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エロの黄昏 文=永山薫

"sniper" magazine suspend publication.
特別寄稿・「S&Mスナイパー」休刊に寄せて


エロの黄昏

文=永山薫

1979年創刊の月刊誌「S&Mスナイパー」。休刊にあたり、漫画評論家・永山薫さんに、文章を寄せていただきました。
S&Mスナイパー2009年1月号
2009年1月1日発行/ワイレア出版



年寄りの繰り言で恐縮だが、昔は「エロは不況に強い」なんて神話があった。

いや、なんつーか、結局、神話って崩壊するんだよなあ。

『S&Mスナイパー』休刊に関しては、「お前もかっ!?」と言っておこう。


元来、出版物に限らず「エロ」には差別と、それに伴う特権化が付き物だった。差別され、規制され、ゲットーに押し込められると同時に、ゲットー内での生存と自由を、場合によってはゲットーの外の世界以上に許容されてきた。

中でもゲットー内差別の対象ともなりがちなSM、スカトロ、フェチ、ゲイ、ロリコンといった性的マイノリティを市場とする出版物は「異常な一部の人たちのためのガス抜き」として大目に見られてきたようだ。

可視化されざることを条件に存在を許されてきたと言ってもいいし、敢えてマイノリティを刺激して波風立てる必要もないという「事なかれ主義」で救われてきた側面も窺える。

その時代、性的マイノリティにとってはマニア誌が供給する娯楽と情報は「かけがえのないもの」だった。

そんな少数派読者・消費者のニーズに応えてマイノリティ市場を死守することができれば、不況だけならなんとか凌げたかもしれない。

しかし、そうは問屋が卸さなかった。

不景気と歩調を合わせるようにインターネットが普及した。

いや、「海外無修正ポルノがタダで見放題」という情けないモチベーションがネットの普及に何割か貢献した。新しいメディアは常にエロと手を携えてやってくる。

その結果、通常のエロ物件は「かけがえのないもの」ではなくなった。

それでもまだマニア生存の余地はあっただろう。だがすぐに限界が見えてきた。

そもそもインターネットは個人が自力で世間に娯楽と情報を発信できるメディアである。出版や動画制作に比べれば、初期投資は限りなくゼロに近い。極少数の性的マイノリティであっても、自己の嗜好を発信し、コミュニティを形成することができる。

もう十年以上前になるだろうか? 当時はまだ少なかった海外オムツマニアのホームページを発見したら、トップページに「You are not alone」とあって、これには正直感動した。虐げられ、バカにされ、差別され、自己卑下と孤独の渕にいる同士へのメッセージとしてこれほど適切なものはあるまい。

「あんた一人じゃないんだよ」

これは、利潤を考慮しなければならない商業誌には絶対真似のできない台詞だ。

例えばマイノリティの中では一般性もあり、マニア人口も多いSM誌の中に超少数派フェチのページを作ることはできるだろうが、それ以上のきめ細やかな対応はまず無理である。

敢えて言ってしまえば、もはや性的マイノリティはエロ系出版物を必要としていない。マイノリティの需要を復活させるには、個人やネットコミュニティが出来る以上のことを誌面で提供するしかないだろうが、それが出来れば誰も苦労はしない。

その意味でプロに一日の長のある、マニア系エロ漫画は健闘している方だろう。変態総合誌的な『コミックフラミンゴ』(三和出版)が休刊したり、東京三世社の新刊からアブノーマル系が姿を消したとはいえ、ロリコン系では『L.O』(茜新社)が踏ん張り、アンソロジーや単行本では女装美少年、童貞陵辱、獣姦ものが健在だ。まだまだ「かけがえのない」という意識が読者にも作家にも編集部にもあるのだろう。しかし、これもまたプロアマ含むネット掲載や配信、あるいは同人誌が商業の穴を補完していくことになるのは時間の問題だ。


不景気とネットの普及は、商業としての「エロ」を瀬戸際に追いつめつつ、オルタネイティヴなエロの回路を開拓する。

消費者サイドから見れば、これは決して損な話ではない。

だが、長期的に見た場合はどうか? 短期的には海賊版(違法コピーのアップロードやP2Pを含む)と無償のネットコンテンツでエロ需要を支えることが出来るとして、商業エロというコンテンツの畑が枯れ切った時はどうするのか?

こうしたことは「賢い消費者(ネットユーザー)」には考えて欲しいところだ。


商業サイドはどうかというと、長年にわたってエロ業界の片隅で露命を繋いできた身としては申し訳ないがあまり期待は持てない。

まず、業界のみなさんはあんまり考えてこなかったからだ。

表現規制に対する態度を見てもそれはわかる。

例えば、児童ポルノ法の改定問題についても業界としての反応はあまりにも鈍い。個々の編集者が、この問題に関連する記事を掲載したり、漫画家が反対署名運動の呼びかけ人になったりということはあっても、業界団体が、反対なり、慎重な論議を求めるアピールを出したりはしない。

そもそも児童ポルノ法と刑法と青少年条例の区別がついていない人が多すぎる。

児童ポルノ法は実在の児童の人権を守るための法であり、取締の対象となるのはあくまでも実在児童の人権侵害が明白な実写系に限定されていることすらわかっていない。

ちなみに、12月中旬の現状は、単純所持を禁止し、将来的には漫画・アニメ・ゲームといった非実写系の創作物の規制を行なおうとする与党(自民党・公明党)案と、現在の曖昧な「児童ポルノ」の定義を改めて明確化することによって、冤罪や恣意的な法運用に歯止めをかける代わりに罰則を強化しようとする民主党案(骨子)との対立を軸として動いているわけだ。国会がごたごたしているおかげで、結論が出るのは来年になるだろうが、リオデジャネイロ会議(2008年11月25日〜28日に開催された、『第3回児童の性的搾取に反対する世界会議』)で日本の漫画・アニメが問題視されたことを利用する動きもあり、予断を許さない状況が続いている。最悪の場合、年明けの国会でイキナリ的に諸外国にも例のない改悪が断行される可能性もある。漫画・アニメ関係ではかろうじて運動団体もあり、署名運動や情宣活動が行なわれているものの、実写系の動きは見えてこない。オレは実写系エロ雑誌業界や写真家団体については詳しくないので適当なことは言えないのだが、一体どうなっているんだろうか? 漫画やアニメの規制も問題だが、現在の曖昧な基準のまま自民党案に近い線で改訂された場合、芸術だろうがエロ本だろうが、18歳未満のモデルを使った作品や商品を所持しているだけで摘発の対象になる。「ロリの人は大変ですねえ」とか冷笑しているバカもいるようだが、ロリどころか「女子高生モノ」でも「美少年アイドルの上半身裸」でも、取締当局がアウトと判定しようと思えば出来る時代が来る。

もちろんある日突然、全面禁止になって、大量逮捕なんて極端な事態は起こらないだろうが、多くの市民と企業が何時摘発されるかもわからない蔵書や在庫という形での爆弾を抱え込むことになるわけだ。X-Day後、その危険性に気づいた出版社やクリエイターがどうするかといえば、爆弾の廃棄と過剰な自粛という「大人の判断」を下すだけの話だろう。間違いなく貴重な資料が抹殺され、確実にエロチックな内容を含む表現はやせ細る。情けない話だが、オレだって危なそうなブツは処分するだろう。

規制に限ったことではない。不景気に対しても、「ネットの脅威」に対しても、著作権問題に対しても、暴力表現批判に対しても、差別表現問題に対しても、エロ業界の皆さんのみならず、オレを含む出版業界全体が、飯を食うために、家族を路頭に迷わせないために、その場凌ぎのツギハギ細工を続けてきた。そのツケがいよいよ廻ってきたんだと思う。


猛省を込めて言うが、あまりにも無自覚だったのである。

人間がエロい動物である限り、エロを扱うメディアにも未来はある。

雑誌がダメになったって、ネット課金の巧い方法が開発されるかもしれないし、規制の波を食い止めることができるかもしれないし、海賊版とフリーライドを根絶やしにすることができるかもしれないし、細分化された無数の非商業的なミニ・コミュニティが性的マイノリティの受け皿になるかもしれない。

可能性を語ることは常に可能だ。

しかし、無自覚なままでは、たとえ生き残ったとしても、本気でエロい、面白い、斬新な表現は生まれない。痩せた表現が際限なく繰り返され、ツマラナイものだけが満遍なく増殖していくだけの話だ。

心地良い自己卑下とシニカルなニヒリズムの蛸壺に安住するのは勝手だが、そんなものが通用したのは「エロ差別と特権化のシステム」が機能していた時代までだ。

送り手であれ、受け手であれ、自分(たち)が、何を作り、何を楽しみ、何を愛し、何に中毒し、何を主張し、何を嫌ってきたのか? それは商売なのか? 文化芸術なのか? ハードコアとしてのポルノなのか? お色気なのか? 特化された趣向なのか? 雰囲気なのか? そういう青臭い、自分への問いかけが必要なんじゃないかと思う。

文=永山薫


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nagayama.jpg 永山薫 1954年大阪生まれ。近畿大学卒。80年代初期からライター、評論家、作家、編集者として活動。エロ系出版とのかかわりは、ビニ本のコピーや自販機雑誌の怪しい記事を書いたのが始まり。長編評論『エロマンガスタディーズ』(イーストプレス)昼間たかしとの共編著『マンガ論争勃発』(マイクロマガジン社)最近の漫画評論「大江戸ワンダーランドとしての『百日紅』」(『ユリイカ 2008年10月臨時増刊号・総特集※杉浦日向子』青土社)

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