PRODUCTION

監督・脚本・編集= 大畑創
出演= 森田亜紀、相澤一成、信國輝彦

配給=キングレコード
同時上映=『大拳銃』

2011|日本|54分|カラー|ビスタ|デジタル上映

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映画『へんげ』公式サイト!!!

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しねあい  ミクスチャーマガジン『BLACK PAST』編集。映画やアニメに関する論考、小説などを書く傍ら、プログラミングをやったり。
最近の書きものに、「ふつうの言葉で」(『BLACK PAST』)、「あらかじめ運命を定められた子供たち――『とらドラ!』の歴史=物語をめぐって」(『アニメルカ vol.4』)など。
http://blackpast.jp/
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12.03.31更新 | レビュー  >  映画
文=しねあい |