WEB SNIPER Cinema Review!!
ポーランドが誇る女性監督アグニェシュカ・ホランドが放つ衝撃作!!
第二次世界大戦中、ナチスが支配するポーランド。下水修理と空き巣家業で妻子を養う貧しい男ソハは、追われるユダヤ人たちを地下に匿うことを思いつく。最初は金を目当てにしていたソハだが、ユダヤ人たちの窮状を目の当たりにするうち、彼自身も驚く新たな思いが芽生えだして......。アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた、実話が元となった人間ドラマ。9月22日(土)TOHOシネマズ シャンテ ほかにて公開
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このアグニェシカ・ホランドって監督、『秘密の花園』の人じゃないですか! いやーあの映画は大好きですよ、動物と植物が沢山出てきて、そして子どもがかわいくてね。誰にも見つからない自分だけの場所にいるのって安心するよねー、画面全体に太陽の光があふれていて、そうそうあのカギ穴のシーンが......と別の映画に逃避したくなるような、暗い映画だよこれは! これも誰にも見つからない自分だけの場所だけど、バレたら銃殺のうえ、下水道じゃねえか! そして全編にわたり、光がほとんど射さない!(地下だから)。登場人物たちはいつも、身体のどこか一部しか映っていなくて、狭くて、じめじめしていて、動物はいるけどネズミだけ。まさに裏『秘密の花園』状態、暗い! つらい! ナチスが憎い! 光、それすらも彼らにとってはあまりに贅沢な、死を賭して得なければならない贅沢なのだ!
しかし子どもは相変わらずかわいいんですね。『秘密の花園』にいようが、『ソハの地下水道』にいようが、子どもはかわいい。これは一つの、人類の強さじゃないでしょうか。とくにかわいかったのは、下水の皆が暮らしている部屋での日常風景、そこで食事をするためにネズミを下ろすシーン。猫ちゃんどいてという感じでネズミを下ろしている。かわい~!
舞台は現ウクライナ、当時はポーランド領だった「ルヴフ」という都市。主人公はポーランド人下水修理工のソハで、彼によって救われたユダヤ人が2008年に手記『ルヴフの地下水道』(日本版は『ソハの地下水道』として集英社から発売中)という本を発表した。本作の主人公は実在する、これは実話を元にした物語なんですね。
ところがこのソハは、普段から下水道の補修をしつつ空き巣を繰り返している小悪人だった。というのが新しいところで、演じるロベルト・ヴィェンツキェヴィチの顔がいかにもコスい感じでいい味を出してます。
彼がある日下水道で仕事していると、脱出してきたユダヤ人の一団がやってくる。そこでなにを言うかと思えば、この人「かくまってやるから1日500ギルダーの金を払え」とユスっちゃう。ユダヤ人たちはその要求をのみ、ソハは引きかえに下水道を案内、食料などを定期的に運ぶようになります。
しばらくはそのまま過ぎていくんですが、やがてナチスの元に「下水道にユダヤ人がいるようだ」と通報が入る。相方は危ない「ユダヤ人商売」から手を引き、妻にもばれ、ソハの家族も危なくなってくる。そしてついに連絡係から「もう金がつきた」と伝えられて、果たしてソハはどうするのか......。
と話は進んでいくんですがこの映画、主人公がヒーローじゃないというのも新しければ、かくまわれているユダヤ人が浮気してセックスしまくってるのも新しい。ホロコーストものにありがちな、ヒーローとおとなしい犠牲者という役割分担を、この映画はどちらも否定している。そしてエゴをもった人間として描いているんですね。これによって彼らがおかれたレンガで固められたパイプ状の世界、「下水道」という場所の硬さや、さらに一瞬出てくる若いナチス兵の、会話不能な硬直ぶりが際立ってくる。
この映画には2つの解放があって、一つはユダヤ人の下水道からの解放。もう一つは、主人公にとっての、自分をフォースの善サイドに落とす瞬間の解放でした。しかしこれにはワン・クッションがあって、主人公は善への警戒感を怠らない。コレが渋いですね。
劇中ソハは金が尽きたことを打ち明ける男に対して、「これをみんなの前で俺に払え」と自ら金を渡す。そのとき「金をもらわずに、助ける人間だと思われたくない」と言う。コレですよ! 確かに善意があることがバレれば、戦時下で早死にしそうな気配がある。それを白昼にさらすのは、弱点をさらすことになります。
しかしここでソハは、自分の善意を自分自身に対して隠したいという葛藤も抱いている! そこには、自分の中で善意が育ちはじめ、それに食い殺されてしまうことへの恐怖があります。これは生存という基本的なエゴと、自己犠牲という人間の魂の中のナゾの部分の葛藤なんですね。だから主人公にとっての決断。それはナチスが作り出した精神の下水道からの脱出なだけでなく、エゴからの脱出という根本的、宗教的な解放にもなっている。
そこからまた、ナチスの下水捜索が来たり、やりまくってた結果妊娠して大変なことになったり、大雨がふったり、次から次へと危機が襲ってきます。一方地上でもナチスもの映画のあるあるキャラ、「上機嫌なナチ将校」がソハの家庭にやってくる。その前でソハの娘が「かくまっているユダヤ人」のことを口走って空気が凍りつくんですが、娘はすぐにその空気を察知して、機転をきかせて切り抜けるんですね。この年齢にそぐわないような賢さには、同じホロコースト映画、『シンドラーのリスト』を思い出しました。
『シンドラーのリスト』には、密告させるためユダヤ人を殺しはじめた兵士に対し、1人目が殺されるやいなや、その人を犯人として告げる子どもがでてくる。この暗い賢さ! 両者に共通するのは、いわば「ホロコースト、戦争がつくった子どもの賢さ」なんですが、そんな賢さいらないんだよ! 監督は「ホロコーストからはいかなる普遍的な教訓も導きだせない」と述べていますが、失われたこと、負の体験からいくらかでも教訓を得ようとするばかりに、逆説的にそれにいくばくかでも価値を与えてしまう、このワナに落ちることが彼女には許せないんじゃないでしょうか。
「戦争がつくった子どもの賢さ」なんて考えてしまった自分が憎い! これじゃ、「徴兵制も、若者がしっかりするから価値がある」とか言ってる奴と同じじゃないか! そんなことをワタミでお酒を飲みながらふと考えてしまいましたね。。
『ソハの地下水道』で一番いいシーンは、もちろん最後のシーン。地上です。この映画は終わることだけが価値がある。人類は『秘密の花園』という、その人類のスタート地点に戻ってほっとするまでの、暗闇と解放の映画でした。
文=ターHELL穴トミヤ
1943年のナチス政権下のポーランド。
迷路のように張り巡らされた地下水路にユダヤ人をかくまった、
一人の男の真実の物語。
『ソハの地下水道』
9月22日(土)TOHOシネマズ シャンテ ほかにて公開
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映画『ソハの地下水道』公式サイト
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12.10.21更新 |
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