WEB sniper holiday's special contents
2010春の連休特別企画
2010年、春の連休特別企画第2弾は、四日市さんと相馬俊樹さんが、巷で噂のアニメ 「聖痕のクェイサー」に斬り込む! Web上で有料配信されているディレクターズカット版では、TV放送では難しかった過激な描写が目白押しとか。そんな今期アニメ最大の問題作からおっぱいとキリスト教の秘密を探ります!
1:未曾有のおっぱいアニメはロシア正教がテーマ!
2:ロシア正教とカトリックのキリスト教は違うの?
3:おっぱい吸ったら強くなるその秘密とは!?
2:ロシア正教とカトリックのキリスト教は違うの?
3:おっぱい吸ったら強くなるその秘密とは!?
■美術評論家にむりやり「聖痕のクェイサー」を見せてみた
四日市:本日は美術評論家でもある相馬さんに今期の素晴らしいおっぱいアニメ『聖痕のクェイサー』を見ていただきました。聖痕のクェイサーは、ええっと、だいたいおっぱい。十中八九おっぱいなんですが……。おおざっぱに言って「アトス」と「アデプト」という二つの組織が学園に隠された「伝説の聖像」を求めて戦うお話です。「伝説の聖像」をゲトるとなんかすごいことが起こるらしいです。聖遺物みたいなもんかしらね……。で、アトスの人もアデプトの人も「クェイサー」と言う鉄とか黄金とか、元素を操る超能力者で、こいつらは本当に変態で、おっぱいを吸うことによって強くなる。しかもおっぱいが良いおっぱいであればあるほど強くなるみたいです。本当におっぱいです、ありがとうございました。
相馬:おっぱい吸うってテーマをここまで直球でど真ん中にもってきてくれると、むしろ気持ちいいよね。綾波レイやメーテルみたいな母性的キャラクターのおっぱい吸ってあまえたいっていう気持ちは、抗いがたいものかもね。でも妊娠もしてないのに母乳って出るのかな。母乳とは違う液体なのか? 少女たちの強い気持ちや精神力で作り出される魔術的体液というのかな。 まあ、それはおいといて、まじめな話にもっていくと、ロシア正教を主題にしてるのにはちょっと驚きましたね。ロシア正教を中心に持ってきたアニメって他に知ってますか?
四日市:いや、まずロシア正教とその他の変種が区別つきませんし……おっぱいをテーマにしたアニメならたくさん存じておりますが……キリスト教をモチーフにしたものならエヴァとか『アルジェントソーマ』とか。『HELLSING』も該当するかな。
相馬:カトリックを物語の骨格に利用したり、その要素をちりばめたりってことならよくあると思うのですが。まず作中のクェイサーたちが探し求める「伝説の聖像」=「イコン」の探求が話の軸となっている設定。このイコン崇拝そのものがギリシャ正教、ロシア正教(※註1)のものですし、「鉄のクェイサー」であるサーシャの持っている武器はロシア十字ですよね。
四日市:じゃあアトスとかアデプトって厨ニ心を刺激する用語もロシア正教ですか。エヴァですか。
相馬:そうですね。アトスはロシア正教の聖山アトス山(ギリシャ)です。アデプトはロシア正教ではなくて、『ダヴィンチ・コード』などにも出てきて近年ちょっと話題になった秘密結社などでよく使われる修得者(熟達した者、達人)からきてると思います。つまり、ロシア正教を中心にして、その他の宗教やオカルト的要素を混ぜ込んでいるわけです。でも、中心になるのはロシア正教みたい。
四日市:主人公のサーシャはロシア人ですね。でも作中に登場する十字架はだいたい、みんなご存知のオーソドックスな十字架だったような気がするんですが。
相馬:漫画ではちゃんとロシア十字になってたけと思うけど。アニメではそこら辺は適当なのかな……。
■クェイサーのロシア正教度を測ってみる
相馬:ロシア正教、ギリシャ正教ってすごく厳格だし、今でもその信者はこっちが引いちゃうくらい熱心に信仰してるから、彼らがこのアニメを見たら、やっぱり結構怒るとおもうんですけどねえ。
四日市:おっぱいですからね。
相馬:おっぱいでなくて……まず題名の聖痕=スティグマ(※註2)ですが、これはカトリックに固有のもので、ロシア正教にはないんじゃないかな。スティグマを聖なるものとして見るというのは。ただ、このアニメでは聖なる徴(しるし)って程度で使われてるから、題名になってるわりには、それほど深い意味はない。
四日市:主人公の聖痕も、敵の超能力者からつけられた傷痕って程度ですね。興奮して強くなると血が流れるあたりは割と聖痕なのかもしれないけど。
相馬:そう。つまり、『アストロ球団』のボール型聖痕と同じで、なにか神秘的な力の証って程度かな。
四日市:おい! 今すごくわかりやすい例えが出たぞ!!
相馬:他にも、おっぱいを吸うことで得られる力、聖乳をソーマと呼んでいるけど、これはたしかヒンドゥー教の最古の文献『ヴェーダ』に出てくる神話上の秘薬=ドラッグ。これを飲むと、様々な病気が治ったり、修行したヨガ行者なら神に会えるといわれている。まあ、このアニメには、とにかくいろんな宗教的要素や神秘主義的要素が混ざってる。なのに、あくまでも大枠はロシア正教なのね。
四日市:タイトルのクェイサーもロシア正教なんですか。なんかロボットの名前でもいいカッコよさですよね。リアルロボット系。
相馬:これは錬金術士(※註3)って書いてあるから、隠秘主義的なとこからきてるのかな。
四日市:ふーん……錬金術って異端な感じですけどね。
相馬:そう。異端。隠秘主義はエゾテリスムともいうんだけど、大体まあ、オカルティズムっていうことかな。錬金術もグノーシス主義も含む、キリスト教が古来から排除してきたのに、西洋の闇に生き続ける異端・異教的思想。とりあえず、魔術的なものって感じで理解してください。
四日市:秘密結社ですかね。薔薇十字団とか、アレイスター・クローリーとか、フリーメイソンとか……フリーメイソンはちょっと違うか。アレイスター・クローリーは『とある魔術の禁書目録』にも出てきたし、彼の「黄金の夜明け団」は平野耕太『大同人物語』の主人公らのサークル名になってますね。
相馬:オカルト幻想には欠かせないものだね。
四日市:クェイサーではアトスとアデプトの超能力者がイコンを巡って戦うという図式をとってますけど、アトス側の主人公格・サーシャがアデプトを「異端」と呼んだりしてますね。つまりまあ、宗教戦争なのかな。
相馬:最重要の聖母子イコン「サルイ・スー生神女」を巡っての戦いみたい。これを手に入れるとハリストス、つまりキリストの神秘力を手に入れられるのでは。漫画だと、あとで、カトリックや、高野山金剛宗なんてのまで参戦してきて、戦いの図式はめちゃくちゃ複雑になってくる(8巻まで)。
■おっぱいを吸ったら、どうして強くなるの?
四日市:ロシア正教の人が怒るってのは教義の曲解や、別の教義が混じってるから、って感じでおっぱいはどうでもいいんですか? これこそ怒るべきじゃないんですか?
相馬:いや、おっぱいを吸うこと自体はおかしくない。イコン、礼拝用の聖像には、おっぱいを吸うモチーフのものがある(※註4)。マリアからおっぱいをもらうキリストのイメージはロシア正教のイコンにもあるし、カトリックにもある。カトリックだと、たとえばシトー会の指導者聖ベルナールはマリアのおっぱい吸う夢を見たりしてる。
四日市:あ、いいんだこれ。ロシア正教どころか、キリスト教的にも。
相馬:いやいや、でもそれは慈愛の象徴で、エロティックな雰囲気は完全に排されてる。ものすごーく入れ込んでる女性キャラクター、たとえば綾波やメーテルとは、セックスをしたいというより、むしろみんなおっぱいを吸っていやされたい、思いっきりあまえてみたいって思うものでしょ。理想の母親と女性キャラを重ねちゃうわけだ。慈愛っていうのはそういうものなんだよ(多分)。
四日市:ああ、ロリコンとマザコンの複雑な融合はナウシカから紡がれる古の罪ですね……。『聖痕のクェイサー』だとあからさまに喘いだり、ちょっとエロすぎますねえ。ソーマの質、つまりおっぱいによってそれを吸ったクェイサーのステータス補正が変わる設定があるんですが、そのおっぱいの良さ、良いおっぱい度合いは女性の感情の高ぶりに因って左右されるらしい。つまりエロエロなおっぱいを吸うと強くなる。自分で言ってて馬鹿馬鹿しくなってきたけど。
相馬:このアニメの授乳テーマは若干性的なニュアンスも含むエネルギーを与えるということでいうなら、タントラなどのセックス・マジックにむしろ近い気がする。いわば、授乳は少女の射精で、乳は少女の精液に近いかも。そして、彼女らは授乳のエロティックなシステムを精神力でコントロールして、より純度の高い乳を精錬しなければならない。それが、彼女らの役割だ。で、彼女らが純化した最高の乳を飲むから、男たちは超人的なパワーを手に入れられるわけだ。
四日市:ロシア正教的にはやっぱり駄目なんだ。
相馬:授乳する少女たち(マリアたち)には母性的イメージもけっこう重なっているから慈愛っていう要素も含まれてはいるけど、ちょっとエロティックすぎるよね。もっとエロティックな印象を削ぎ落としていかないと、まあ、ロシア正教の授乳のイコンからは程遠いと言わざるをえないだろうね。
■おっぱいの正当化に挑戦しよう!!
四日市:いやでもセックス・マジック、性魔術で強くなれるって言うなら、クェイサーは錬金術師なわけだから、そっち方面には何かしら設定の源流があるんじゃないですか?
相馬:なんでそんなに執着するの(笑)。まあ、ほんとはあまり関係ないかもしれないけど、聖母崇拝と錬金術ってなにか関連あるかなあって考えてた時に、ちょっと思い出したことがあった。ユングによれば、聖母崇拝も錬金術もキリスト教が排除したエロス、つまり肉体の浄化=聖化と復権を重視している。で、欠けたエロス=肉体を取り戻すことによって人間の全一性回復を目指してるってことらしい。だから、そういう観点からなら、このアニメで、マリアのおっぱいを吸うと聖なる力がパワーアップするってのもおかしいってわけじゃないと思う。神なる母のエロスの力、女性原理を取り込むというか。ちょっと無理があるかな。
四日市:すごい! おっぱいが正当化されてきた、ガンバッテ!!
相馬:あと、さっきの「ソーマの質」。少女たちの感情の高まりによって乳の質が変わる、つまり恐怖・憎悪・愛などの感情に影響されるってことなら、よい乳を精錬させるにはピュアな愛が重要ってことだよね。錬金術も、卑金属を貴金属に精錬するには錬金術師の精神も高められていなければならないから、愛じゃないけど、相当に修行を積んだピュアな精神力が必要なわけ。片や聖なる乳を精錬し、片や金属を精錬するって違いはあるけど、そうするためには純化された精神力が必要不可欠。そう考えると、このアニメにおける授乳テーマはよい乳の錬金術的精錬ということになるかもね。
四日市:素晴らしい!!……いや、待てよ。おっぱいを吸うことでキリスト教の排除した肉体を復権させてしまうなら、キリスト教、ロシア正教的には異端じゃないですか!!
相馬:そう。ロシア正教の授乳テーマはエロティックなものではなくて、あくまでも慈愛を象徴するもの。このアニメでは、ロシア正教という中心テーマに、相反する錬金術のテーマを聖母崇拝を媒介にしてくっつけたって感じかな。だから、当然、あなたの言うように矛盾はある。まあ、でも、エンターテインメントとしておもしろいから、よいんじゃないか。マリア(聖母)のおっぱい吸ってエネルギーをもらって、敵と錬金術(本当の錬金術とはかなり違うけど)を使って戦い、ロシア正教の秘宝のイコンを奪い合う。いろんな要素が矛盾を孕みながら混合してるけど、おもしろいし、おっぱいも見られる。いいんじゃないですか!
四日市:相馬さんをおっぱい教に改宗させることには成功したようだが、正当化はできませんでした……。おっぱいの神様、本当にすいませんでした……。
相馬:なんなのこれ(笑)。
構成・文=四日市・相馬俊樹
【註釈】
※註1 ギリシャ正教・ロシア正教
キリスト教は大きく、カトリック、正教(ギリシャ正教、ロシア正教)、プロテスタントの宗派に分かれる。わかりやすくいうと、カトリックとプロテスタントは西方のキリスト教、ギリシャ正教・ロシア正教は東方のキリスト教ということになろうか。
1054年、東方教会の中心コンスタンティノープル教会が「聖霊が父と子に先行する」という西方教会の教義を拒否したことで、キリスト教はギリシャ正教とローマ・カトリックに分裂した。この東方教会が、のちにロシアや東欧の一部にも伝わった。
正教会の司教はみな、ペテロの後継者と見なされ、平等である。また、すべての正教会は共通の信仰をもち、初期キリスト教の教父の著作をより所としている。
キリストやマリアや聖母子などを描いたイコンの礼拝は、正教に特徴的なものである。
※註2 スティグマ(聖痕)
ギリシャ語で「焼印」の意味。磔刑のイエスの傷が手足や額などに現われる、ある種の超常現象。医学的な見地からの解明も進められ、重症のヒステリー症状とされるケースや、自己暗示や意思の力で聖痕を生み出すことができるとする説もあるが、いまだ科学的に解明されつくしたわけではない。
また、スティグマはカトリックに固有の現象である。最初の聖痕者はアッシジの聖フランシスと伝えられている(1224年9月14日)が、その後の聖痕者は圧倒的に女性が多いという。
※註3 錬金術
古より伝えられる、人工的黄金生成の秘術。卑金属に、「賢者(哲学者)の石」と呼ばれる粉末状の謎の物質を使って精錬を繰り返すと金が生まれると信じられた。だが、錬金術を極めた最高の道士たちは、この物質的過程を比喩ととらえ、錬金術の真の目的はいわば魂の精錬、精神を悟りの境地にまで高めることと喝破していたという。
このアニメでは、錬金術は様々な元素を操って武器とすることらしいから、本来の錬金術とはかなり趣を異にする。
※註4 イコン礼拝と授乳の聖母像
イコンとは、正教文化圏で発達した礼拝用の聖像(聖画)である。主にテンペラ画法で描かれ、様式化されている。
これはたんなる絵画とは異なり、天界の存在の正確な写しであるから、たとえば描かれたマリアにはマリアその人と同じ力が秘められているとされる。それゆえ、通常の絵画のように鑑賞して楽しむといったたぐいのものではなく、あくまでも礼拝のためのものである。祈るためだけの、厳かな像なのだ。
趣味で描くなどもってのほか、描く者は心を清め、禁欲を誓ってのぞまねばならない。もちろん、自分の絵の名声のために、サインなどしてはならない。個を捨てて、謙虚な気持ちで制作に没頭しなければならないのである。
イコンを最初に描いた始祖はルカと伝えられている(ルネッサンスくらいまでは、画家はみなルカの弟子と考えられ、たとえばドイツ・ルネサンスの有名な画家ルーカス・クラナッハは「ルカのクラナッハ」を意味する)。このアニメでは、その最初に描かれたイコンを《サルイ・スーの生神女(マリア)》と設定し、それを「神の世界をのぞく永遠の窓」と考え、最重要の秘宝として探求の的にしている。
《サルイ・スーの生神女》は授乳のマリアを描いたものとされている。実際のところ、正教の聖母子のイコンにも授乳のマリアはある。聖母子のイコンは基本型が七種類(エレウサ型、ホデトキリア型、グレコフィルウサ型、ガラクトトロプサ型、ニコポイア型、プラケルニオティッサ型、キリオティッサ型)あって、慈愛の極みを示すとされるエレウサ型の変形には「乳をのむイエス」があり、また、ガラクトトロプサ型(これも深い慈愛を示す)では幼児のイエスの唇がマリアの乳首に近づいている。
関連記事
special issue for happy new year 2010.
2010新春特別企画
四日市 × 相馬俊樹〜対談:ビジュアル系文化に辿る黒き血脈!!