女王様・M男動画サイト 1 本家三行広告 1 ミストレスランド 1 イエローキャット
最新記事20件
オリジナル同人誌即売会という魂と魂が握手する場の歴史/『コミティア魂 漫画と同人誌の40年』(フィルムアート社) 著=ばるぼら+あらゐけいいち 編=コミティア実行委員会 文=三木学
タイマープログラムに翻弄されっぱなしの連続絶頂連発アクメ!『チャレンジ!タイマー電マ しゅほ まり』(大洋図書)発売!!
WEBスナイパー アーカイブスセレクション  ゴールドマンのロックンロール・エロ漫画【27】『オトナペット』 著者=中山哲学(茜新社)
ふたり揃ってずーっとずーっとイキっぱなしの限界アクメ!『チャレンジ!タイマー電マ さらら まち』(大洋図書)発売!!
【サーバーメンテナンス完了のお知らせ】
【サーバーメンテナンスのお知らせ】
「ああはあん...もうイケないよぉ」めくるめく快感に何度も腰を震わせて絶頂に浸り尽くす!『チャレンジ!タイマー電マ みすず ゆずな』(大洋図書)発売!!
WEBスナイパー アーカイブスセレクション  特選AVレビュー女弁護士、堕ちるまで...(アタッカーズ)』
全身を突っ張らせて叫ぶ激イキ乙女たちのノンストップ・アクション!!『チャレンジ!タイマー電マ りお ひなた』(大洋図書)発売!!
WEBスナイパー アーカイブスセレクション  大肛門大学|第12講 エメロン浣腸の威力【2】
初めてのワイルドな刺激にガチイキ痴態を赤面披露!『チャレンジ!タイマー電マ ちはる まいな』(大洋図書)発売!!
WEBスナイパー アーカイブスセレクション  「セックス・ムーヴィー・ブルース 」【4】エロの原点・理想のキャスティング
固定カメラで女の子たちのアクメ姿を定点観測『チャレンジ!タイマー電マ つむぎ すみれ』(大洋図書)発売!!
ショーとゲームの化学反応が生んだ参加型イベントで非日常のひと時を楽しむ 新感覚のSMハロウィンイベントが開催!!
読者代表SM体験レポートスペシャル 東京・新宿「ロボットデリヘル」ライムさん&新宿・歌舞伎町「PARAPHILIA~パラフィリア~」アンリ女王様【2】
読者代表SM体験レポートスペシャル 東京・新宿「ロボットデリヘル」ライムさん&新宿・歌舞伎町「PARAPHILIA~パラフィリア~」アンリ女王様【1】
コントロールできない快感の嵐に翻弄される緊迫の絶頂ドキュメント『チャレンジ!タイマー電マ ゆほ ゆりか』(大洋図書)発売!!
WEBスナイパー アーカイブスセレクション  濡木痴夢男の猥褻快楽遺書 【30】「立ったままで果てた」
WEBスナイパー アーカイブスセレクション  特選AVレビュー『昭和セックスエレジー 父も母も妹も姉もみんな禁親相姦(FAプロ)』
WEBスナイパー アーカイブスセレクション  芳野流人生相談 10代からの飲酒案内【27】
アクセスアップ
新刊情報
カテゴリー
特集記事
体験取材記事
お尻の学校
アーカイブス
フォトギャラリー
ニッポンの年中行事
食卓リンガフランカ
御菓子司 なゝた
あぶらいふ
雪村春樹・現代成熟交合
濡木痴夢男の猥褻快楽遺書
芳野流人生相談
官能小説
口中の獄
百鬼女衒とお化け医師
稲荷山デイドリーム
赤い首輪
監禁志願アリス
セックス・ムーヴィー・ブルース
セックス・マイナス・ラヴマシーン
レビュー
美少女ゲームの哲学
現場から遠く離れて
エロティカルパレード・ジャポン
オナニー平和主義!
やる夫がSM風俗に興味を持ったようです
カヲリチャンネル
青山正明の世界
舞姫爛漫
イベントレポート
女性向けAVの現在形
Twitter
ルーシー.jpg
チリ人の踊り子ルーシーとジョウジ川上。新宿モダンアート、終演後の舞台上で。1976年。

ジョウジ川上。近年「ショーアップ大宮」から始まったSM興行で、読者をはじめ斯界からも注目される存在だ。しかし彼はもともと昭和50年代にストリップ界のつかこうへいとして、様々なメディアを使いストリップに一時代を築いた男であることをご存知だろうか。

 | 

埼玉県さいたま市大宮。
かつてここにSM興行を数多く手掛けた「ショーアップ大宮劇場」があり、私はここへ何度も足を運んだ。その劇場を経営していたのがジョウジ川上だ。
彼は今でも劇場の近所に住んでいる。彼の話を聞くために大宮までやってきたのである。

彼が待ち合わせに指定したのは「ショーアップ大宮劇場」の前。閉館したのは知っていたが、もちろんその後は足を運んでいない。小雨の降るなか辿り着いた、かつて劇場だった場所は、言いようのない寂しさに包まれていた。
立て看板などの面影が残るものは当然のように何もなく、隣接するポルノ映画館のヌードポスターだけが変わらずそこにあった。

ジョウジ川上。ストリップ興行師。昭和50年代に奇抜なアイデアと卓越した行動力で、様々な興行を仕掛ける。現在ストリップを支えるポラロイドショー※1は、このときに彼が考え出した。そして「フォーカス」や「アサヒ芸能」にスポーツ新聞など様々なメディア戦略を展開。山手線の中吊り広告にまでデカデカと文字が 踊った。こうして劇場の入場者数はうなぎのぼり、ストリップの黄金時代を築いたのである。

05.jpg 『前田真理子ポラロイドアクトショー』。1981年4月、池袋スカイ劇場にて。


しかしそうした過激な宣伝活動が当局の目に留まらぬはずはない。
昭和57年、ホテトルとストリップを合体させた観客参加型の個室ナマ板ショー※2、「ストトルショー」の興行中に手入れを受ける。踊り子と、絡んでいた客、そして司会のコメディアンが公然わいせつ※3の現行犯で逮捕。その後川上の事務所にも逮捕状を持った刑事が現われ、勾留※4。 公然わいせつ罪共謀共同正犯※5。前科一犯である。

略式裁判※6を受け、シャバに戻った川上には、何も残っていなかった。川上が苦労して定着させた客たちはもういなかった。優秀なスタッフたちはみんな逃げていた。踊り子は下着を穿いて踊っていた。

そのとき川上は実感したのだという。
一度捕まったら、今まで築き上げたものが全てなくなってしまう。裏稼業ではダメだ。違法ではない興行をする。
ときはアングラの劇団がひしめいていた時代であり、彼の周りには関係者も多かった。川上は彼らと共にストリップ興行で稼いだ資金を注ぎ込んで、合法のストリップによる新たな時代を夢見る。

昭和59年4月、新宿モダンアートで昼の部営業の「シアターパラダイス」を経て、「シアターニューモダンアート」を開館。念願の合法ストリップ劇場だ。力のある演出で構成された舞台なら。旧知の間柄だった流山児祥※7を演出家に呼んで「肉体の門※8」をリメイクした。ポスターの写真は深瀬昌久※9に頼んだ。当然ながらメディアも利用し、あの荒木経惟が撮影に来た。だが惨敗。見せない、やらせない、面白くないと客の評判は散々だった。

10.jpg 『肉体の門'85』。1984年11月〜1985年1月、「シアターニューモダンアート」にて。


そしてわずか10カ月の営業で川上の夢は破れる。注ぎ込んだ資金2000万円は全てパアになった。
そして昭和60年、新風営法※10の施行と共に業界から足を洗う。このときジョウジ川上、三十五歳。すでに二児の父であった。



ジョウジ川上55歳の決意 【2】に続く >> 【2】へ
インタビューTOP

写真=川上譲治 文=編集部・五十嵐彰

※この記事は『S&Mスナイパー』2006年6月号に掲載された記事の再掲です。

26.jpg ジョウジ川上 1950(昭和25)年、島根県浜田市生まれ。大阪芸術大学写真学科を中退後上京、新宿モダンアートに照明係として入社、ストリップ業界に入る。その後運 送業や新聞営業職、またタクシー運転手や亜細亜大学への進学、そしてショーアップ大宮劇場のオーナーを経て「プロジェクトSHOW-UP」として興行をプ ロデュースしていたが2006年の3月に活動を一旦停止。現在は大阪芸術大学大学院芸術研究科芸術制作の修士課程に在学中。
 | 
07.02.15更新 | WEBスナイパー  >  インタビュー