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色魔の勲章  第三回

文=法野巌
イラスト=笹沼傑嗣


養子として虐げられた幼年期を過ごした男に宿った性への渇望。
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大人気のスナイパーアーカイブ・法廷ドキュメント第五回をお届けいたします。
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新聞拡張員

安高は中学を卒業すると、東京へ集団就職の一員としてやってきた。
だが最初の職場は二ヵ月で飛び出した。
名前を言えば誰でもが知っている一流ホテルのコックの見習いとして就職したのだが、毎日朝早くから夜遅くまでの皿洗い等の単調な仕事に嫌気がさしたのであった。
次に彼が就いた職業は新聞配達であった。
彼は販売店に住み込みで働くようになった。
食事の心配は無かったし、何よりも店で大切に扱ってくれるのがうれしかった。
しかしこの店も約半年勤務してやめた。
新聞の拡張員となったのである。
この拡張員となったことが結果としては災いした。
彼の女好きな性格がその姿を現わし始め、火に油を注ぐようなことになってしまったのである。

各新聞社は、それぞれの系列の拡張員を持っており、彼らは実績をつくるために、それこそ眉をひそめたくなるような販売合戦を行なっている。
タオルやらポリバケツを持った拡張員に訪問され、執拗な勧誘に閉口された読者も大勢いることであろう。
安高が童貞を捨てたのは拡張員の仕事にも慣れてきた、この世界に入って三ヶ月めのことであった。
班長からこれから先一週間の目標地として指定された都内の北部にあるA団地を回っている時のことである。
ブザーを押したが返答がない。
ドアの把手に手をかけると鍵がかかっていない。
思い切ってドアを開けると中から、

「どなた?」

との声がする。

「済みません、A新聞社から来ました。奥さんの家では何を取っていらっしゃいますか」

「あら、拡張屋さんね」

と言いながら部屋の奥から出てきた女は、三十五歳ほどの、目に好色の光を浮かべた、ほっそりとしたスタイルの主婦であった。

「あら、あなた新顔ね。お若いのね、おいくつ?」

女の堂々とした、いかにも中年の図太さを感じさせる応待にどぎまぎした安高は、それでも女の顔を見すえて、

「十七歳です」

と答えた。

「あらずいぶんお若いのね。お仕事大変でしょう? お茶でも飲んでいらっしゃって」

そう言うと女は、安高の返事も聞かず、台所の方へ行き何やらがさがさと音を立てていたが、間もなく盆の上にお茶を載せて持ってきた。
安高もそこまでされて断わる訳にも行かず、勧められるままお茶に手を出した。
何やら顔のあたりに視線の気配を感じて振り向くと、女がじっと意味ありげな目を安高に注いでいた。
安高も女との経験があれば、ある程度の余裕を持ってこの場に対処出来たのであろうが、何しろまだ童貞である。
それでも無理矢理に顔に笑顔を浮かべてみた。
女は能面のような表情で安高をしばらく熟視していたが、掠れる声で、安高には信じられないようなことを言った。

「ねえ、おばさんと浮気しましょう。あなたとっても可愛いわ」

「……」

「心配しなくていいのよ。あなたまだ童貞? じっとしていればいいわ。私が教えてあげる」

安高は、漫画や、ポルノ映画の中でのみ起こるものと思っていた事が、現実に自分の目の前で起こってしまいそうな気配となり、すっかり動転してしまった。
動転してしまったと言っても、何も女からの誘いを拒絶しなければならないのだろうか否かなどと、心を散々に取り乱したというものではない。
もし下手だとか、だらしが無いとか笑われたらどうしようといった内容の動転である。
そのくせ、安高の下半身だけは全く別個の生き物のように、若い熱い血潮をたぎらせ、今にもジーパンの厚い生地を突き破りそうになっていたのである。

真昼間、若い男を引っぱり込んでの性交は一段と刺激的なのだろう。
女は安高との一時間ほどの交接中、今まで見たポルノ映画の中の、わめき、のたうち回るどの女優よりも凄まじい反応を演じた。
若い安高は求められるまま、一時間ほどの間に三回のエジャキュレーションをサービスしたのである。
この昼下がりの団地妻との情交を皮切りに、安高は、それから一週間もたたないうちに、同じ団地内で二人の人妻との経験を持ったのである。

こうなると、安高はすっかり味をしめ、飢えたライオンを羊の群れの中に放ったにも等しい様相を呈してきた。
勧誘に行く先々で若い女が一人で居ると見ると、露骨にセックスを誘うようになったのである。
拡張員とは名ばかりの、セックス・ハンターのようなものである。
驚くべきことは、何ら手練手管を使わない安高のセックス申し込みに対し、応じてくるものが少なからずいたという事実である。
安高がへ思い出すままに挙げてみても、主婦、小学校の女教師、看護婦、丸の内の保険会社に勤めるOL、女子高校生、二号としか思えない得体の知れない女性、と多種多彩で、年齢層も下は十六歳から上は四十五歳位までと、これまた各階層に及ぶ。

もちろん、誘った女がすべて安高に体を提供した訳ではない。
安高も最初から確率一〇〇パーセントを期して誘ったのではない。
はずれてもともとといった気持ちで宝くじを買う、当たれば儲けもの、そんな感覚に似ていた。
それにしても宝くじよりは確率はすっと高かった。
安高は、このような女を求める生活が増々自己の性格を破綻に導いて行くということには全く気がつかなかった。
女は、安高にとっては、麻薬中毒患者にとっての麻薬のようなものであった。
打ては打つほど、使用すれば使用するほど、それなしでは済まなくなってきてしまう。
切れれば禁断症状を呈し、死の苦しみを味わう。
安高にとっては、交接しているその瞬間のみが、心の平穏を得られる時だった。
安高の男根が女のそれの中に進入して行き、前後左右への抽送、打叩に反応して女がせつない吐息を漏らす時、彼は生きている充実感を味わうことが出来た。
だが、安高のこのセックス中毒が、自らの墓穴を掘ることになってしまうのである。
安高の女への欲望は、相手への愛情とかいたわりとかに端を発するものではなく、腹を減らした動物が餌を求めるようなものだった。

(続く)

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07.07.14更新 | WEBスナイパー  >  スナイパーアーカイヴス